エスコートさせていただけますか? 2
しかし、続いて発されたユーリエのその言葉に、僕たちは驚きを隠すことができなかった。
「ええっと、ユーリエ? あなたのところにも届いていたの?」
「うん。そうだけど?」
シエナの問いかけにあっさりと頷くユーリエ。それのどこに問題が? とでも言いたそうだ。
べつに誰が招待されていても不思議ではないんだけど。それに、ユーリエはルナリア学院にも通っている魔法師で、この国では貴重な人材でもあるのだから、初等科とはいえ、将来を見据えておこうと思う人物がいてもそれほど変だとは思わない。
しかし、だからといって、本当に呼ばれることはまずない。
彼ら――こういったパーティーを主催するようなところは、全部が全部というわけではないけれど、家柄とか、格式とか、そういったものを重視する傾向が強い。
むしろ、普通の家柄にもかかわらず、魔法師であるユーリエのことは、よく言えば羨望、そうでないなら嫉妬やなにやらの対象になって、いじめというと聞こえが悪いけれど、のけ者にされてもおかしくないのに。
「私、パーティーなんて参加したことがないので、楽しみです」
しかし、目の前でこれほど楽しみにしているというユーリエに、ちょっと止めておいたら、なんて言えそうにもない。
「ユーリエ。あなた、本気で参加するつもりなの?」
珍しく、シエナも危機感をもっているようで、真面目なトーンで聞き返す。
それは、どれほどユーリエと仲良くなったのかという表れでもあるのだけれど、今日のところはそれをいつものお返しにと茶化す余裕はない。
「うん。ダメだった?」
「ダメではないのだけれど、服はどうするつもりなの?」
「一応、制服のつもりだけど。他になさそうだし……ダメだった?」
学生の正装は学生服なので、ユーリエの主張は正しく、この場合、制服で参加してもおかしいことはなにもない。
「ダメということはありませんが……よろしければ、パーティー用のドレスをお貸ししますよ」
リュシィのじゃあユーリエにはきついんじゃないかしら。主に、胸の周りとか。
いつもなら、そんな風にシエナが冗談のひとつでも飛ばしそうなものだけど(かなり失礼な推測だけど、それほど間違ってもいないだろうと確信している)今日に限ってはシエナからの茶々入れがない。
それはつまり、ここ数日で三人の仲が結構深められたという証左でもあるようにも思えたけど、今はそれより、ユーリエのことのほうが重要な問題だ。
「え? でも、悪いし……ここにも、カジュアルな恰好で構わないって書いてあるし」
ユーリエの見せてくれた招待状には、たしかにそう記載されていたけれど。
「私のところにはそんな文はないわね」
シエナが、冷たさすら感じさせる声で吐き捨てる。
ユーリエのものに書かれているそれは、さすがに手書きではなかったけれど、招待状の最後、ついでみたいな感じにちょろっと記載されているだけのものだった。
もちろん、僕やリュシイのものにも、そんな記載は見当たらない。
「なにか嫌な予感がしますね」
リュシィが眉を顰める。
うん。僕もそう思う。
書き忘れならばまだわからないでもないけど、わざわざ付け足されるって……しかも、ひとりだけ。
「ユーリエ。あなたはこういったパーティーへの参加をしたことはないと言っていましたよね?」
「う、うん。初めてだよ……」
さすがに僕たちの雰囲気からなにかを感じ取ったのか、ユーリエの口調にも不安が混じる。
「日付は……明日だね。随分と急な日程だ」
気付いても準備をさせないため、というのは穿ち過ぎかもしれないけれど、最悪の事態を想定して行動しておくべきかもしれない。
念のため、部署内に同じ手紙をもらった人はいないかと確かめてみたけれど、残念ながら、僕の他にはいらっしゃらなかった。
いれば、どちらが少数派なのか、それとも、本当にただの打ち間違え、書き間違えなのか、はっきりできたと思うんだけど。
「他の部署の連中に聞いてみようか?」
「お嬢ちゃんにはお菓子のお礼もあるしな」
「ちょっと待ってろ」
そういって、皆、デスクの据え置き電話や、自分の端末なんかを取り出して、それぞれ別の知り合い――おそらくは、同じように招待状を貰っていそうな相手のところに連絡を取ってくれる。
