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ふたりの馴れ初め? 4

 ◇ ◇ ◇



 夕方過ぎ、いつも通りの時間に母さんは帰宅した。


「いらっしゃい、セストくん、それにシエナちゃん」


「お邪魔しています、セインさん」


 鞄を持ったままリビングに入ってきた母さんは、リビングのソファに腰かける顔見知りのエストレイア兄妹にまず声をかけ。


「あなたがリュシィさんね。私はレクトールの母のセインよ。あなたの事情はある程度聞いているわ。落ち着くまで、いくらでもうちにいらっしゃい」


「ご迷惑をおかけします」


 母さんに微笑まれたリュシィは、丁寧な所作で頭を下げた。


「迷惑だなんてことはないし、そんなに畏まらなくていいのよ。自分の家だと思って、ちょっと狭いかもしれないけど、くつろいでね」


 付け足したのは、リュシィの家のことも話しているからだろう。というより、ローツヴァイ家と言われれば、それなりに大きな邸宅が思い浮かべられる。エストレイア家と同じくらい(あるいは、より)大きいというのだから。


「レクトール。リュシィさんの部屋を片付けてきてもらえるかしら」


「もう済ませてあるよ」


 我が家はそれほど広い――エストレイア家と、それからおそらくはローツヴァイ家と比べてではあるけれど――わけではないけれど、空き部屋のひとつくらいはある。

 今は家族共用の物置みたいになっているけれど、それらを動かせばとりあえずの部屋にはなるだろう。

 ただし、ベッドがないのが難点だけれど。


「リュシィとシエナは僕の部屋のベッドを使ってね。僕はこっちの部屋の床で寝るから」


 僕とセストは男だし、堅い床の上で寝ても平気だけれど、リュシィやシエナは女の子だし、ベッドの上で寝てもらったほうが良いだろう。というより、女の子を床の上で寝せて、自分はベッドで悠々と寝ていられるほど、図太い神経はしていない。その程度の意識はある。


