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リュシィとコンクールと式典と 4

 ◇ ◇ ◇



「そんなことがあったんですね……」


 ところどころ掻い摘んで、ぼかしながらの説明にもかかわらず、ユーリエは理解したように頷いてくれた。

 もっとも、その後も大変ではなかったということはなく、勉強とか、トレーニングとか、むしろそれまで以上に、つまり、他にいるかもしれないリュシィに結婚の話を持ってこようとする相手を納得して、言葉を濁さず言うのであれば、追い払うことができるように、誰にでも認められるような成績を修めなくてはならなくなった。

 もともと、悪いほうではなかったにせよ、最上位に近い成績を修めなくてはならず、おそらく、学生の間、学院での生活はともかく、日常のほうの付き合いは悪いと思われていたことだろう。だからといって、関係が悪いとか、変に噂されるとか、そんなこともなく、むしろ仲良くさせて貰っていたけれど。

 

「だからユーリエ。当日、見に来るというのなら、私たちの傍に……いないほうが安全かしら?」


 危惧しているようにシエナが眉を寄せる。

 僕たちの近くにいるということは、知り合い、関係者、仲間、友人、言い方に違いはあれど、親しい間柄だとは思われてしまうことだろう。

 あのときの恨みをもって、僕だけに近づいて来てくれれば対処も楽になるのだけれど、周囲の人間を巻き込んで追い詰めようなどと考えていた場合、厄介なことになりかねない。

 もちろん、当日の警護にあたる人たちには説明したし、例の事件の報告書も読んでいるのだろうから心配はいらないと思いたいけれど、警戒は無駄にはならないからな。結果なにもなかったとすれば、それはそれでよかったと安堵できるというだけだ。


「まあ、ドレスを破くとか、飲み物を引っかけるとか、暴力騒ぎを起こすとか、そんな直接的な手段に出ることはないんじゃないかと思うけど、ユーリエは当日、セストか僕から離れないようにね」


 リュシィとシエナには当日の役割があり、それに僕が立ち会うことはないので、ずっと付きっきりでいられることはできない。

 そもそも女の子である――これはユーリエも同じだけれど――ふたりにずっと付き添うなど不可能な相談だ。

 

「それと、リュシィ。あのときは必要ないと言われたからやめておいたけれど、もし、彼が今度も同じような事態を引き起こしたのなら、僕は躊躇したりしないからね」


 もちろん、あの時とは違って、今は学生でもないし、立場もあるから、方々に迷惑になるようなことはできないけれど、それでも、出来得る限りの全力をもって、排除――対応するつもりだ。

 それから、言うまでもなく、それ以外の不測の事態であっても同じことだけれど。


「……わかりました。気には止めておきます」


「絶対、僕たちがどうにかするから、忘れてくれちゃってもいいよ?」


 大役を引き受けているリュシィやシエナに、これ以上、余計な心労をかけたくはない。

 そもそも、市民の安全を守ることこそ、僕たちの使命でもある。健全な式典の成功は、まさに僕らが保証すべき事柄だ。ただ事前に耳に入れておきたかったというだけで、過剰に意識させてしまうようでは仕方ない。


「レクトールこそ気をつけてくださいね。直接の因縁があるのはあなたのほうですから、私ではなく、あなたのほうへ狙いを定めているのかもしれませんし」


「そうだね。気をつけるよ」


 そうなってくれたらラッキーなんだけど、とは言わず、ただリュシィの言葉に頷いた。

 実際、僕のほうを狙ってくれるのならば、対処はしやすい。

 慢心するわけではないけれど、あのときより、今のほうがずっと、様々な面で実力は高くなっていると自負している。それに、リュシィやシエナを狙われるより、ずっといい。

 そもそも、二度とあんなことにならないようにというのも、この職を選んだ理由のひとつなので、なにが待ち受けていようとも、この式典――に限らず、この国に暮らす人の安全は、絶対に守り抜いてみせる。


