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隠し味は恋のスパイスです 5

 リュシィの姿が完全に見えなくなったところで。


「それじゃあ、レクトール。お邪魔虫がいなくなったところで、睦み合いましょう?」


 後部座席からシエナが体重をかけてくる。

 この車には、たしかに、自動運転機能も搭載されているけれど、そういう問題じゃなく、そして、シエナが本気なのか、からかっているのかという自己申告にも関係なく、十一歳の女の子に手を出したなんて知れたら、大事になる。

 いや、そもそも、シエナの誘惑に乗るつもりも、シエナじゃなくても、十一歳の――初等科の女子生徒に手を出す気なんかまったく、これっぽちもないけれど。もちろん――ありえないだろうけど――リュシィが相手でも同じだ。


「運転中は大人しくしていてね。そうしないと捕まるから」


 それは、僕が魔法省に勤めているとか、そんなことには関係なく、法律の問題だ。むしろ、魔法省に勤めているからこそ、余計にしっかりと遵守しなくてはならない。自動運転でいいじゃない、といっても、いくら自動運転だって、車内で暴れたりしたら危ないに決まっている。


「あの、お聞きしたいことがあるのですけど、構いませんか?」


 適当に(蔑ろにということではない)シエナをあしらっていると、ユーリエが遠慮がちに尋ねてきた。

 今、口を開いたってことは、リュシィには聞かれたくなかった話ってことかな。


「いいよ。僕に答えられることなら」


 先程と似たような展開だけど、まあ、まだ質問内容がわかっているわけじゃないし、聞くだけ聞いてから判断しても問題はないだろう。

 とはいえ、できれば聞いて欲しくないような気もするけれど。


「レクトールさんとリュシィって、どうして婚約者になっているんですか?」


 ほらきた。

 できれば聞かれたくなかったことであり、そして、おそらくは聞かれるんじゃないかと予想していた質問だ。

 友達のことで気になるのだろうし、普通に考えて、これだけ年の離れた女の子と、婚約者だなんだのって関係になっているような男と一緒にいたくはないよね。危険のほうが先に立つ。むしろ、これで警戒しないようなら、学院ではどういう教育をしているのかと、心配にもなる。

 しかし、ユーリエが続けた言葉は、少しばかり予想とはずれてもいた。


「あ、あの、他意はなくて、ただ、シエナは知っていそうだったので、仲間外れにされるのは寂しいなって。あっ、でもでも、レクトールさんにも、それからリュシィにも事情はあるのでしょうから、無理にとは言いませんけど」


 初等部の女の子と真面目に(かどうかは置いておくとして)婚約しているなんて、当然、引かれると思っていたけれど。

 まあ、僕が学院に通っていたときのクラスの女子も同じような感じで、引かれるというよりは興味のほうが先に立ったみたいだから、それほど――とはいえ全くないということではないけど――驚きはない。

 そんな、言い訳というか、遠慮じみたユーリエの問いに。

 

「うん。まあ、偶然だよ」


 べつにそれは秘密にしなければならないことじゃない。

 僕がリュシィの婚約者になったのは、本当に偶然だ、と少なくとも僕はそう思っている。

 もちろん、この世には偶然なんかはなくて、全ては必然の積み重ねで、なるべくしてなったとか、運命だったとか、そういう風に捉える人たちがいることも知っている。

 でも、本当に、僕はたまたまその場に居合わせてしまったというだけなのだ。

 まあ、あの人のことは僕もどうかと思ったことは事実だけど、リュシィなら、これからいくらでも、他に素敵な相手を見つけることはできるだろう。それまで僕が、防波堤でもないけど、煩わしいことから解放されるための役目を担っているに過ぎない。

 

「偶然……運命ということでしょうか?」


 バックミラー越しに見れば、そのユーリエの問いかけに対して、シエナが俯きがちに肩を震わせている。

 

