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ふたりの馴れ初め? 7

 しかし、僕だって伊達や酔狂で武術を習っているわけではない。

 相手がいくら武術を学んでいるのだとしても、今の、ただ感情に任せただけの拳をまともに貰うことはない。

 

「もう引いてくれませんか。僕も関係した以上、ここから退く意思はありません」


 冷静になって対峙すればどう転ぶのかはわからないけれど、今のままではこの戦いの行方は見えている。

 そして、そのことは、たとえ冷静ではなくとも、相手も十分に理解できているはずだ。


「おいっ、おまえらなにしてる! さっさとリュシィを捕まえろ!」


 ウォンウォート氏が叫ぶ。 

 プライドが高そうだったから、取り巻き――配下を使うとは思っていなかったけれど、事ここに至れば、なりふり構うつもりもないらしい。

 しかし。


「物理障壁だと!」


 背後から驚きの声が聞こえてくる。


「たしかに街中での魔法の使用は禁じられているが、例外もある。心身が脅かされると感じたときだ。まあ、それが最終的に判断されるのは警察とかになんだが、今の状況なら問題ないだろ」


 セストも優秀な魔法師だ。

 信じて任せられる。


「……そうだ、俺は、ユラ・ウォンウォートだ。こんなところで、こんな奴に敗けるわけには……」


 俯きながら呟いていた言葉は聞き取れなかったけれど、血走った眼をしたウォンウォート氏の手の中に、拳大の火の玉が出現する。

 

「……これは正当防衛だ。俺のプライドにかけて、勝利しなければならないんだ」


「いやいや。なに滅茶苦茶なこと言っているんですか……」


 しかし、虚ろな表情のウォンウォート氏に僕の言葉が届くはずもない。 

 本気でそのまま魔法をこっちに向かって行使するつもりなのかはわからないけれど、本気だとしたらかなりまずい。あっという間に飛び火して、大火事になる恐れもある。

 こっちも魔法で迎撃を? 

 しかし、今からあの炎が草場に向かって投じられるまでに間に合うのか?

 そう思っていたけれど、寸でのところで惨事は回避できた。


「きゃああ! 女の子が襲われているわ!」


 女性の叫び声が響く。

 女の子? と疑問が浮かぶけれど、すぐに、リュシィたちのほうだと合点がいく。

 それより、襲われているってことは、セストは?


「誰かー!」


 僕も今まさに身の危険を感じてはいるところだけれど、セスト……はともかく、シエナとリュシィのことは心配だ。

 セストを信じてはいるけれど、振り返ってみれば、やはりセストの障壁により、三人とも、かすり傷ひとつしていないようだった。

 女性の声に、愕然とした表情を浮かべたウォンウォート氏は、顔を隠すようにしながら走り去ってゆき、黒服たちも後を追うように退散してゆく。もちろん、方向はばらばらだ、後で合流すればいいだろうと考えているのだろう。


「あっ、逃げた」


 どうやらペットの犬の散歩の途中だったらしい彼女にお礼を告げ、僕はリュシィたちの元へと駆け寄った。

 幸い、というか、まだ早朝ではあるので、周囲に人はいなかったけれど。


「大丈夫だった?」


 無事でいることは知っているけれど、襲われていた女の子がいたら、そう声をかけるのは普通のことだろう。

 

「……私は無事ですが、あなたこそ平気なんですか?」


 僕が彼と対峙していたのを見ていたはずだから、僕が彼の攻撃をまともには貰わなかったと知っているはずだけれど。

 それとも、やっぱり武術を習っていない女の子だから、殴り合い(のようにも見えた喧嘩)は刺激が強かったのだろうか。

 

「僕はなんとも……って、どうしたの?」


 リュシイは僕の手を取ると、攻撃をいなしたとき、あるいはガードしたときにできた跡をじっと見つめてきた。

 

「どうしてこんなことを?」


 リュシィの質問の意図がわからなかった。

 どうしてって、そんなの、相手の攻撃をガードするかしないと、まともに受けてしまうし。

 

