ふたりの馴れ初め? 2
家出の手助けをするわけじゃないけれど、ただの我儘ではないというか、この子にはこの子なりの信念というか、決意が見て取れる。
いくらお金持ちの家だからって、初等科の学生をひとりでホテルなんかに泊まらせるわけにもゆかないだろうし、そもそもホテルなんかの身元、あるいは居場所の特定につながりかねない場所はできる限り避けたいはずだろう。
まあ、この公園とか、ちょっと出た先の道路だって、街路カメラは設置されているから、調べようと思えば、簡単にとはいかないかもしれないけれど、調べられるのだけれど。
そんなことはリュシィも多分知っていてのことだろうから、僕が気にすることじゃないんだろうな。
「いえ。ご心配には及びません」
案の定、断られた。
まあ、初対面の異性を相手に簡単についていくようならば、そっちのほうが問題だけれど。
「いや、でも、さすがに自動販売機の使い方もわからない子を放っては置けないというか……」
もしくはお金を持っていなかったとか? いや、でも、そんなはずないだろうしな。
家出をするのに、お金を持って出ないなんてことは、まずしないだろう。それとも、カードの履歴から自分の居場所を探知されることを嫌ったのだろうか。
どちらにせよ、関わってしまった以上、放っては置けない。このままだと、野宿するとか言い出しかねない。
それとも。
「もしかして、どうせ見つかって連れ戻されるだろうことが前提だったの?」
所詮は子供の一時の衝動に過ぎず、養われている立場である自分が簡単に連れ戻されるだろうことは、考慮済みだったのだろうか? それでも、せめてもの反抗として、カードも端末も使わなかったとか。
「そうですね。所詮、私はあの人に養われている子供ですから。こんなこと、あの人にとってはなんてことのないおいたに過ぎないと思われているはずです」
にこりともせず、リュシィはそう答えた。
家族の問題だというのなら、あまり深入りし過ぎないほうがいいのかな。ご両親がどんな考えをお持ちなのかはわからないけれど、たぶん、子供の幸せを考えてのことだろうから。
でも、僕には目の前の困っているような女の子を放っておくことはできなかった。
「ちょっと待ってて」
僕は自分の端末で母に連絡を取る。
確認してみたところ、とりあえず連れてきて話を聞かせて、と一定の理解はしてもらえた。
「ねえ、リュシィ。きみは心配いらないというけれど、僕のほうはもう知りませんでは済ませられそうにないんだ。だから――」
誘いをかけようとしたところで、明らかに怪しい――今は僕も似たようなものかもしれないけれど――黒服に黒眼鏡という、今どき、漫画やアニメでもそうはいないだろう人が集まってきた。
「えっと、一応聞いておくけれど、リュシィの知り合い?」
もしくは、家の使用人とか、ボディーガード的な人達だろうか。
「いいえ」
一様な黒服で、顔は黒眼鏡で隠されていて判別は難しいものだったけれど、リュシィは迷うことなくそう断じた。
本当か? 家出してきたというのなら、たとえ、知っている家の者であっても、知らないと答えるんじゃないか?
そんな考えも頭をよぎったけれど、リュシィの言葉に嘘は感じられなかったし、なんというか、そんなことで嘘をつくような子だとは思ってもいなかった。いや、思えなかった。少し話をしただけなのに変な感じだけれど。
「どちら様でしょうか?」
「その子をこちらに渡して貰おうか」
会話は成立しなかったけれど、この人たちがリュシィに対して友好的な相手ではないということはわかった。
「そんなことを言われて小さな女の子を渡す人はいないと思いますけど」
僕は、肩から下げていた鞄を降ろした。リュシィの前で、とは思ったけれど、相手の雰囲気から、揉め事――暴力を伴ったもの――になるだろうことは避けられないと感じられたからだ。
相手から舌打ちが聞こえ、同時に突っ込んでくる。
これって、正当防衛ってことになるよね。対応しなければ、確実に数発貰ってしまうし。
生憎、ここはカメラの範囲外だけれど。
子供程度簡単に制圧できると踏んでいたのか、ただ突っ込んで来るだけだった相手を躱し、足を引っかけ、首の後ろを押さえ、一回転させる。
反撃にあう、しかも自分たちのほうがやられるなどとはまったく考えていなかったのか、そのまま地面に背中から叩きつけられてくれた。
自身に危険が及んだと判断した場合には、魔法の使用も認められてはいるけれど、今のところはそこまでの必要性は感じない。
ひとり倒されて、躊躇なく腰のものを引き抜いた――正確には引き抜こうと腰に手を当てた相手との距離を詰め、丹田に肘打ち。
残ったふたりのうち、ひとりの発砲までは止められなかったけれど、引き抜くのが見えた際に展開していたシールドのおかげで、僕の身体までは届かなかった。
「ちっ」
発砲音の誤魔化しまではできないと踏んだのか、倒れている仲間を放ったまま残ったふたりは走り去って行く。
このまま放置していても問題ないかもしれないけど、立ち去る際にカメラに映って、そこから家まで来られると結構面倒なんだよな。
程なくやってきた警察に、とりあえず僕だけ簡単な取り調べ――というより聞き取り――を済ませ。
「リュシィ。あらためて聞くけれど、家の人を待つにしても、とりあえず、僕のところに来ては貰えないかな」
リュシィは家の人ではないと言ったけれど、本当にまったくなにも関係がない、とは考えにくい。あまりにもピッタリなタイミングだったし。
このままひとりにして、そこを狙われるような事態にはなって欲しくない。
とりあえず、これだけのことがあったわけだし、もう情報網なんかのことは気にしなくていいかもしれない。
「……わかりました。ここまで巻き込むことになってしまった以上、お話ししないわけにもゆかないでしょうし」
「ありがとう」
リュシィに許可が貰えたので、次に僕は、迷うことなく、さっき別れたばかりのセストに連絡を取る。
聴いたとおりであるならば、リュシィとシエナは同級生みたいだし、力になってくれるはずだ。うちとは違って、できることも多そうだし。
「あっ、セスト? 突然で悪いんだけど――」
とりあえずの現状を説明したところ。
「水臭えな。そんなの、当たり前に助けになるに決まってるだろ」
シエナも一緒にすぐにうちに来てくれると、快い返事がもらえたので、僕は感謝を告げると。
「いや。シエナの友人だからな」
へえ。シエナって友人がいたんだ。
セストのところにお邪魔したときには、いつもひとりだったようだけれど。
「ちょっと、レクトール? なに考えているのか丸わかりよ?」
セストを押しのけるように、あるいは端末を奪うような格好で、黒い髪に金の瞳の女の子が顔を覗かせる。
「私も当然行くわよ」
「うん。心強いよ」
あんまり長くとどまるわけにもいかないし、それで通話を終えると、リュシィに振り返り。
「じゃあ行こうか。えっと、リニアカーは使わないほうが良いと思うけど、少し歩いても大丈夫かな?」
街には、自家用車ではなく、無人で動くリニアカーが走っていて、料金を払えば誰にでも利用できる。
しかし、それは逃げ場をなくすということにもなるし、まあ、ここからうちまでの距離くらいなら気にすることもないと思うけれど。もう後数百メートルといったところだし。
「大丈夫です」
いまさらではあったけれど、なるべく街路カメラに映らないよう、注意して歩きながら、ジークリンド家、つまり僕の暮らしている家へと向かう。




