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ふたりの馴れ初め?

 ◇ ◇ ◇



 来年は多分、皆就活とかで忙しくなるんだろうな、なんて、他人事のように考えながら、セストからの遊びの誘いに返信する。

 この夏季休暇、まだ高等科二年の僕は、それほど危機感はなく、そもそも進路なんてものもほとんどなにも決まっていないに等しい状態で、一応、道場とかに通ったりはするけれど、それなりの日々をただそれなりに過ごしていた。

 やりたいことと言われても、ぱっと思い浮かんだり、言い出せたりするわけでもないし、セストのように実家の家業を継げばそれなり以上には安泰なんてわけでもない。そもそも、僕の両親は普通の会社員で、家業とかはない。まあ、セストはあんまり、家督は別にして、家業を継ぐつもりはないみたいだけど。

 それにしても今日は結構暑いな。

 今も、道場での稽古を終えてきたばかりだし、帰れば冷えた麦茶があるだろうけど、ちょっとスポーツドリンクでも飲んでから帰ろうかなとも思える。丁度、目の前の公園をすぐ入ったところに、自動販売機があるし。

 つばの広い麦わら帽子を被った、長い銀の髪で、白いワンピース姿の――多分女の子だろう――子が、その前で立ち止まっている。 

 買うのならば順番を待っていようと思ったけれど、その子はじっと自販機を見つめたまま動かない。

 

「ちょっとごめんね」


 悩んでいるのなら先に使って構わないかな、と財布から抜き出したカードの磁気を読み込ませて、ペットボトルを購入する。あいにく、缶はジュースばかりでスポーツドリンクがなかったからだ。

 蓋をひねって口をつければ、その女の子がじっとこちらへ視線を向けてきているような気がした。

 つばの下から覗く、綺麗な紫の瞳に見つめられて。


「えっと、なにか用かな?」


 一応、汗なんかは流して……拭いてから出てきたけれど、シャワーはまだだ。一応、人間として、エチケットくらいは心得ている。

 男友達ならともかく――それもどうかと思うけれど――こんな小さな女の子にとって、汗臭い、見ず知らずの男が隣にいるというのは、かなり不快なことではないだろうか。

 しかし、その子は僕に対して、どこかへ行って、とか、あるいは自分から離れてゆくようなこともなかった。

 年齢的には――身長からの推測だけど――シエナと一緒くらいだろうか。このあたりでといえば、知り合いである可能性は十分にある。


「もしかして、財布を忘れたとか?」


 それで、喉が渇いたけれど、ここで立ち往生しているとか。

 この公園内を探せば水飲み場はあるけれど、場所を知らないと大変かもしれないし。

 まあ、そのくらいなら。


「どれがいいの?」


 その子の視線の先を辿って、先の僕と同じスポーツドリンクのペットボトルを購入する。

 

「はい」


 差し出せば、かなり警戒されてしまった。 

 それはそうか。

 いきなり、初対面の相手に買ってもらった飲み物なんて、怪しくて受け取れないよな。たとえ、目の前で買ったところを見ていたとしても。


「ええっと、僕は怪しいものじゃないというか、下心とかがあるわけじゃなくて、単にきみが困っていたみたいだったから」


 慌てて通っている学院の生徒証を取り出せば、その子の瞳に理解の色が浮かぶ。


「あなたもルナリア学院の生徒だったのですね」


「あなたもってことは、きみも?」

 

 魔力の有無を確認すればすぐにわかることだけれど、初対面の相手にそれは、あまりにも失礼だからな。

 同校の先輩ならばと、多少警戒を解いてくれたのか、目の前の女の子は、ワンピースの端を摘まみ、綺麗な所作で腰を折った。


「リュシィ・ローツヴァイです。同じ、ルナリア学院初等科、第四学年です」


「僕はレクトール・ジークリンド。高等科の二年だよ」


 生徒証にもそう印字されている。

 ルナリア学院の生徒証は、他の学院のものよりも偽装は難しく、また、してもすぐにばれるため、これが偽造されることはほとんどない。

 何故なら、このあたりで魔法を授業として扱っている学院は、ルナリア学院だけだから。

 リシティア王国には、魔法を使うことのできる魔法師と、魔法を使うことのできない非魔法師が、共存している。どちらかといえば、魔法師のほうが数は少ないけれど、両者が反目しあうこともなく、良い関係を築けている。


「それで、受け取ってくれるかな、リュシィ・ローツヴァイさん」


 身元は証明したわけだけど、だからって完全に信用されることでもないけれど。

 それにしてもローツヴァイって、どこかで聞いたことがあるような……。


「リュシィで構いませんよ。あなたもそちらのほうがいいでしょう」


 僕が思い出す前に、そう声をかけられた。

 まあ、短いほうが呼びやすいのは事実だけど。

 そんな僕に、なにを思ったのか、リュシィは物珍しそうな顔をして。


「あなたは……いえ、なんでもありません」


「僕のこともレクトールで構わないよ、リュシィ」


 どこを信じてくれる気になったのかはわからなかったけれど、リュシィは僕の手からペットボトルを受け取ってくれて、ふたりで近くのベンチに腰を下ろした。

 

「それで、理由は聞かないほうが良いのかな?」


 自動販売機の前で迷っていたということは、現金――あるいはカード――自体は持っているということだろう。持っていないのなら迷う余地は皆無だ。

 だったら、なぜ、買わなかったのか。

 買いたくなかった……わけではないだろう。今、僕からペットボトルを受け取って、口を開いたのが証拠だ。まあ、まだ社交辞令という可能性もないわけじゃないけれど、そこまではさすがに穿ち過ぎだろう。


「大したことのない、子供の我儘のようなものです」


 教えてくれないかも、と思ったけれど、意外にもリュシィはすんなりと語ってくれた。


「実は、今日、お……父が私に婚約者を連れてくると言い出して」


「婚約者? えっと、それって、将来結婚することが決められた相手のこと?」


 へえ。

 そういうのって、話の中だけというか、超富裕層の人たちの、それもごく一部の話だから、まったく想像できない。

 

「――って、もしかして、リュシィの家ってかなり良いところとか?」


 こんな言葉遣いをしていたって知られたら、無礼なって一族郎党引っ立てられるとか?


「良いところ、なのかどうかは詳しく知りませんが、まあ、比較的裕福であることは事実でしょう。父は魔法省で重役についていますし、他にもいくつか、会社なども経営しています」


 リュシィは、あまり面白くないことのように口にした。

 反抗期ってやつなのかな? 

 そう言われて考えてみれば、たしかに、ローツヴァイという家名を耳にしたことはあるな。そういうことにあまり興味を持たない僕でさえ知っている(今の今まで忘れていて、知っていると言えるのかどうかはかなり怪しいけれど)くらいだから、かなり有名なんだろう。

 もしかしたら、セストなら――もしくは同学年のシエナなら――もっと詳しい話を知っているかもしれないけれど。あそこの家、エストレイア家も結構、いや、かなり大きなところだから、もしかすると、親交があって、娘から連絡が来ていないかなんて、連絡が回っている可能性はある。

 家出――少なくともそれに近いものだろう――してきたリュシィにとって、そんな風に情報網にひっかかることは、あまり面白くないに違いない。

 僕としては心配だから、早いところ親御さんと話し合ってくれとは思うけれど。


「それで、取引先のひとつから、相手を連れてくると」


「それが嫌で家出を?」


 リュシィは固い瞳のまま、地面をじっと見つめていた。

 まあ、このまま見捨てるってことはできないよなあ。


「よければ、うちに来る?」


 気が付けばそう声をかけていた。

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