「笑うことはないんじゃないかな……」


 とはいえ、この件に関して、シエナには、それにセストにも、頭が上がらないんだけどね。本当に迷惑を……じゃなかった、世話になった。

 もちろんシエナは悪びれる様子もなく。


「あら、ごめんなさい。でも、あれからレクトールは随分、いえ、あの時も十分に素敵だったけれど、いい男になったわよね。それに、頭が上がらないなんてことはないわよ。私にはどう逆立ちしたってできないことだったんだから、むしろレクトールには感謝だってしているのよ。本当に」


 最後だけは、眩しそうに目を細めながら、そう言った。

 まあ、シエナは同性――女の子だし。

 だからいろいろと、社交界での立ち居振る舞いとか、家庭教師の紹介とか、他にも、事の最中も、とりあえず落ち着いた後でも、助けてくれたのだろう。

 もちろん、僕は自分でだって出来得る限りの一生懸命、それまでの人生すべてを凝縮しても足りないくらいに濃密な時間を過ごしたとは思っているけど、それ以上に、シエナやセストの――正確に言えばエストレイア家の――協力失くしては無理だったことは、あまりにも多い。


「私、聴きたいです。ねえ、シエナ。シエナも知っているんだよね?」


 シエナも当事者といえば当事者、になるのかな。直接的ではなくて、間接的にはってことではあるけれど。

 だから当然、シエナも詳しい事情を知っている。なんなら、そういう家同士のしがらみとか、裏話なんかを含めたら、僕より詳しいかもしれない。


「そうね。私としては、教えてあげてもいいけど、リュシィに許可を取ってからにしたほうがいいわよ。それとも、リュシィのあーんな恥ずかしい秘密やらなんやらを、本人のいないところでこっそり聴きたい? それはそれで面白そうではあるけど」


 いや。

 ユーリエは、シエナとは違うんだから、こそこそと陰で笑ったりはしないと思うよ。別に、シエナが陰でこそこそと笑っていたってことじゃないけど。 

 てゆうか、リュシィのそんな秘密、本当に知っているの?

 悪戯気に目を細めるシエナに対して、ユーリエは首を横に振り。


「ううん。やっぱりやめておくよ。リュシィが自分で話してくれるまで待つことにする。それくらいに仲良くなれたら嬉しいなあ」


「そうね」


 シエナが一瞬、優しげにその金の瞳を細める。 

 それからまた、一層面白いことを思いついたように。


「それなら、リュシィに聞き出してみる? もちろん、強引にじゃなくて、リュシィがどうしても聞いて欲しいって言いだすまで待つのよ?」


 それは、ユーリエの意見とどう違うんだろう。わざわざ提案し直す内容には思えないけど。 

 でも、シエナの表情がなあ。面白いおもちゃを貰ったときみたいな感じなんだよな。


「できれば、遠慮してあげて欲しいなあ」


「そうね。私もできればこんなこと、無理やりになんてしたくないけど、友達なんだし、もう少し、曝け出してもいいんじゃないかとも思うわよ」


 ねえ、とシエナは妖しげにその金の瞳を光らせて、唇を湿らせながら、ユーリエの顎に指をかける。


「う、うん」


「ユーリエがどうしてもっていうのなら、教えてあげてもいいわよ。そうねえ、ベッドの上でなら」


「お泊りってこと?」


 ユーリエの答えに、シエナがサディスティックな微笑みを浮かべる。獲物を狙う目だ。


「シエナ。着いたよ」


 リュシィとシエナの家はそれ程離れてはいない。

 なんとか、ユーリエがその毒牙にかかる前に救出できそうだ。


「あら、残念」


 わざとらしく肩を竦めたシエナは、すっとユーリエにかけていた手を引き戻し。


「おやすみなさい、ユーリエ。続きは、そうね、リュシィもいるときにしましょう」


 リュシィの家にはさすがに敵わないように見えるけど、同じくらい(というより、庶民の僕からしたら大した差はない)大きな御屋敷の前で、シエナを降ろす。


「うん。おやすみなさい、シエナ。またね」


 後はふたりでゆっくりね、なんて言い出しそうな顔を見せてから、シエナは門の向こうへと消えていった。

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