「じっとしていてください」


 リュシィが魔法――治癒の魔法を使おうとしているのがわかり、僕はすぐに手を引き抜いて。


「そんなことしなくて大丈夫だよ。このくらい、いつものことだし」


 強がりではなく、道場での鍛錬の後には、打ち身やらなんやらはしょっちゅうだ。

 

「レクトールの修行不足だな。しっかりガードできていれば、そんな風にあとに残るようなことはねえ」


 場を和ませようとしてか、セストがそんな軽口を聞いてくる。


「そうよ。だいたい、さっきのあの人は、明確にレクトールを害そうとして攻撃してきていたんだから、こっちも魔法を使って応戦すればよかったのよ。頭が回っていなかった証拠ね。それとも、馬鹿なプライドのためかしら」


 シエナも呆れたという風に肩を竦める。ただし、顔は笑っていたけれど。


「それに、リュシィは狙われていた側なんだから、気にしなくていいんだよ」


 帽子を脱ぎ、俯き加減だったリュシィの銀の髪をそっと撫でる。

 僕なんかじゃ頼りなく見えただろうし、武器を持った大の男に襲われそうになったんだ。そうでなくてもストーカーのように狙われていたわけだし。

 そんなことで慰められるとか、気休めになるのかどうかなんてわからなかったけれど、つい、反射的にそうしてしまったんだからしょうがない。

 そうしたら、なんだか赤い顔で睨まれて。


「あ、あれ、ごめん。不躾すぎたかな」


 どうしたらいいのかと、僕がおろおろとしていれば。


「あら、レクトール。リュシィを泣かせているの?」


「いや、泣かせてないよ」


 そんなつもりもないし。

 いや、でも、と気になってリュシィのひょじょうをうかがってみても、とくに、涙が浮かんでいるとか、流れた跡なんかは見受けられなかった。


「あーあ。こりゃ、責任問題だな」


 セストも悪ノリしたような感じで、妹に同調して、にやにやとした笑みを浮かべている。

 その顔にはすこし感じるところはあるけれど、それはともかく、もちろん、責任は取るつもりだ。


「へえ。言うじゃない、レクトール」


 シエナが感心したように言い、セストは口笛を鳴らす。


「だから、まずはリュシィの御両親のところに向かわないといけないんだけれど」


 生憎、ローツヴァイ家がどこにあるのか僕は知らない。 

 

「それなら、私たちが取り次いであげるわよ、私もリュシィの御両親に言いたいことがあったし」


「でもよ、お嬢さんはたしか家出してるんじゃなかったか?」


 リュシィは、この勝手な婚約の話に対抗するため? に、家出を決行しているはずだった。

 そんなセストの確認に。


「……こちらの心配は不要です。私もやはり、父にははっきり申し上げるべきだと思いましたから」


 まあ、僕たちも家出を推奨していたわけじゃないし。

 シエナはお泊りが終わることを残念に思っている様子だったけれど、そんなことは、これから、いくらでもすればいい。


「じゃあ、俺はちょっと無人のリニアカーを呼んでくるから」


 端末を取り出したセストは、公園の入り口から、道路のほうへと出て行く。

 おそらく、サイトからこの公園まで来てもらえるよう、依頼したはずだ。昨日今日は、位置情報の特定を恐れて使うことはしなかったけれど、今ならばそれを気にする必要はない。

 今度のリニアカーは、さっき父さんに送ってもらった車とは違い、きちんと四人分の座席がある。


「レクトールは後ろよ」


 僕としては、同性、同学年のシエナがリュシィの隣にいてくれたほうが良いんじゃないかと思ったけれど、シエナが先に前の座席、セストの隣に乗り込んでしまったため、リュシィに続く形で後部座席に乗り込んだ。


「えーっと行き先は――」


 セストがリュシィから住所を聞き出し、それをモニターに打ち込めば、目的地に向かってリニアカーは出発した。


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