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ふたりの馴れ初め? 14

 ◇ ◇ ◇



 婚約者とはいったいなんだろうか。

 結婚の約束を交わしたした相手。許嫁。フィアンセ。

 辞書を引けば、そんな堅苦しい意味の説明が並ぶけれど、そういう意味を知りたいわけじゃない。


「ねえ、セスト。婚約者って、具体的になにをすればいいのかな」


 たしかに僕はリュシィの婚約相手を務めることを、あの場では了承した。

 もちろん、それは形ばかりのものだと理解してはいるけれど、つまり、形を取り繕う必要はあるわけで。

 

「さあ。俺にはいたことねえからなあ」


 学院の教室で、前の席に座った友人は、そう言って肩を竦めた。

 先日――夏季休暇ののホテル? での一件以降、この言い方が正しいのかはわからないけれど、ある種、上流階級の人たちの間では、僕はリュシィの婚約者として認知されることになってしまった。

 もちろん、自分で決めた道だから、後悔しているなどということはない。

 しかし、そうなった経緯、あるいは目的と言い換えてもいいかもしれないけれど、それを考えれば、あまりにも無知ではいられない。

 

「でも、婚約者ってのは、要するにパートナーだろ? 向こうから要請があったときに、そうと振舞えるよう、一緒に過ごす時間をとるようにすればいいんじゃねえか?」


 たとえば、とセストが教えてくれたところによれば、迎えに行って一緒に登下校するとか、デートに出かけたり、プレゼントを贈りあったりするもの、らしい。

 

「あとは、食事とか、互いの家に行ってみるとか、つうか、そういうのはわからないから俺に聞くとかじゃなくて、おまえが考えてくれたほうが、お嬢さんは嬉しいんじゃないのか?」


 それは、まあ、自分のために相手が一生懸命何かを考えてくれるというのは、たしかに嬉しいかもしれないけれど、あくまでも仮の婚約者である僕にそこまでされては、むしろ引かれるような気がするんだけど。

 

「まあ、そんときゃそんときだろ。どうせ初めてなんだし、お嬢さんだって、なにか言ったりはしねえはずさ。何事も、とりあえずやってみねえとな」


 頑張れよ、と他人事のように(実際に他人事なわけだけれど)言い残し、セストが立ち去った後の席で、僕はひとり考える。

 そうか、デートか。

 でも、それって、僕なんかに誘われてリュシィは嬉しいんだろうか。


「ねえ。女の子って、どんなところにデートに誘われたら嬉しいのかな?」


 隣の席に集まって話していた女の子に声をかけてみる。

 やっぱり、こういうことは、実際に同性に聞いたほうが参考になることも多いだろう。


「え? レクトールくん、私に聞いてるの?」


「そうだけど?」


 となりの席に座っていた彼女は、びっくりしたように固まってしまった。(ついでに言えば、その子の周りに集まっておしゃべりをしていた子たちもだ)

