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ふたりの馴れ初め? 18

 相手側はこれに敗けるつもりはないのだろうから、記録を消去したりもしないだろうし。こちらからは見えないけれど、どうせ、こっちの様子は、どうしてか確認しているのだろう。

 僕とセストは、シエナを間に挟むようにして、背中合わせに立つ。

 案の定、相手からの返答はなく、代わりに。


「おまえら、どういう状況かわかってんのか?」


 にやにやと、薄気味の悪い笑みを浮かべている。

 

「どういう意味ですか?」


 リュシィが誘拐されたので、僕たちは助けに来た。しかし、そんなやつに加担している相手に、今は足止めをされている。それが僕たちの状況で、それ以上でも、それ以下でもないと思うけれど。


「素直にここまで来たことには驚いてやるけどよ、こっちには人質がいるんだってことを忘れて貰っては困るってことだ」


 人質ねえ。

 

「それは忘れてはいませんが……あなた方こそ理解しているんですか? そうして駆け引きが成り立つと思っていられるのは、リュシィが無事でいるからですよ?」


 無事でなくなった瞬間、人質としての価値はなくなる。

 生きているからこそ、こちらに対する牽制として利用できる。そして、死んでいなければ、医療センターに行けば、後遺症、傷跡に残る心配なく、治してもらえる。

 

「へっ。殺したりはしねえよ。楽しめなくなるだろ。それに、生きていたって、外傷を与えなくたって、楽しむ方法はいろいろあるんだぜ」


 取り囲む男たちが、隠さない下心を、顔に浮かべる。


「ちょっと恥ずかしい写真を撮ってネットにアップするとか、動画にして物好きな男どもに売りつけるとかな」


「それだけですか?」


 完全に優位に立ったと思っただろう男たちは、勝ち誇った笑みを浮かべていたが、僕がそう答えたことで、表情を消す。


「こいつはとんだくそ野郎だな。自分の婚約者の――」


「あなたがたの切り札がそれだけだというのなら、呆れました。そんな程度でこちらを牽制できると思っているのなら、残念ながら、甘すぎると言わざるを得ません」


 それ以上は言葉で答えるよりも、行動で示す――示してしまうことにした。

 そもそも、すでにそんな写真を撮っていたのなら話は別だけれど、今の言い方からすれば、まだリュシィのあられもない姿の記録は残されていない。本当に残っていたら、ちょっと自分でもどうするかわからない。

 

「全裸にしか欲情できないなんて、人以下ね。衣服の着用――つまり、道具の使用――こそ、人とそれ以外とを分ける、明確な差だというのに。あなたたちはお猿さんだったのかしら。それなら、こんなところよりも動物園――ああ、ここも山の中だから、ある意味、正しい生息場所とも言えるわね」


 そう言って、シエナがくすくすと笑う。 

 相手を挑発するとか、からかう、おちょくる、言い方はなんでもいいけれど、そういうことをさせたら、きっとシエナの右に出る同年代の子はいないだろう。

 

「しかも、相手は幼女だなんて。ますます救いがないじゃない」


 相手にするのも馬鹿らしいと挑発するシエナに、さすがに自分よりずっと年下の女の子にそこまで言われては黙っていられなかったのか、青筋を立てた相手が武器を振り上げ突進してくる。

 ただし、大振りで、虚実もなく、感情に任せただけだというのなら、躱すことは容易い。

 躱す――正確には、シエナとの直線状に入り込んで、左手でバットの腹を突いて軌道を逸らし、地面に叩きつけて動きが止まった一瞬を狙い、踏み切って、側頭部に蹴りを叩き込む。

