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エスコートさせていただけますか?

 それからもちょくちょく、ユーリエの姿は魔法省で見られるようになった。

 大抵、来るときにはリュシィやシエナも一緒で、仲良し三人組という感じだ。省内でもそんな風に認識されてきつつあり、歓待(実際に接待されることもある)を受けている。

 リュシィは(一応)僕の婚約者ということになっているし、シエナはセストの妹だ。出入りをしていてもなんら不思議なことはない。

 そもそも、入館許可こそ必要なものの、魔法省の見学はほとんどフリーみたいなものだ。魔法省側としても、将来有望そうな学生に見学に来て、興味を持ってもらえるのは、プラスに働くと考えているためだ。

 電子機器の扱いに長ける、運動が得意、手先が器用、それらと同じような感じで、魔法が使えるということ自体が一種のステータスというか、特技としても扱われているし、魔法師の数は、魔法を使えない人に比べて圧倒的に少ないため、どこも魔法師というのは人手不足であり、重宝される。


「だからって人権が保護されてないことはないし、むしろ手厚い歓迎を受けるよ。職場環境が良い――かどうかは個人個人の問題だと思うけど、すくなくとも僕は特に不満なんかは持ってないし、やりがいも感じているよ」


 最初は拍付けというか、余計に口出しされたりしないようにと選んだことだったけど、実際に入ってみれば、やりがいも感じるし、給料もいい。

 まあ、入省試験は大変だったけど。


「そうなんですか。私はそんな将来の夢とか、全然決まってないんですけど、素敵なところなんですね」


 さすがに毎日というわけではないけれど、今日も今日とて、「皆さんもどうぞ」と自作のマフィンの差し入れを持って訪ねてきてくれたユーリエに、諜報部の人たちは頬を緩ませている。こんなことで、諜報員なんて仕事がよく務まっているなと思わずにはいられないような、緩みっぷりだ。

 暇なのか? と聞きたくなるような様子だけど、そんなことはない。

 僕たちの勤めているところは、魔法省軍事局諜報科なんて大層な名前がついてはいるけど、やっていることといえば、企業やら組織やらに潜り込んだり、要請に応じて各所に出向して働く専門家のような、ようするに、捜査官みたいなものだ。

 警察という組織も別で成立してはいるけど、はっきり言ってしまえば、こちらのほうがより暴力的な部署だ。まあ、似たようなものだという認識でも概ね間違っていないけど。


「最近はこうして華やかになって、ここもただ汗臭いとか、血生臭いだけの部署じゃなくなってきていて嬉しいね」


「それな。癒しというか、オアシスというか、清涼剤みたいなものだよなあ」


「むしろ最高の職場環境になりつつあるんだよなあ」


 ユーリエの差し入れのおやつを口に運びながらも、ここに勤めるだけあって、皆さん優秀なので、事務仕事も滞りなく進む。むしろ、言っている通り、より能率も上がっているような気さえする。

 しかし、その原動力が初等科六年生の女子児童というのはいかがなものだろうか。

 いや、仕事の能率が上がるのであれば、理由なんてなんでもかまわないと、偉い人たちは言うかもしれないけど。

 もちろん、この部署にも女性職員は勤務している。それも、諜報という仕事形態だけあって、皆さん美人ぞろいだ。とはいえ、同じ部署でお付き合いしている人は、たしか、いないはずだったけれど。同じ職種だと、嫌煙するのかな? 逆の場合もありそうだけれど、まあ、その理由はどうでもいいことだ。


「嬉しいです。作ったお菓子を食べていただけるなんて」


 なんとお茶まで淹れてくれるユーリエはそんな風ににっこりと微笑んで。


「そうだそうだ。こんなに可愛い子のことを 無下に追い返そうとするなんて、ひどい奴だ」


「自分には許嫁がいるからって、余裕こいてんな」


「よし。レクトールの今日の訓練はメニューを倍にしてやろう」


 いや、追い返そうとはしていないし。

 てゆうか、今日の訓練はさっき終わらせて、今こうして書類整理に追われているんですよね? その訓練でも、最近、しごきがハードになったと感じてはいたけど、このせいだったのか。

