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夏季休暇 9

 ◇ ◇ ◇



 街のほうへショッピングに出かけて一日過ごしたり、室内でトランプやら双六やらのゲームをして気がついたら夜になっていたり、あるいはダイビングやテニスなんかのスポーツだったり、もちろん海水浴や、魔法やら体力やらのトレーニングもしたりと、そんなこんなをしているうちに、一週間というのはあっという間に過ぎ去った。

 その間、誰かが体調を崩したり、特別問題にしなければならないような事態(例の海の家での事件以外)が発生するでもなく、有意義な休暇を過ごすことができた。

 そして最終日前夜。

 淡い月明かりに照らされる白い浜で、色とりどりの炎を灯す花火をそれぞれ手に持った女の子たちをぼんやりと見つめる。

 

「俺たちが出かけていたからか、向こうでもこの一週間、どっかの誰かが余計なアプローチを仕掛けてくることはなかったってよ」


 僕の隣で同じように石段に腰かけたセストが、そう報告をくれる。

 その可能性は低いとわかっていたけれど、実際になにもなかったと聞かされて安堵したのは事実だ。

 巻き込まれるのはごめんだけれど、目や手の届かないところで親しい人たちになにかあったと聞かされるのも、もどかしい。

 その可能性は低いだろうとわかってはいても、あらためて、ほっと胸をなでおろした。


「奴さん、動くかねえ」


 水平線の向こうを見つめるセストが、わずかに口角を上げる。


「どうだろうね。多分、なんらかのアクションは起こすだろうけど……」


 なにせ、あの発表会と式典でのアクシデントで機会を逸して以降、それらしい噂を聞いたことはなかった。

 なにか動きがあれば、たとえ休暇中であっても、僕たちの端末に連絡をくれるように頼んであったので、事実、気にするような動きはなにもなかったのだろう。リュシィ(あるいは僕たち)という目的の不在を考えれば当然のような態度ではあるけれど、より向こうも準備をしているのではと考えると、気にせずにいることはできない。

 もちろん、このまま永久に動き出さないでいてくれるというのが最高であることは疑うまでもないけれど、そう上手くもゆかないだろうからなあ。

 

「焦れて動いてくれれば助かるけどな。正直、言っちゃ悪いが、異物混入だと直接騒ぐような問題を起こしてくれるようなやつのほうが、よっぽど楽だぜ。そりゃあ、もちろん、なにもないに越したことはないけどな」


「それはそうだけど、一度動きを見せた以上、このままなにもないっていうのは考えにくいよ」


 タイミングを外させたくらいで諦めてくれるような相手なら、ここまで気苦労を背負うこともなかっただろう。

 子供たちのほうがあまり気にしていない様子というか、リュシィが倒れて以降、態度に出さないでいてくれるのは助かったけれど。


「もういい加減、終わりにしねえとな」


「うん」


 今度なにかあれば、そのときは、リュシィの(あるいは他の誰かであっても)意思に関わらず、逮捕しようと僕もセストも決めていた。むしろ、そうできるようにというのも、この職を選んだ理由のひとつなんだから。

 受け身なのは仕方がない。

 他人の不幸を期待するような真似はしたくないけれど、なにかウォンウォート家を追求できるような……まあ、無理だろうな。

 あの事件以降、魔法省のほうでもいろいろと探ってくれているみたいだけれど、決定的なものは掴めていないし。


「そいつらじゃないけど、なんかでっちあげるか」


 平然と言うセストに僕は白い目を向け。


「……仮にも政府機関の一員がその発言はどうなのかな」


 セストは肩を竦め、冗談だというポーズをとってみせる。

 まあ、僕としても本気でセストがそんな真似をすると思ったわけでもない。


「大丈夫だ。俺もおまえも、それからシエナたちも、二年前とは違う」


「頼もしいよ」


 普段は使う方向が完全に自分の欲望のために特化している友人だけれど、実際、魔法省に勤務できていることから考えても、その能力は高い。

 エストレイア家の跡取りだったり、女の子たちと顔が広かったり、本来、簿奥なんかより、ずっと、リュシィたちを守れる力は強い。いろいろな意味で。


「おまえにゃ負けるぜ、レクトール」


 セストは何事か呟いたみたいだったけれど、それは夜風に紛れて、僕の耳に届く前に、闇の中へと消えていった。


「今、なにか言った? セスト」


「いいや、なにも」


 セストが立ちあがり、大きく伸びをしたところで、お姫様がたからお声がかかる。


「兄様、レクトール。そんなところで男ふたりで寂しくしてないでこっちにきたらどうなの」


 手に持った花火を振り回すシエナに、危ないよと注意しつつ、僕たちは三人の輪に混ざる。


「まったく。こんなに可愛い女の子が三人もいるっていうのに、放っておいて男ふたりでいられる兄様たちは、どこかおかしいんじゃないかしら」


「そこは気を遣ったって言ってくれないかな」


 同性同士、というより、友人同士での時間を邪魔したくなかったからとか。

 

「なにを今さら。そんなの、いつだって、なんだって、できるじゃない」


「そうですよ、レクトールさん。皆一緒のほうが楽しいです」


 シエナにつられてなのか、ユーリエも僕の手を握って、微笑みながら見上げてくる。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな……って、シエナ。もう線香花火が人数分しか残ってないけど」


 もちろん、シエナたちが楽しめたならそれで十分に満足だし、特別花火がしたかったわけでもないけれど、誘っておいてこれはどうなのと、一瞬考えてしまう。


「そんなの、一緒にいないレクトールたちが悪いんじゃない」

 

 それはそのとおりだけれど。

 

「いいではないですか。一緒にやりましょう、レクトール。これで最後だとしても」


「そうだね」


 リュシィが差し出してきた線香花火を一本受け取ると。


「なにを言っているのよ、リュシィ。これで終わりじゃないわ」


 シエナが楽しそうな笑顔でそう宣言する。


「来年だって、再来年だって、こうして花火をしましょう。皆で、一緒に。なんなら、この夏季休暇だってこれから長いんだから、いくらでも機会はあるわよ」


「うんっ、そうだね」


 ユーリエがそう笑顔を浮かべ、リュイィは静かに目を細める。

 そうだね。こんな日常を守ることこそ、僕たちの役目なんだから。


「それに、まだまだ今日だってあるんだから。手始めに、戻ったら皆で脱衣ポーカーでもしましょうか」


「しません!」


 楽しそうに笑うシエナと、注意して声を尖らせるリュシィ、そんなふたりを困ったような笑顔で見つめるユーリエ。

 

「あら、リュシィ。見せるのが恥ずかしいような貧相な胸だからということかしら。大丈夫よ、レクトールはそんなこと気にしないわ」


「私だってそんなことを気にしているわけではありません!」


「あの、レクトールさんは大きな胸の子のほうがお好みなんですか?」


 ユーリエに問われ困る僕を、セストがにやにやと笑いながら見つめてくる。

 なんだか、すっごく平和って感じがするよ。こういう感じを望んでいたわけでは決してないけれど。

 僕は大きくため息をついた。けれどそれは、決してマイナスの気持ちからだけではなかった。


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