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名月祭

 夏季休暇の時期を終えると、魔法省だけでなく、各省ともに、一年で最もといっていいだろう、忙しい時期を迎える。

 正確には、この魔法省だけでなく、リシティアという国全体でのことなのだけれど。

 理由はもちろん、名月祭が開かれるためだ。

 名月祭とは、毎年この時期にリシティア全土で開かれる祭典で、もちろん、首都であるこの都市、ヴェルデでも、花火やら、パレードやら、コンサートやらといった様々なイベントが開催を予定されている。

 国内外問わず、多くの観光客が訪れるため、僕たちの所属する魔法省でも、警察だけでなく、軍事局のほうでも警戒態勢が整えられるというわけだ。

 ちなみに、ルナリア学院のほうで行われる学院祭とはわずかに時期がずらされている。

 お祭り騒ぎはたくさんあったほうが嬉しいという生徒の要望があったという説も、家とか町内会の手伝いなんかでイベントのほうに駆り出されたりするからという説も、制定した理事長が祭り好きだったからという説も、いろいろとありはするけれど、どれが本当のことなのかなんてことを気にする人間はいなかった。

 要するに、多くの人が、お祭り騒ぎを大好きなのだ。


「それでは、名月祭に際しての警備配置だが――」


 一方、僕たち軍事部では、そんな祭りの華やかさとは無縁に、真面目な話し合いが開催されていた。

 今年のイベント、出し物から考えられた、当日を含めた警備体制の作成のためだ。

 魔法師が存在しているのは、大陸で見てもこのリシティアだけ、ということはない。しかし、非魔法師と比べて、絶対数が少ないということは紛れもない事実であり、貴重な人材であることには変わりがない。そして、そもそも、魔法師が存在している国が多いわけではない、ということもまた事実である。

 そして、こうした人の大勢集まるイベントごとで事件が起こりやすい――それが大きいものであれ、小さいものであれ――というのも、過去の事例から考えられた、残念ながらかなり高い確率で予想される事態だ。


「まあ、当日警戒に当たるのは、うちだけじゃなく、むしろ警察のほうがメインにはなるとは思うけどな。おまえらも、くれぐれも、気を抜くなよ。いまさら言うまでもないだろうけどな」


 皆を見回したオンエム部長の顔が、最後に僕のところでいっとう長く留められる。

 先日、誘拐事件に遭遇、あろうことか自身まで拘束されるという失態を犯したばかり――部署で責められることはなかったけれど、あれは紛れもなく、僕の失態だ――なのだから、当然と言えるだろう。

 

「はい」


 僕は一層気合を入れて返事をした。

 たしかに、ユラ・ウォンウォートの件については決着したけれど、リュシィやシエナ、ユーリエたち、知人だけじゃなく、このリシティアに暮らす人たち全員が、より自由に、より健全に過ごせるように努めることこそ、僕たちの使命なのだから。

 

「まあ、とはいえ期間中ずっと仕事に拘束されろってことでもない。前夜祭を含めずとも、二日間のうちのどっちかは、半日くらい、休めるだろ。それに、休憩回しもあるしな」


 そうオンエム部長が宣言すれば、すくなくない歓声が上がる。

 もちろん、この部署の人たちだって、お祭り騒ぎは大好きだし、友人や、あるいは大切な人と一緒に祭りを楽しみたいという望みはあることだろう。

 そうでなくとも、半日とはいえタダで休暇が貰えるというのだから、喜んで当たり前だけれど。


「それから、祭りで浮かれる奴らが大勢出るからといって、おまえらまで羽目を外し過ぎることのないようにな」


 そんな感じの諸注意をいくつか受け、僕としては、去年までは学生で、客分として参加する身だったから、こうして裏方に立って参加するのは初めてなので、それなりに緊張はする。


「わかってまーす」


 先輩たちの気のないような返事を受けて、オンエム部長は肩を竦める。

 ノリがよく、お祭り騒ぎ好きであっても、部署の人たちが、仕事もできて、実力もあることは、十分によくわかっている。

 気を抜くわけではないけれど、安心できるというのも、事実だった。


「じゃあ、ひとまずは解散にするか。休憩とっていいぞ」


 オンエム部長が報告に行くために部屋を出て行き、僕もちょっとコーヒーでもと思って部屋を出ると、廊下にいつもの三人が揃って待っていた。


「あれ。今日は皆早いんだね」


 時間を確認すれば、まだ昼を少し過ぎたあたりだ。


「はい。名月祭の準備期間ということで、学院も午前授業なんです」


 挨拶交わしてから、ユーリエがそう教えてくれる。

 そういえばそうだったかな、と去年まで通っていた学院のことを思い出す。


「会いに来てくれたのは嬉しいけど、それなら皆、クラスの準備とかで忙しいんじゃないの?」


「問題ないわ。うちのクラスは特になにかするわけでもないもの。学院祭のほうに注力するの」


 高等科くらいになると、学術発表だとか、魔法技能実演会だとか、企業向けのアピールというわけでもないけれど、自身らの成果を発表する良い機会だと利用する生徒も多いけれど、初等科生にはあまり関係ない、お祭りだということだ。自分が初等科の頃なんて、昔のことで、ほとんど覚えていないけれど。


「そういうわけで、レクトールの名月祭の予定を聞きに来たのよ」


「一緒に回れたら嬉しいと思いまして。やっぱり、お忙しくて、お時間はなさそうでしょうか」


 ユーリエが遠慮がちに尋ねてきて、そんなことはないよと、当日の警備のことと、空き時間のことを伝えれば。


「じゃ、じゃあ、その時間は私たちとも一緒にお祭りを見て回りませんか」


「もちろん。一緒にいさせてくれるのなら嬉しいな」


 三人で、もしくは、学院の友達と回るのにお邪魔でなければ。

 そう答えれば、ユーリエの顔がぱあっと輝く。


「それからぜひ、学院祭のほうにも遊びに来てくださいね。まだなにをするのかは決まっていないんですけど」


 そっちはまだ時期が先で、絶対とは――なにが起こるとも分からないので――言い切れないけれど、誘ってくれるのは嬉しかったので、ぜひ、と答えた。

 あんなことがあった後だ。

 諜報部での任務なんかは抜きにしても、この子たちにはお祭りを楽しんでもらいたい。


「わかったよ。そっちも楽しみに待っておくことにするよ」


 むしろ、学院祭のほうが、余計な気を回さないで済む分、純粋に楽しめるかもしれない。

 まあ、この国の未来を担う人材の発表の場と考えれば、そちらにも狙われる理由は十分過ぎるほどあるので気を抜くこともできないかもしれないけれど。

 そんな感じで、名月祭までの期間は、各部署、自治体などとの連携、訪れる観光客への対応、それに伴う警備体制の強化など、瞬く間に過ぎ去ってゆき。



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