 べつにユーリエが悪いということはないし、訓練が厳しくなるのはある意味望むところでもあるのだけれど、理不尽に思わないかといえば嘘になる。


「あら、レクトール。女の子からの行為を素直に受けられないなんて、最低よ」


 そう、自分もユーリエのおやつを口にしながら優雅に微笑むのは、長い黒髪に金の瞳の美少女であり、僕の友人の妹でもある、シエナだ。

 

「あの、レクトールさんにはご迷惑だったでしょうか……」


「ほら。ユーリエが落ち込んじゃったじゃない」


 しゅんとなるユーリエを慰めるように頭を撫でるシエナの様子に、背後から「尊い……」なんてつぶやきが聞こえてくるけど、僕は無視する。


「いや、迷惑なんてことは全然ないよ。皆――もちろん僕も、職場が華やかになったって喜んでいるから」


「そうなんですか? 良かったです。それじゃあ、これからもお邪魔させて貰いますね」


 こんなところのなにを気に入ったんだろうか。

 個人の感性にどうこう言うつもりはないけど、受付とか、それこそ、図書館とかのほうが、女性職員も多いし、楽しいのではないだろうか。

 

「でも、私はレクトールさんに会いに来ているので」


 ユーリエが照れたような、はにかんだような笑顔でそう告げると、室内からは、囃し立てるような口笛と、怨嗟の声みたいなのが、同時に聞こえてくる。

 それ自体は、嬉しくもないこともないというか、むしろ光栄ともいえることなんだけど。

 ユーリエがそんな風に口にするたび、リュシィから向けられる視線の温度が数度下がる気がしているんだよなあ。これは夏場も冷房は不要かもしれない、なんて現実逃避までさせてしまうような。


「レクトール。あなたに渡しておくものがありました」


 その日の帰り際、やはり僕が三人を送って行こうとしたところ、リュシィから封筒を渡される。

 電子メールではなく、封筒を渡されるのは珍しいことだったけど、それだけに誰からなのかは推測が立つ。


「ウァレンティンさんから?」


 ウァレンティン・ローツヴァイさんは、この魔法省でも要職についていらっしゃる、まあ、要するに僕のずっと上の上司ということになっている人であり、そして、リュシィの父親でもある。


「ええ。父からです。ですが、私も内容は知っています。レクトールの意志を、いえ、先に日程を伝えておこうと思いまして」


 封筒の中身は、手短にいえば、パーティーの招待状だった。

 リュシィ――ローツヴァイ家は、格式も高い名家であり、そこのひとり娘であるリュシィは、さまざまなパーティーに呼ばれる。

 要するに、将来的なローツヴァイ家の当主と、今からでもパイプを繋いでおきたいとか、あるいは、現在の当主であるウァレンティンさんにも挨拶をしておきたいという、そのついでということでもあるのだろう。

 当然、婚約者となっている僕にも出席が依頼される。それは、主催者側からではなく、ローツヴァイ家側、つまり、ウァレンティンさんからということで、要するに、虫除けだ。それが僕の役目だから。

 つまり、僕の意志は無視され、ほとんど、出席の確認ではなく、命令に近い形だ。

 まあ、僕としても、できれば参加したくない、というか、開いて欲しくない、呼んで欲しくないとは思っているのだけれど、ローツヴァイ家が開いているわけではないから、言ってもしょうがないことだ。


「私のところにも招待状は来ていたわね」


 シエナも鞄から自身の名前の書かれた招待状(リュシィから手渡されたものと同じ様式のもの)を取り出す。

 エストレイア家も招待されているということは、セストも招待されているのだろう。


「あれ? それ、ふたりのところにも来ていたんだ」



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