夏季休暇
初等科生の三人組は、最初の一週間で揃って夏季休暇の課題を終わらせたらしい。揃いも揃って優等生だ。
もちろん、学院から提示された課題だけで満足するような三人ではないので、残りの期間中も個人的な勉強やトレーニングを欠かすことはないだろうけれど、とりあえず、バカンスに出かけることに支障はないようだ。
そういうわけで、夏季休暇の二週目、待ち合わせに指定された空港のターミナルへ向かう。
「レクトールさん。こっちです」
手を振ってくれるユーリエの姿が見えて、すこし小走りになる。
時間前にはついたはずだけれど、僕が待ち合わせ場所に着いたときには、他の四人はすでに集まっていた。
リュシィは白い肩紐のワンピースと、つばの広く、やはり白い帽子をかぶり、ユーリエも同じような薄いピンクのワンピース姿だけれど、こちらは半袖で、袖口のところにフリルがあしらわれている。シエナはお腹が見えそうで見えないセーラー服と、短めのスカート、それに膝上の薄いソックスを合わせている。
「ごめん、待たせちゃったかな」
僕以外の全員が揃っているのだから、たとえ時間前だったとしても、待たせてしまったことは事実だろう。
「いえ。まだ予定している時間の十分前ですから、遅れているということはありません」
リュシィが時間を確認して言ってくれたのは、慰めではなく、単なる事実確認だろう。
一応旅行ということだったけれど、別荘ということなので、着替えなどの荷物がそれほど多くあるわけでもなく、全員、荷物を預けることなく機内に持ち込める程度だった。
「荷物受け取りまでの時間が面倒ですから」
年頃の女の子だからと思ってはいたけれど、そのあたりは三人で相談というか、示し合わせというか、決めていたらしい。もちろん、男である僕やセストの荷物なんてたかが知れている。最悪、ポケットに端末があればなんとかなるし。
「すごい行列だね」
手荷物預所、および、機内持ち込み用の手荷物のチェックは、通常の金属探知機、および、魔法的な探知も行われる。
隠蔽などの魔法で検査機器を誤魔化さないとも限らないし、チェックは厳重に行われる。当然、ひとりひとりにかかる時間も長く、出発の一時間も前だというのに、ユーリエの言うとおり、長蛇の列が出来上がっていた。
「まあ夏季休暇だからでしょうね」
そんな行列を横目に見つつ、どうでも良さそうにシエナは肩を竦める。
リュシィ、それからエストレイア兄妹について、僕たちが向かったのは、通常の待機列の奥、おそらくはロイヤル会員とか、そんな感じの客が利用するのであろう、専用の搭乗ゲート。
ほとんど人影もなく、すんなりとチェックが済まされる。
リュシィたちは、いつもどおりの光景なのだろう、つつがなくチェックインを終わらせて、すんなりゲートを潜ってゆく。
「レクトールさん、お先にどうぞ」
「いや、僕は最後に行くから、ユーリエ、先に潜って」
戸惑っているのは、僕とユーリエの一般人ふたりで、どうでもいい譲り合いまで発生した。
なんだか悪いことをしているような気分にもなりつつ、通された席は、もちろん、上級クラス。
エコノミー症候群だとか、肘掛けの譲り合いだとか、そんなことを気にする必要のないくらい、席同士の間もゆったりと余裕が持たれていて、いちいち驚くのも馬鹿みたいになってくる。むしろ、申し訳なくて、逆に肩身が狭いくらいだ。
ちなみに、このスペースに案内されて、ユーリエはかなり物珍しい様子というか、航空機室内を回ったりしている。
こんな席をとるくらいなら、その分、安い席でいいから何割かバックしてくれないかな、と思ったのは秘密だ。
さすがに飛行機の中でなにか起こることはないだろうと、席に着いてベルトをしっかり閉めてから、機内食もとらずに寝落ちして、気が付いたのは、窓の外でかなり近づいてきた大海原を見て興奮しているらしい、ユーリエの嬉しそうな声でだった。
「すごい、海。海が見えるよ、リュシィ」
「当り前です。島ですから」
南(とはいえ、リシティアの領土でもある)の島が実際に肉眼で観測できるところまできて、テンションも上がってきたのだろう。
僕もつられるように窓の外を覗いてみれば、底まで見えそう、というか、実際に見えている澄んだ青い海と白い砂浜が目に飛び込んでくる。
こうして見えるロケーションだけでも、リゾート地として一級以上だろうというのが感じられて、思わずため息が出そうになる。
「こんなところに別荘があるって、すごいね」
「べつに、私がなにかをしたわけではありませんから……」
素直な感動を漏らすユーリエに、リュシィはすこし眉を寄せる。
利用することには抵抗がなくとも、褒められるのには、思うところがあるのだろうか。
ユーリエが不思議そうに首を傾げると、リュシィは、なんでもありません、と首を横に振った。
「暑いわね……」
空港を出てすぐ、眩しそうに目を細めたシエナが、手のひらをかざすようにしながら降り注ぐ太陽を見上げる。
夏真っ盛りのこの時期に、世間は夏季休暇ではあっても、太陽のほうは仕事を休むつもりはないようで、空港の温度計では、今日の気温は三十度を超えているらしかった。
「向こうに車が止めてありますから」
リュシィの案内で、空港内の駐車場に向かい、そこのスペースを借りているらしい、ローツヴァイ家所有の車に五人で乗り込む。
自宅――本邸だけではなく、別荘にまで自家用車があるって、どれだけだ。
さすがにこのあたりの道には慣れていないので、自動運転で、ローツヴァイ家の別荘まで向かう。
まあ、予想どおりというか、別荘とは言いつつも、僕の自宅よりはずっと広い。
「部屋は好きなところを使って構いませんから」
さすがにここにまで使用人の方を常駐させることはないようで、他に人はいない、こう表現するのが正しいのかはわからないけれど、まさに貸し切り状態だ。
つまりそれは、料理なんかも自分たちですることになるということだけれど。
とりあえず、別荘の中を――風呂やら、トイレやら、キッチンの位置とか――案内して貰ってから、各自部屋に荷物を置き。
僕は寝ていたために食べていないけれど、他の、初等科の三人は機内食でお腹を満たしていたらしく、さっそく遊ぼうという算段のようだ。
「ええっと、その前に今日の晩御飯とか、材料を準備しておいたほうが良いと思うんだけど」
当然、料理をするのも、食材を準備するのも、僕たち自身の仕事になる。
車で一時間もかからないくらいのところに大型の食料品店があることは地図で確認したけれど、遊ぶ前に買い出しに出ておかないと、多分、疲れて面倒になるだろうことは明白だ。
「じゃあ、レクトール。俺が買い出しに行ってくるから、おまえはあいつらの面倒を見るのを頼む」
僕が買い出しに行くという前に、セストに台詞を取られてしまい、結果的に、僕が子守りをすることになった。
まあ、三人いるとはいえ、幼稚舎の子でもないのだし、それなりに楽と言えば楽かもしれない。
「まあ、気楽にしてろよ。買い出し終わったら俺も合流するからよ」
そう言い残し、さっそくセストは買い出しに出かけてしまった。
「じゃあ、すぐに水着に着替えて集合ね。レクトールはしっかり準備もしておくのよ」
シエナに言われ、リュシィの説明を受けつつ、パラソルやら、シートやらを物置から引っ張りだして、一応水着に着替えてパーカーを被り、先にビーチへと向かい、パラソルを組み立てる。
砂浜って、走ると良いトレーニングになるんだよなあ、と何人かいる他の観光客を眺めつつ数分。
「待たせたかしら」