数分もかからず、通話は終了し。
「こっちは書いてないってよ」
「うちのほうもそうだ」
「どうもきな臭いな」
他にもまばらにあったというのなら、作成過程での何らかのミス――それだって信じられないけど――とも考えることもできた。
しかし、これだけの人数を調べ、その中で、ユーリエのものだけ、というのは、怪しすぎて、逆に怪しくないレベルだ。いや、怪しいのだけれど。
「相手は馬鹿なのかしらね。それとも、ありえないと高を括っていたのかしら?」
自分のものとユーリエのもの、二通を比べながら、シエナが面白そうに呟くけれど、瞳は全く笑っていなかった。
「……私は、参加しないのもひとつの手だと思いますが」
一文が抜けているということを逆手にとれば、これは正式な招待状ではなく、誰かが精巧に作った偽物だったのではとも言い張ることができる、というのがリュシィの言い分だった。
「じゃあ、リュシイは私と同じ状況だったら参加しないの?」
「いいえ。もちろん参加します。そんなことをする相手――敵のことは知っていなければ、今後の対処が難しいですから」
それだけじゃなくて、挑まれた勝負を避けたくないって考えてもいるんだろうけど。
「しかし、これは逃げる逃げないの問題ではありません。明らかに、見えている罠に突っ込むのは、愚かともいえる所業です」
おそらく、自分のせいだと考えているのだろう。
リュシィ自身は全く気にしていないはずだけど(それはここ数日の態度からも明らかだ)そういった階級の方々の中には、残念なことにというべきか、上流階級的な意識とでも言えばいいのか、そういった感情を持っている相手も、少なからずいる。
「ユーリエ。ここで判明したのも相手の策略の内だと捉えるのも、わからないでもありませんが、やはり、私としては、参加は見送るべきだと思います」
「そうね。パーティーなら今度、うちで開いてあげるわよ。そのときは、クラスの皆を招待して、一緒に楽しみましょう?」
リュシィとシエナがそう声をかけるけど、ユーリエは首を縦には振らず。
「ふたりとも、それから皆さんも、心配してくれてありがとうございます。けれど、私は大丈夫ですから」
ユーリエの意志は固そうだ。
僕たちは顔を見合わせて。
同じ会場内には僕たちもいる。最悪、なにかが起ころうとも、近くにいればフォローもできるし、あるいは、未然に防ぐことも可能かもしれない。まあ、呼ぶこと自体が相手の目的だったのなら、向かった時点でアウトだろうけど。
しかし、まだ、確実になにか、それもユーリエにとって嫌なことが起こると決まったわけじゃない。
もしかしたら、相手方がユーリエの事情に配慮して、そう記載してくれたのかもしれないし。
「そうね。ユーリエが楽しみだというのなら、尊重してあげるべきかもしれないわね」
「ええ。気持ちは、わからないでもありませんから」
シエナとリュシィがそう発言したことで、部署内の空気も多少は緩和される。
「リュシィにも、ああいうパーティーを楽しみだとかって思う気持ちはあったんだね」
話題を逸らそうと、そんなことを口にすれば、リュシィから訝し気な視線を向けられてしまう。
「どういう意味ですか?」
「いや。いつもはあまりパーティーに出席しても楽しそうじゃなかったからさ」
パトナー役の僕がリュシィを楽しませられていないというのなら、大いに反省しなくてはならないだろうけど。仮とはいえ、婚約者なんだし。
「……いらっしゃる方々の相手をするのが大変だというだけです。そういうことは、直接お父様かお母様におっしゃってくれればいいのに、とも思っていますが」
「リュシィも随分丸くなったわね。前は、面倒だから出席したくありません、みたいに言っていたのに」
シエナがからかうような顔を向ける。
そうだったんだ。
僕と一緒に出席するときには、なんだかんだといいつつも、最後まで一緒にいてくれるし、面倒そうには見えていなかったけどな。楽しそうでもなかったというのも本当だけど。
やっぱり、付き合いの長さでは、シエナには及ばない。
「とにかく、私たちと一緒にいれば大丈夫よ。美味しいものもいっぱいあるし、大変なだけじゃないはずよ」
「ありがとう、シエナ」
ユーリエがそう笑顔を浮かべる横で、リュシィは難しい顔をしたままだった。