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隠し味は恋のスパイスです 4

「もういいです。レクトール。あのふたりはおいて、はやく行きましょう」


 じゃれ合っているふたりを尻目に、リュシィが車に乗り込んで、助手席に腰かけ、先へと急かす。


「あら、見て、ユーリエ。先を越されたわ」


 もちろんすぐに追いついてきたシエナとユーリエのふたりも、後部座席へと乗り込んできて。

 提案した僕に言えることじゃないけど、ユーリエ、きみはすこし僕のことを信用し過ぎじゃないかな?

 リュシィとシエナはともかく、ユーリエとは昨日知り合ったばかりなんだし、と余計なお世話とわかっていても、この子の将来がすこし不安にもなる。

 シエナに関しては、セストを待つという選択肢もあっただろうけど、あっちの部署――実験開発局――は、始業および終業の時間が不規則だからなあ。泊り込むことも結構あるみたいだし、それも、前もって決まっていたとかじゃなく、突発的にも決まるから、待っていて一緒に帰るなんてするには、すこし厄介でもある。


「あっ、そうだ。ユーリエの家ってどの辺りかな?」


 ローツヴァイ家とエストレイア家はよく知っているけど、ユーリエとはほとんど初対面みたいな感じだし、もちろん、自宅の場所なんて知っているはずもない。


「ねえ」


「言っておくけど、ストーカーとか、そんなつもりは全く無いから。ただこの送迎だけに利用して、他の用途で使うつもりはないから」


 シエナが口を開く前に封殺させて貰おう。 

 どうせ、シエナが言いたいだろうことなんか予想がつくんだから。 

 事実、シエナは肩を竦める。


「あっ、すみません」


 ユーリエから差し出された学生証の住所をナビに打ち込んで、案内が開始される。一番近いのはローツヴァイ家。そのすぐ近くにエストレイア家があって、ちょっと離れたところにあるのがフラワルーズ家だ。

 魔法省の近くには、多くの学生が普段登校に使っているだろうリニアモーターカーの駅もあるけれど、先程の理由通り、僕はこの車――リニアカーと呼ばれている――で通勤している。

 三人とも初等科の学生だというのに、結構離れたこの学院(魔法省の近くに建立されている)まで通ってきているのは、全員が魔法師だからだろう。

 魔法師とそうでない人とは習うことが違うから、別の学校へ通う。

 このあたりにある魔法を教えている学校は、ルナリア学院だけだから、三人とも家から近いそこを選んだんだろう。


「レクトールさんも昨年まで通っていらしたんですよね」


 ユーリエの質問に頷き。


「うん。科ごとに校舎が分かれている、のは知っていると思うけど、だから、もしかしたら、昨日より前にもすれ違っていたかもしれないね」


 僕も去年までは同じルナリア学院に通っていたし、転校生だというのでないならば、今、リュシィたちと同学年であるユーリエともすれ違っていた可能性もなくはない。

 まあ、僕が通っていた高等科や、その前の中等科、初等科とは、教室のある校舎が違うから、祭りのときとか、特別な事態でもなければありえなかったとは思うけど。


「残念です。そのころから知り合っていれば、一緒に学院祭を回れたかもしれませんし、もしかしたらですけど、私のほうがレクトールさんとお近づきになれていた可能性もあったわけですし」


「そうかもしれないね」


 それだと、今度はリュシィやシエナがここに一緒にはいなかったかもしれないけど、とは口にせず、バックミラー越しに微笑む僕へと、リュシィの冷ややかとも思える視線が突き刺さる。

 たらればの話をしても仕方ない。 

 そもそも、それを言い出したら、リュシィと(シエナとはセストを通じて知り合いではあったけど)知り合わなければ、僕は魔法省へ勤めようとは思っていなかったかもしれないわけだし。