 なにかまずかったのだろうか。


「ええっと、そうだな、水族館とか、映画館とか、ショッピングに付き合ってくれるとかかな」


「私は思い切り身体を動かしたいから、公園とか、体育館とかかな」


「図書館とか、お家でというのも素敵だと思いますけど」


 そんな心配は杞憂だったようで、クラスメイトの字女の子たちからは、そんなありがたい回答が寄せられた。

 なぜか、期待の込められたような視線も一緒にだったけれど。


「ありがとう。参考になったよ」


 お礼を告げてから、周辺でのおすすめのデートスポットなるところを検索する。

 リュシィはお嬢様だから――それも超が付く――普通のところには満足しないかもしれないな。

 それとも、案外、そのへんのファーストフードの店でも良いかもしれない。セストやシエナも、初めてのときはいたく感動している様子だったし。

 リュシィは違うだろうけれど、僕の小遣いはそれほど多くはないから――


「どうしたの、急に」


「そんなに特別なことじゃないのだけれど、今度、女の子と付き合うことになったから、彼女に、できれば楽しんでもらえるなら、どうすればいいかなと思ったんだけどね」


 如何せん、僕はそういう知識には乏しいから。

 まあ、リュシィもそこまでのことを期待しているのかどうかわからない――いや、意外と自分の中にはこだわりのあるタイプだから、下手なことはできない。 

 だから、事前にある程度の――シエナ以外の女の子からも、情報を収集しておこうと思ったのだけれど……。


「ええっ! レクトールくん、彼女ができたの?」


「彼女、というより、婚約者なんだけれどね」


 似たようなもの、ではあると思う。 

 まあ、婚約者のほうが重そうな気はするけれど。


「ええええええっ! 婚約者あ?」


 直前のものに倍する歓声、あるいは、悲鳴、そんなものの交じり合った声が、教室内に響く。

 一応、他の授業の邪魔をしないよう、各教室ごとに遮音の障壁が展開されているはずだけれど、それを突破してしまうのではないかと思えるほどの、彼女たちの興奮ぶりだった。


「相手は? どのクラスの子?」


「いつ告白されたの?」


「どこに惚れてオーケーしたの?」


 一度にたくさん話しかけられて、答えるのに困りながら、相手は初等科の子で、とか、先の長期休暇の際にちょっと、とか、あるいは、適当に外見の特徴なんかを挙げたりする。まあ、名誉のためというか、あんまり詳しい話はできないのだけれど。

 その日の授業を終えて、帰る頃になれば、また、同じように僕の周りをクラスメイト――こんどは女子ばかりではなく、男子もだったけれど――が、待ってましたとばかりに取り囲んだ。


「レクトール。お客さんだぜ」


 それから、好奇心というか、興味の対象になっていた僕を助けてくれるためにか、セストに声をかけられて、人の間から顔を覗かせれば、教室の出入り口のところに、ふたりの人影があった。

 身長から判断するに初等科生だろう、そして、そんな相手の心当たりはひとつしかない。


「こんにちは、レクトール。迎えに来たわよ」


「やあ、シエナ。それにリュシィも。わざわざこっちの棟まで来なくても、僕たちのほうで迎えに行ったのに」


 笑顔で――にこやかにといったほうが正しいか――手を振るシエナにそう答えれば、問題ないわ、と返される。


「兄様――はどうでもいいけど、レクトールの様子も気になったし、ってリュシィが」


「私はそんなことは言っていません。シエナが無理やり連れて来たんじゃないですか」


 ふたりの意見が食い違うけれど、どちらの意見を信用する(できる)のかといえば、もちろん、付き合いの長いシエナではなく、婚約者(仮)のリュシィだ。シエナも、真面目に誤魔化すつもりはなかったらしく、適当にからかって満足したのか、すぐに引いてくれた。


「なんにしても、会いに来てくれて嬉しいよ」


 取り合えず、クラスメイトの前というか、学院内だし、人目を気にしてそう返事をする。

 余計なことを、あるいは言葉足らずで、関係性を疑われるようなことは避けたい。今後のためというか、何事も第一印象というのは重要だから。


「えぇっ、可愛い!」


「お人形さんが並んでいるみたい」


「セストくんの妹さんって、初等科生だったよね。あの制服も」


 クラスメイトの視線が僕たちの間を往復する。

 明日からのことが、非常に気にはなったけれど、努めて気にしていない風を装った。


「じゃあ、行きましょう」


 クラスメイトからの追求というか、ひと通りの挨拶を済ませたらしいシエナに手を取られる。


「行くって、どこへ?」


「決まってるじゃない、デートよ、デート」


 リュシィの顔を窺えば、申し訳なさそうな、そんな感じが浮かんでいた。

 べつに、謝ることはないのに。

 そりゃあ、たしかにいきなりで驚いたけれど。

 とはいえ、僕はなにも考えてはいないので、シエナに任せっきり、というより、なされるがままだった。

  

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