「いえ、そのようなわけには……」


「遠慮なんかしないで。というか、君たち……女の子を床に寝かせてなんて、そっちのほうが逆に落ち着かないから」


 遠慮するリュシィを、母さんやシエナの援護もあってなんとか説得し、人でなしの汚名を被る事態はなんとか避けられた。

 そんなことが知られたら、明日から学院の、主に女子生徒から白い目で見られることは確実だっただろう。まあ、居場所をという意味で、知られるわけにはゆかないんだけれど。

 それから、ちょっと暑いかもしれないけれど、今僕が使っていた夏用のものから、洗濯済みだった冬用のシーツや毛布に、それから枕を手早く取り換える。

 いや、毛布はいらないから、タオルケットのほうがいいかな。


「いや、いずれにしても、知られたら騒ぎにはなると思うけどな……」


 隣でセストが肩を竦めている。

 まあ、たしかに。

 高等科の男子生徒の家に、初等科の女子生徒が泊まっているとなれば、それなりに話題になることだろう。

 世間の目がどういう風に捉えるかは不明だけれど、僕だって冷やかされるのはごめんだ。あるいはもっと、言いがかりに近い誤解を受けることにもなりかねない。


「……お前は相変わらずアホだな」


 何故か溜息をつかれた。


「相変わらずってどういうこと? そんな風に言われるほど、成績は悪くはないんだけど?」


 少なくとも、セストと同じくらいにはつけていたはずだ。


「一般科目は、そうだろうな。よかったな、レクトール。女性心理学って授業がなくて、いや、この場合は悪かったのか?」


 いまいちなにが言いたいのかわからないセストのことはスルーして。


「あらためて聞いておきたいんだけど、リュシィはどうしたいと思っているのかな」


 今僕に与えられている情報は、リュシィが親に決められた縁談が嫌で逃げ出してきたという、それだけだ。

 リュシィはもちろん、セストやシエナも、そこまで相手のウォンウォート家の嫡男について、それほど詳しいわけでもないらしいし。


「それにしても、ウァレンティン様とターリア様が、よくそんな話をお受けになったわね。おふたりとも、リュシィには甘かったと思っているけれど」


 どうやら、シエナの抱いている印象は、リュシィ自身の御両親に対する感想とは、大分異なるらしい。


「ねえ、リュシィ。これは私の想像なんだけれど、本当は、もう少しやわらかい言い方だったんじゃないかしら。突然だったから、動転していたのよ、きっと」


 そしてシエナが見せてきた端末のメッセージは、エストレイア夫妻からのもので、ローツヴァイ家の御両親が、かなり心配している様子だったと報告されていた。


「リュシィさん。親が願っているのは子の幸せよ。今日は難しいかもしれないけれど、明日になったら、連絡のひとつくらい入れてあげないと、心配されているはずよ。今は私から連絡するのはやめておいてあげるけれど」


「……わかりました」


 母さんからも説得され、リュシィはとりあえず頷いた。納得はしていない様子だったけれど。


「それから、リュシィさんはなにか食べられないものとかあるかしら」


「いえ、特には」


 リュシィの答えに安心したのか、母さんは笑顔を浮かべて。


「そう、良かったわ。じゃあ、ささっと夕食を作ってしまうから、お腹は空いていると思うけれど、すこしだけ待っていてね」


「あの、お手伝いを」


「いいからいいから。お客様はゆっくりしていてくれていいのよ。レクトールたちの相手をお願いできるかしら」


 そんなことを頼まれても、うちには女の子が楽しめるような玩具は置いてなかったと思うけれど。精々、トランプとか、ボードゲームくらいだ。

 階段下の物置から埃を被ったボードゲームを何組か取り出す。基本的に僕は毎日道場の鍛錬で忙しいし、友人を家に招くことは滅多にない。友人がいないわけでは決してないのだけれど、それでも、やはり中心は武術の道場に通うことだ。

 世間一般の学生たちが所持しているような、テレビゲームの類は、一切持っていなかった。

 二階にある僕の部屋まで、それらを持ってゆけば。


「じゃあ、これで勝負しましょう」


 床に座っていたシエナが、たしか、父さんがどこかへ出張に行った時のお土産に買ってきた、封の切られていないトランプを手に取った。

 ジョーカーを一枚だけ抜き出し、シャッフル。


「ババ抜きよ。やり方はわかるわよね、リュシィ」


「当然です」


 まあ、それなら、純粋な運によるところが大きいし、僕たちと体格や年齢での有利不利もないからな。

 そして、シエナがカットして、配り終えれば。


「おい、マジかよ」


 ペアを出し終え、リュシィの手元に一枚だけ残ったカードを見て、セストが驚きの声を上げる。

 男子と女子とで、交互になるように座っていて、ディーラーがシエナで、僕から時計回りに配りはじめたのだから、枚数的には正しい。

 しかし、こんなことあるのだろうか? そりゃあ、たしかに、確率的にはあり得ないことではないけれど、これでリュシィがじゃんけんに勝ったら、このゲーム終了なんだけれど。


「誰が切ったのかしら」


「シエナが自分で切っていたように思いますが」


 案の定、リュシィはじゃんけんに勝利し、セストが一枚、カードを引き抜いただけで、第一ゲームは終了した。

 言葉もないとはこのことだ。

 さすがにそんな鬼のような初手は、これ以降なかったけれど、おもちゃのコインを使ったポーカーでも、双六でも、その日のリュシィの勝率は五割をゆうに超えていただろう。


「お夕飯できたわよ」


 リュシィは食べる所作も綺麗だった。

 セストとシエナも育ちの良さを感じさせる居ずまいではあったのだけれど、なんというか、品があるというか、凛としているというか、思わず、見惚れそうになった。


「じゃあ、私たちはお風呂をいただくわね」


「ちょっと、シエナ」


 僕とセストが夏季休暇の課題を始めたので、シエナがリュシィの背中を押していって、バスルームからは、なんだか楽し気な声が響いてきていた。


「ありがとう、セスト。助かったよ」


「いいや。というより、これからだろ、問題は」



 

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