ふたりの馴れ初め? 10
あの人が諦めたかどうかは不明だし、あんまりいい人だとは思わないけれど、一応は、リュシィのためを思って、リュシィの御両親が選んだ相手だ。
そんな人物を、仕方なかったとはいえ、追い払ってしまった僕としては、多少の責任は感じている。
だから、シエナの提案に同意する代わりに、相手方のほうの心配というか、ウァレンティンさんがどんな考えなのかは聞いておこうと思って。
「でも、この中にもあのユラ・ウォンウォートという人と同じような考えの人がいないとも限らないわけですよね?」
所詮、ここにあるのはプロフィールだけで、実際の人間性というかは、会って、話でもしてみないことにはわからないだろう。
それに、リュシィも言っていたとおり、よく知りもしない相手ばかりだというのなら、実際に顔を合わせてみて、それでリュシィ本人に判断させるのが一番なのではないだろうか。
「そのとおりだ、レクトールくん。そう思って、すでにパーティーの準備を進めていてね。この人たちを招待して、リュシィ自身にも選んでもらおうと思っていたのだけれどね」
僕が言おうと思っていたのは、リュシィには、これからの学院生活でもなんでもいいけれど、そういう中で自分で見極めてもらえばということだったのだけれど。
「だがね。うちの跡取りがリュシィしか今はいない以上、いずれリュシィにはグループの後を継いでもらわなくてはならないんだよ。ただ早いか遅いかの違いだけでね。それとも、リュシィにはもう、誰か特別に想う相手はいるのかな?」
「それは、いませんが……」
気乗りしていない表情でリュシィが目を伏せる。
「なにも、今すぐにこれと思う人を見極めろと言っているのではないよ。もちろん、リュシィが選んだ相手なら、できる限りの応援はしたいと思っているけれどね」
「まあ、私なら、九歳の娘に色目を使って迫ってくるような相手は全員お断りだけれど」
静かにシエナが言い切ると、途端、ウァレンティンさんは。
「そうなんだよ。でも、今度、リュシィは十歳になるだろう? そうすると、きっと、これまで以上にいろいろと忙しくなる。そんなリュシィを支えてくれる相手を選ぶというのなら、私としてもできる限り信頼できる相手を選びたいというものだ」
なんでも、近く、とある大物の政治家がパーティーを開く予定らしい。
関わりのある企業からの出席者がほとんどらしいけれど、一応、この国の母体ともいえる、議会、各省からも出席しなければならないらしく、当然そこには魔法省の重役であるウァレンティンさんも入っているということだ。
初等科の学生が出席するようなものではないと思うけれど、ローツヴァイ家のひとり娘としては、出席しければならないらしい。
「けれど、そんな人たちの相手をリュシィひとりにさせるわけにもゆかないだろう? とりあえず、仮にでもいいから、隣で支えてくれる人間がいてくれると助かるんだよ。それは、リュシィに言い寄る相手を減らすという、負担を軽減することにも繋がるしね」
へえ。
お金持ちっていうのも、大変なんだなあ。
本人はともかく、子供にまで、そんな面倒な役割を持たせることになってしまうなんて。
「小父様も、最初からそう説明なさればよかったんじゃありませんか? いきなり婚約者を決めたから、じゃあ、リュシィだって家出したくもなりますわ」
シエナに指摘され、その通りだったかもしれないね、とウァレンティンさんは頭を掻いた。
「それで、とりあえず、その役目を引き受けてはくれないかな、レクトール・ジークリンドくん」
「リュシィに婚約者を立てなければならないという理由はわかりました。要するに、娘さんが心配だということですよね」
相手は一グループの総帥であり、魔法省の重要人物だ。
一介の高等科生徒である僕ごときに反論できるとは思わないけれど、とりあえず、言うだけは言っておかなくてはならない。
「そうだよ。リュシィに好きな……気になる相手がいるというのならその相手に頼んでも良かったのだけれど、なにせ、今からでは時間もない。この相手に頼み込んで、弱みを見せるわけにはいかなくなったんだよ」
僕ならば丁度いいと?
「ああ。これは決してきみを下に見て言うのではなく、さっきの報告から判断させて貰った。きみならば、リュシィを任せるに値すると、判断できる。きみはただちょっと通りがかっただけだというかもしれないけれど、それはつまり、きみとリュシィの運命だったとも言えるのではないかな。そこで交錯する」
「そのとおりですわ、小父様」
やけに乗り気なシエナが横から賛成を口にする。
「私も昔から、レクトールならお嫁さんになってあげても良いと思うくらい、信頼していましたの。でも、リュシィならその役目を譲っても惜しくはありませんわ」
「ちょっと、シエナ?」
その話、僕は今初めて聞いたんだけれど。
シエナ、もしかして、話が面白く転がるように、創作しだしてない?
しかし、興奮しているふたりには、僕の声が届いたりしない。
「そうかいそうかい。シエナちゃんのお墨付きなら余計に信頼できるね。それに、リュシィも不満ということでもないみたいだし」
「本当にそう思ってます?」
僕は隣のリュシィの顔をちらりと見やるけれど、とても歓迎している風には見えない。むしろ、凝りませんね、とうんざりしているようにすら見える。
「仕方ありません。どのみち、そのパーティーには出席しなければならないのでしょう?」
やがて、諦めたようにリュシィが尋ねれば、ウァレンティンさんは、すまないね、と頭を下げられた。
「すみません、レクトール。これは私の問題ですから、あなたにまでこれ以上、面倒をかけるわけにはゆきません。その方たちの相手は私がしますから、あなたはなにもしなくて結構ですよ。もちろん、婚約者役などということも」
しかし、リュシィが口にしたのは、僕たちの予想とは少し違ったものだった。
それは、たしかに今までも似たような場面には立ち会ってきたみたいだとウァレンティンさんは言っていたし、リュシィ自身もそれほど苦にはしていない風には見える。
けれど、僕になにができるわけではない。そんなことは十分にわかっているし、ましてや支えるとか、代わりに背負うとか、そんなことは口が裂けても言えないけれど、隣に立っていることくらいなら僕にもできる。
なにより、あの、ユラ・ウォンウォート氏の脅威が完全に去ったわけではないというのであれば、一度関わった以上、最後まで責任は取りたいと思う。
「わかりました。その役、謹んでお受けいたします」
リュシィの言葉を無視して、僕はウァレンティンさんに頷いた。
「ただし、リュシィにほかに想う人ができたときには、あるいは、ウァレンティンさんがリュシィを任せても構わないという人ができたときには、その方に僕の地位を喜んでお譲りいたします」
「レクトール」
リュシィがなにか言いたそうな顔をしていたけれど、それは後で聞くからと、僕はウァレンティンさんお答えを待った。
「ああ。それで構わないとも」
なぜか、ウァレンティンさんは自信満々な様子だった。
まあ、リュシィが結婚できるようになる、六年とかそのくらい後にもなれば、相手の吟味というか、そういうのも終わっているだろうからな。
「じゃあ、とりあえず、今度のパーティー、件のウォンウォート氏も参加するみたいだから、よろしく頼むよ」
「承知いたしました」
このときの僕には、とりあえずでもなんでも、リュシィの――誰であっても同じことだろうけれど――婚約者として社交の場に出るということの意味を正しく理解できてはいなかった。