 かなり大柄な男ではあったけれど、一撃で失神させられたようで、その場で倒れてくれた。


「ありがと、レクトール。あとでキスしてあげるわ」


「光栄だけど、遠慮しておくよ。周囲に誤解を与えかねないからね」


 そんなやり取りをしている最中、セストが僕たちを文字通り飛び越えて、そのまま正面の相手に飛び蹴りを放った。


「おまえら、真面目にやれよ。とくに、レクトール」


「やってるよ」


 先の一撃を合図に、相手の闘争心かなにかに火をつけてしまったみたいで、取り囲んでいた相手側が、一斉に襲い掛かってくる。

 死闘は数十分続き、最後のひとりが倒れそうになったところで、その胸倉をつかみ上げ。


「まだ眠って貰っては困ります。リュシィの正確な居場所を教えてください」


 探索魔法の反応でわかるけれど、教えてもらえばそれに越したことはない。確認にもなるし。


「その中だ。最上階に捕えていると聞いている」


 所詮は用心棒役。情報漏洩を嫌って、正確な情報は共有しなかったのか。


「どう思う?」


「もうちょっと脅し付けて見るか」


 女子供にはあまり見せたくない――僕とセストだって大人とは言い切れないけれど――ので、シエナには耳を塞ぎ、目を閉じてもらった。

 もちろん、周囲には障壁を展開して、不意の襲撃に供えながら。


「……どうやら、本当みたいね」


 その場に相手を放り捨て、あらためて探索魔法を行使すれば、たしかにリュシィの反応は動いておらず目の前の建物の中にはいるようだ。 

 途中の階から、ロープウェイが伸びているとか、そんなことはなく、ここに僕たちが入っていったからといって、相手が別の出入り口から逃げ出してすれ違うなんてことにはならないだろう。

 

「リュシィ! 今行くから!」


 カメラがあるというのなら、あるいはなくても聞こえるくらいの大音声で叫んでから、僕たちは建物に突入し、二手に――僕とエストレイア兄妹――分かれて、各部屋ごとにチェックしてゆく。

 もちろん、いちいち開いている暇はない。 

 探索魔法を使用しているので、リュシィの正確な居場所はほとんど掴んでいる。

 同じ建物内という距離であれば、正確な部屋まで、かなりの精度で導き出せる。

 さっきの用心棒が言っていたとおり、リュシィの反応はこの建物の二階にあり、僕たちは階段を駆け上がり、その内の一室の前で足を止める。


「この部屋ね」


 建物内にも相手の手勢はいて、その配置の仕方から、部屋の位置は割り出せた、おそらく、間違っていないだろう。探知魔法の反応も目の前の部屋の中を示しているし、そこまで誤魔化しているとは思えない。


「レクトール」


 セストの目配せに応え、ふたりで同時に扉に前蹴りを放つ。

 見た目通り、建付けが悪かったのか、扉は音を立ててはずれ、倒れ込む。

 立ち込める煙は風を使って払い去り。


「リュシィ!」


 飛び込めば、目に入ってきたのは、下着姿で拘束されたリュシィと、取り囲む複数の男たちの姿で。


「なんだ、もう来たのか」


 なんだか聞き覚えのある声がした気もしたけれど、そんなのを相手にしている余裕はなかった。

 ただそれしか視界に入ってこずに、ふらふらとした足取りで、掴んでくるような相手は無造作に吹き飛ばしながら、その子の元までたどり着き。


「遅くなってごめん。他にはなにもされてない?」


「……私は大丈夫です。レクトールたちなら来てくれると信じていましたから」


 女の子が、下着に剥かれて、大の男たちに囲まれて、大丈夫なはずがない。

 事実、リュシィの声には、わずかに震えが混ざっていた。普段、まったくそんなことはないからこそわかった程度の表情の変化も。

 

「僕ので悪いけど」


 とにかくリュシィをこれ以上、こんな人たちの視線に晒したくはない。

 僕は着ていた制服の――夏なので上着はなかったけれど――シャツを脱ぎ、拘束を解いて、リュシィの肩からそれを被せた。


「リュシィはもうなにもしなくていいから。後は僕に――僕たちに任せて」


 本当は僕にと言おうと思ったけれど、セストとシエナの援護にも助けてもらった。

 後ろから鉄パイプで殴りかかってきたのを、障壁の展開の勢いだけで吹き飛ばし。


「これだけの事をしでかした覚悟はあるんでしょうね」


 振り向いてその男――ユラ・ウォンウォートを睨みつける。


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