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夏季休暇のこと

 ◇ ◇ ◇



「レクトールさんは夏のお休みとかあるんですか?」


 その日、毎度のように魔法省の僕のところを訪ねてきたユーリエは、そんな風に尋ねてきた。

 今日から(より正確には明日から)学院のほうは夏季休暇に入ったはずだ。訪ねてくる時間がいつもより早いのもそのためだろう。

 僕はトレーニングの途中だった手を一旦止めて、汗を拭く。


「うん。一応、あることにはあるよ」


 夏の期間中には、通常の週一日の休暇とは別に、それぞれ一週間分の有給休暇をとっても構わないことになっている。魔法省自体が休みになることはないとはいえ、そのあたりの福利厚生はしっかりしている。国の見本となるべき機関でもあるので、当然といえば当然かもしれないけれど。

 まあ、僕としては、いつ何時、本当に休む必要があるときがくるかわからないと思っているし、休暇といわれても特にやることはないので、繰り越そうと思っているけれど。資金はいつだって必要だけど、休みが今必要とは思わないし。それに、うちには、誰かが働いているからといって、遠慮して休まないなどという人はいない。


「そうですか……」


「なにか用事があったのかな?」


 しゅんとしてしまったようなユーリエに声を掛ければ。


「せっかくの休みなんだから、いつもは足を延ばしにくいようなところまでも一緒に出掛けられたらいいわねと話していたのよ。レクトールが唐変木だったせいで失敗してしまったけれど」


 そんな風に咎めるような、駄目出しするような口調なのは、当然、シエナだ。

 主にその兄であり、同じ学院、そしてこの魔法省にも、部署は違えど所属しているセスト・エストレイアを通しての関りだったのだけれど、昔から付き合いのあるシエナ・エストレイアは、肩を竦め、夏場だからか、ポニーテールに束ねた黒髪を揺らす。半袖の制服から見える白い素肌が眩しい。


「あ、もしかして、三人でどこかに出かけようと計画でもしていたのかな。それで、僕も誘ってくれようと思っていてくれたの?」


 それは光栄なお誘いだけれど、やっぱり水入らずで楽しんだほうがいいんじゃないかな。

 

「そのつもりでしたが――」


「レクトールったら、こんな美少女の誘いを断るなんて、枯れているんじゃないの?」


 自分で美少女とか言ってしまうあたり、シエナという少女の性格が表れていると思うけれど、実際、シエナは美少女であるので否定はできない。

 あるいは、シエナが美少女と言っていたのは、ユーリエのことかもしれないけれど。

 肩にかかるくらいのふわふわな金の髪に、綺麗な青い瞳のユーリエ・フラワルーズは、この春の初めごろに知り合いになった、今ではすっかりシエナたちとも仲良しの女の子だ。 

 同じ制服を着ていることからわかるように、彼女のルナリア学院初等科六年に通う生徒で、魔法師でもある。


「枯れてるって……そんなことはないと思うけど。三人とも、とっても素敵な女の子だと思っているよ」


 普通に考えて、初等科生を相手にそんな発言をしていれば、そういう趣味の人なのかとあらぬ誤解を受けそうではあるけれど、ここにいる人たちにそういう誤解は持たれない。恨みは買っているかもしれない、と思えるほどの視線は受けているけれど。


「じゃあ、レクトールはリュシィの水着姿を見たくないって言うのね?」


「なにを言っているんですか、シエナ!」


 唐突に自分に話題がふられ、餌にされたことに怒るようにリュシィが声をあげる。

 ついこの間倒れたことを心配もしていたけれど、自分でも言っていたとおり、もう大丈夫そうだな。

 先日、父親で、この魔法省の重役でもあるウァレンティンさんが出張されていたため、自身のコンクールの後に式典での挨拶を予定していたリュシィだけれど、おそらくは精神的な疲労が原因で、体調を崩してしまい、役目を果たすことができなかったと、かなり責任を感じてもいた様子だった。

 

「いいじゃない、水着くらい、別に減るものじゃないし。どうせいずれは水着どころじゃなくなるんだし」


 まあ、将来結婚したらそうなるかもしれないけど、今はまだ仮の婚約者というだけで、決定はしていないし。

 しかし、そのシエナの物言いが、先日、ローツヴァイ家にお見舞いで訪れていた際のことを思い起こさせて。

 リュシィも同様の場面を思い出したのか、顔を紅く染める。

 

「あら? リュシィ、もしかして、本当になにかあったの?」


「なにもありません!」


「なにもないよ!」


 示し合わせたわけではないけれど、リュシィと僕の否定が重なる。

 これじゃあ、まるでなにかかあったと白状しているようなものだ。


「え? もしかして本当に? もしかしてお祝いしたほうがいいのかしら?」


「やめて、シエナ。その本気っぽいトーンで言われると、変な誤解をされかねないから」


 からかわれて楽しまれたりはされるだろうけれど、この部署でそんな誤解を受けることはないだろうとわかってはいたけれど、話を逸らすためにも、強めに否定して。


「ええっと、夏季休暇の話だったよね。数日なら休めるはずだから、お誘いがあるのなら、付き合うことはできるよ」


「水着の話を聞いた途端にやる気になるなんて、レクトール、やらしいわね」


 非常に困ることではあったけれど、楽しもうという魂胆が見え見えのシエナの軽口を無視して、リュシィへと顔を向けば。


「それなら、私たちもどこかへ出かけられればいいと話していたところでしたので、レクトールも付き合っていただけますか? おそらく、ローツヴァイ家の所有の別荘のどこかは使用できるかと思いますが」


 別荘なんてあるのか。さすがというか、なんというか。しかも、どこか、とか言ったよね?


「たまには別のところに行くのも楽しそうね」


 別のところって、エストレイア家でも似たようなものは所有しているのか。 

 いや、今は、そんなセレブの別荘の所有事情なんかはどうでもいい。


「わかったよ。付き合うよ」


 所有地というのであれば、他人の脅威はかなり低くなることだろうし、加えて、この地を離れられるというのなら、あの人の手も届かなくなる……かもしれない。


「では、詳しい日程が決まりましたら、連絡しますので」


「ユーリエ。さっそく水着を買いに行きましょう。去年のはきつくなっちゃって」


「私もちょっと」


 と胸の辺りにさりげなく視線を落としたユーリエのことは見ないふりをしつつ、僕は視線を逸らし、トレーニングに戻ろうとして。


「そういうわけだから、レクトール」


 連れ立って帰ろうと、あるいは宣言通りショッピングに向かおうとしていたシエナが、とても楽しそうな表情を浮かべながら僕のほうへと振り向いてウィンクをする。


「楽しみにしていてね」


 初等科生の水着姿を楽しみにするのは、かなり変態性が高そうだけれど。

 いや、そう意識するほうが危ないから、逆に楽しみにしていると答えたほうが正しいのだろうか?


「……危ないから、あんまり遅くならないようにね。なんだったら、迎えに来てもらったほうがいいと思うよ」


 帰りにここへ立ち寄ったということは、今日は、送迎の車を出して貰っているわけではないのだろう。

 リュシィたちの自由を制限するような形にもなってしまうけれど、そもそも、彼に限らず、資産家の令嬢であるリュシィやシエナは誘拐なんかの危険性も高いんだから。まあ、リュシィの御父上であるウァレンティンさんはここの重役なわけで、正面切って魔法省と戦おうとするような輩は……まあ、少ないだろうけれど。


「大丈夫よ。今日は家から出してもらったから」


 エストレイア家の運転手付きの車ならば大丈夫だろう。

 僕は安心して、笑顔で三人を見送った。


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