「そんなわけで、明日からはさらに警戒が厳しくなると思うから、こうして毎日来られなくなると思う。だから、三人とも、十分に気をつけていてね」


 とくにユーリエはあの人と直接の面識がない分、事の危険性を正しく認識できているのか、不安もある。

 まあ、普通にしていれば、つまり、学院でも講習を受けるような、不審者への警戒、対策がしっかりと頭に浮かんでいるのなら、問題はないだろうとは思うけれど。


「できれば大人に送り迎えをしてもらったり、当日も常に複数人での行動を心掛けてくれると助かるんだけどな」


 僕が毎日送り迎えに来られるわけでもないから。


「わかったわ。じゃあ、当日まで、うちのほうで送迎の車は準備するから」


 シエナ、つまりローツヴァイ家というのなら、安心できる。

 というより、ローツヴァイ家まで飲み込まれていたら、この国はかなり危険な状況だということになる。

 本当は、たくさんの人が集まる式典の日も、複数人で護衛をつけたいところだけれど、せっかくのパーティーが、あの人のせいで楽しめないというのは、面白くない状況だから。

 

「あの、えっと、その式典というのは、なにをするのでしょうか?」


 リュシィやシエナはともかく、ユーリエにはその手の経験は少ない。

 オーヴェスト家やエストレイア家のパーティーに出席したとはいえ、ホームパーティーと式典などの行事とでは、勝手も全然違うものだ。

 一応、リュシィの出番はウァレンティンさんの代わりの挨拶ということにはなっているけれど、それだけで済むはずもないだろうから。

 

「適当に笑顔を浮かべて相槌を打ちつつ、それなりに相手を褒めておけばいいのよ。あとは、そうね。ユーリエが参加するのは発表会までにしておいて、その後の面倒――堅苦しい式典はパスして先に家に帰るというのもありね」


 シエナが身もふたもないことを言う。

 とはいえ、後半の言は、それなりに正着だと言えなくもない。

 僕やリュシィ、シエナやセストは出席が半ば義務のようなものだけれど、ユーリエはただ友達の発表会を聴きにくるだけだ。その後の式典での挨拶なんてつまらないものを見てゆく必要はない。

 あるいは、フラワルーズ夫妻のご都合はわからないけれど、一緒に来てもらって、そして一緒に帰ってもらえれば、不安はかなり少なくなる。


「私もシエナの意見に賛成です。他のクラスメイトも発表会には来るというような話をしていましたし、一緒に帰れば安全でしょうから」


 まあ、その発表会のほうで事を起こされた場合は、その限りではないのだけれど。

 しかし、そんな暗い想像ばかりしていてはなにもできなくなるからな。


「そうだね。ふたりが言うのなら、そうしようかな」


 ユーリエは、友達と一緒にいられるということに喜んでいるのか、嬉しそうに微笑む。

 この前のパーティーは特別にしろ、こういう公の場でのリュシィやシエナに対しては、壁でもないけど、疎外感を感じていたのかもしれない。

 

「格好いいリュシィやシエナの姿は見ていたいと思ったけどね」


 大勢の前で挨拶をする同年代というのは、ユーリエくらいの年齢だと、それは格好良く映るものかもしれないというのも、わかる話ではある。

 

「それなら」


 僕たち三人――僕とリュシィとシエナ――の声が重なる。

 顔を見合わせ、おそらくは三人の気持ちは同じだと理解して、僕とシエナは笑みを浮かべ。


「それならば、ユーリエも見ていってください」


「リュシィは大勢に見られていたほうが良いんですって」


 冗談めかしたシエナを一瞥すらせず、リュシィはユーリエを真っ直ぐに見つめ。


「本当にただ父の代わりを務めるだけですから、面白みのないものだとは思いますけれど」


「うん。楽しみにしてるね」


 ユーリエは笑顔で頷いていた。

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