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ふたりの馴れ初め? 12

 彼は同じ学院の先輩で、とか、学院生活の中でも大変世話になっていて、とか、まったく身に覚えのない紹介が続けられる。

 ただし、同じ学院――ルナリア学院に通っているというのは、ある程度の効果があったようで、それなりの理解を示された方もいらっしゃった。

 魔法が使えるという、それだけでも、かなりのアドバンテージにはなるようだ。

 ならば、今のところ、他には付け入られる隙だらけの僕としては、それだけはしっかりとした成果を納めなくては。いや、もちろん、リュシィの婚約者として、余人に突っ込む隙を与えないようにするためには、他の科目だってそれなり以上の成果を出さなくてはならないのだけれど。

 

「たしか婚約を申し込まれたのはそちらからだと思っていたのですが、良い御身分ですね」


 パーティーも半ばに差し掛かったところで、僕たちのいる中央付近に進み出てきた人たちがいた。

 

「あら、ユラ・ウォンウォート様。このようなところで会うなど奇遇ですね」


 皮肉の込められたリュシィの挨拶に、ユラ・ウォンウォート氏はほんのわずかに口元をひくつかせた。


「あなたがいるとおっしゃるのであれば、どこへなりともはせ参じますよ」


「それってストーカーってことかしら」


 切り返しにも、シエナにツッコミを入れられて、なんだなんだ、と周囲の人たちだけでなく、会場内の多くの人がこちらの会話に惹きつけられたようだ。

 ローツヴァイ家とエストレイア家のお嬢様を相手に、男性ふたりが立ち合い、修羅場のような雰囲気を形成していたのだから、当然かもしれない。


「シエナ・エストレイア嬢。私はすこし婚約者殿と話をしたいことがあるので、そこを譲ってはいただけませんか?」


「婚約者? 婚約者はレクトールだって、リュシィ本人が今そう言っていたじゃない。あなたのウォンウォート家は、その他大勢の、リュシィに――いえ、ローツヴァイ家に婚約を申し込んだ家のうちのひとつに過ぎなかったと、そういうことでしょう?」


 シエナは微笑を湛えていたけれど、その金の瞳だけはまったく笑っておらず、ユラ・ウォンウォート氏のリュシィに対する所業をまったく許していないことは明白だった。

 おそらく、周りで見ている人たちにも、僕たちの対立というか、反目は、うかがい知れたことだっただろう。


「挨拶をしたいというのなら、御自由にどうぞ。けれど、もし、ふたりに余計なちょっかいをかけようというのなら、私たちも友人として、ただ黙っているだけというわけにはゆかなくなると思うけれど」


 そんなシエナの牽制には怯んだり、応えたりする様子もなく、ユラ・ウォンウォート氏はリュシィの前まで進み出てきて。


「レクトール。このところいろいろとあったせいで少々疲れました。少し休みに行きたいので、付き合ってくれますか」


 相手が挨拶をしようとした、まさに直前のタイミングを見計らって、リュシィはそのように告げてきた。

 暗に、おまえとは話すつもりもないと言われたわけだけれど、それで諦めるような普通の精神をしているような人物が、あんなストーカーじみた真似をしたりはしないだろう。


「パートナーである女性を疲れさせるとは、情けない婚約者ですね。そのあたりの機微が薄いようだ」


 リュシィは実際に疲れているわけではなく(いや、それも多少はあったのかもしれないけれど)目の前の人物と話をしたくない、あるいは、顔を合わせたくないだけだ。 

 しかし、おそらくは最大限の慈悲をもって、なるべく穏便に済ませたかったために選んだ言葉だったのだろうに、それをわからないはずもないユラ・ウォンウォート氏は、あえてわからないふりで、僕を攻撃するように切り替えた(あるいは元々そのつもりだったのかもしれないけれど)らしい。

 それにしてもあの件には、リュシィと僕、それにシエナにセストと、四人も明確な証人がいるというのに、シエナではないけれど、よくもまあ、堂々とその姿を晒せたものだ。


「聞いた話では、私が仕事で外国へ行っている間にも危険な目にあわれたようじゃないですか」


 なにが聞いた話だ、と僕は鼻白んだけれど。

 それよりも、外国に行っていたとは、どういうことだろう。まさか、あれは本当にそっくりな人間が? いや、あのときの態度からは、到底、ユラ・ウォンウォート本人であるとしか思えなかったけれど。

 

「なにを言っているのかしら?」


 シエナが警戒するような顔で尋ねる。

 

「なにを言っているもなにも、商談のために他国へ行っていれば、その間に婚約者となるべき女性がひどい目に会おうとしていたらしいと聞いて、驚いたのはこちらのほうですよ」


 いや、たしかに襲われたとことはカメラの死角だったのかもしれないけれど、周辺に全く映しているものがなかったわけでもないないし、当日の周辺の監視カメラの映像記録を参照すれば、どこの誰だったかはすぐにわかるはずだと思うのだけれど。

 なんで、この人はそんなに自信満々で、むしろ余裕すら窺える態度でいられるのだろう。

 

「なるほど、そっちはすでに手を回し済みってわけね」


 シエナが呟く。

 

「元々、こちらからも話をしていて、合意しかけていたところを、掻っ攫うように横から婚約者を奪われては、少々不満もあるというもの。本当にその相手が私より、リュシィの隣に立つのに相応しい人物かどうかということに」


 こいつはなにを言っているんだろうと、本気で僕は混乱しかけていた。

 

「レクトール・ジークリンドとかいっていたね。どちらがより隣に立つに相応しいか、その地位を賭けて勝負といこうじゃないか」


「お断りします」


「よもや逃げたり……なんだと?」


 僕がそんな答えを返すとは思っていなかったのか、わりと素に戻ったような声で、ユラ・ウォンウォート氏は目を見開いた。 

 向けられた顔には、全体に驚きというか、疑問というか、信じられないと言いたげなものが浮かんでいた。


「お断りします、と申し上げたのですが、聞こえませんでしたか? というよりも、なぜ、そんな賭けを私が受けると思われたのですか? そもそも、そんなことの対象にされる、リュシィが可哀そうです」


 わざわざ口に出したりまではしないけれど、リュシィは物じゃあないぞ。

 

「この程度のことも受けられないほど怖気づくのか。所詮はその程度。つまらんやつだな」


 なんと言われても結構。

 僕自身、自分がそこまで大した奴だとは思っていないし。 

 それに、選んだのは僕でも、リュシィでもなく、ウァレンティンさんだ。リュシィの目が曇ったとか、そんなことを言われる謂れもない。


「そんな男にご執心とは、ローツヴァイ家の娘とはいえ、まだ子供ということか」


 こいつは初等科生か。

 挑発のつもりなら、幼稚すぎる。

 

「その程度の男なら、今わざわざ相手にするまでもない。いずれ、その地位には耐えられなくなって自分から降りるだろう」


 ふん、と見下すような笑みを浮かべたユラ・ウォンウォート氏が反転したその背中に。


「待ってください」


 そう声をかけたのは、他ならないリュシィ本人だった。


「私のことはどう思っていてくださっても構いませんが、レクトールのことを悪く言うとは見過ごせません」


 リュシィはその神秘的な紫の瞳を僕へ向けてきて。

 あの、リュシィ? そう言われてしまうと、僕のほうの格好がつかないのだけれど。できればその後も、続けて欲しいなあと期待を込めて視線を返せば。


「ただし、これにもし、レクトールが勝利するようであれば、金輪際、こういったちょっかいは掛けてこないでくださいね」


 さらにハードルを上げられてしまった。

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