「ユーリエも気をつけてね。ふたりといると大変だと思うけど」


 先輩としてって、そんな偉そうなことを言うつもりはないけど、先達として、一応心配はする。

 先輩というのは、なにも僕が同学院の卒業生だということだけじゃなくて、このふたりと知り合ったということに関してだけど。


「あら、レクトール。私たちと関わり合いになったこと、後悔しているの?」


 シエナとは、リュシィよりも前から、まあ、セストの妹としてだけど、親交があった。

 でも、今シエナが言っているのは、そんなときのことじゃなくて、二年前のことを言っているんだろう。

 それに対する僕の意見は変わらないし、そんなことはシエナだってわかりきっているだろうけど。


「いいや。微塵も」


 自分の選択を後悔はしていないし、間違っていたとも思っていない。

 ただ、その結果、結局、リュシィには迷惑をかけることにはなってしまっていて、それだけは気にしているけど。


「レクトール。あなたが気に病むことはありません。そもそも、私はどうしても反対というわけでもありませんから」


「やっぱり、リュシィはレクトールのことを愛しているのね。私たち、結局、お邪魔だったかしら」


「あ、愛?」


 驚いたような声をあげたのはユーリエだ。

 

「愛とか、そういうことではありませんっ! とにかく、この話はお終いですっ!」


 恋愛方面(僕たちの関係が本当に恋愛かどうかは一考の余地があるだろうけど)に関してからかわれるのを苦手としているリュシィがそう告げたところで、丁度良く、目的地でもあるローツヴァイ家へと到着した。

 そくさくと、切り上げるように席から立ち、車を降りたリュシィにお礼を言われる。

 

「ありがとうございました、レクトール」


「ううん。こんな時間に女の子をひとりで歩かせるのは危険だからね。それより、今日は挨拶に行けないから」


「わかっています。父と母には私のほうから伝えておきます」


 このままお邪魔すれば、高確率で、結構な時間を取られることになる。

 それは、同乗者としてシエナやユーリエがいるこの状況では、良い選択肢とは言えない。


「レクトールさん。うちの両親には挨拶していただけますか? 先日助けていただいたことを両親に話したら、是非お礼が言いたいと言っていましたから」


「馬鹿ね、ユーリエ。そういうことは、リュシィと完全に別れてから、こっそり言って来てもらわなくちゃ、効果が薄いじゃない」


 シエナはなにを言っているんだろう。

 いや、もちろん、ユーリエの家にも送り届けるんだし、大切な娘さんをお預かりしていましたと、挨拶をするのもやぶさかではなかったけど。


「レクトール。ふたりも疲れているでしょうから、速やかに送り届けるだけにしてくださいね」

 

 リュシィが、さらりと、しかし、強い口調でそう僕を睨んでくる。

 言われなくてもそうするつもりだけど、なにをリュシィはそんなに警戒しているんだろう。そこまで僕には信用がないのだろうか。


「うん。リュシィも頑張って。でも、体調には気をつけてね」


 たしか、リュシィは今日もこれからお稽古事があるはずだ。

 良家の子女らしく? なのか、リュシィは学院が終わってからでも、毎日なにかしらの習い事をしている。ピアノ然り、ダンス然り、水泳なんかもあったかもしれない。まあ、水泳に関しては体力づくりという面が強いんだろうけど。

 僕だって全部を把握していないくらいには、リュシィのスケジュールは詰まっていて、尚且つ、僕の仕事が遅いからと、魔法省まで寄ってくれている。本当なら、僕のほうでリュシィの、つまりはこの家まで訪ねられればいいんだけど、やっぱりリュシィのほうが、そういう面では行動の自由度が高いから、どうしても僕のほうを訪ねさせてしまう。


「お気遣いありがとうございます」


 もう何度も見ているし、入ったこともあるんだけど、敷地の端が遠くて視界に入りきらないローツヴァイ家のお屋敷の門の前でリュシィを降ろす。

 

「あら? お別れのキスはしないのかしら?」


「そんなことしませんっ」


 シエナにからかわれ、リュシィは、ぷいっ、と背中を向けて、腰のあたりまで伸ばしている銀の髪を揺らしながら、門の向こうへ消えてしまう。



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