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リュシィとコンクールと式典と 3

 ◇ ◇ ◇



「……やっぱりあなたでしたか」


 学院前に止まっている車に不信感を煽られていたのか、下校中の生徒に随分と視線を向けられていた。

 僕は、一応ここの卒業生だし(初等科生だろう子たちに言ってもなんのことやらだとは思うけれど)先生方とは面識もあり、呼んでくれればすぐに説明もできたのだけれど、幸いというべきか、そうはならず。


「やあ、リュシィ。今日はもう授業は終わり?」


 夏用の半袖の制服姿で軽そうな鞄を前で持ち、さらさらの銀の髪を揺らしながら出てきたリュシィは、僕の姿を認めるなり、溜息をついた。


「……レクトールこそ、どうしてここへ?」


 その家柄もさることながら、目を見張るレベルの美少女であるリュシィは、男女問わず、現時点でかなり注目を集めているけれど、無視したほうが余計に面倒なことになると踏んだのか、諦めたように口を開き。


「もちろん、リュシィの迎えに」


 リュシィが出てくる前から、周りに下校中の初等科の生徒が集まってきているみたいだけれど、別にリュシィの登下校に車が迎えに来るなんて、今更珍しくもないだろうに。


「あら、気が利くじゃない、レクトール」


 躊躇う――あるいは遠慮するような態度のリュシィより先に進み出てきたのは、漆黒の髪をなびかせた、金の瞳の美少女、シエナだ。僕と同じく魔法省に、部署は違えど、勤める友人であるセストの妹で、僕からすれば、リュシィと同じくらいのお嬢様でもある。


「行きましょう、ユーリエ」


「あっ、ちょっと待って、シエナ」


 そのシエナに手を引かれ、少し速足気味になりながらついてきたのは、ユーリエ・フラワルーズ。

 ついこの春先に、ちょっとした縁で知り合った、今ではすっかりリュシィやシエナの友人である、肩のあたりで広がる金の髪に青い瞳の、こちらも美少女だ。

 

「私たちも構わないのよね? それともお邪魔だったかしら?」


 口元に面白がるような笑みを浮かべたシエナは、事実、楽しんでいるのだろう。

 リュシィをこうして送り迎えしたりするのは、初めてではなく、それはつまり、学院の生徒の中にも、僕たちの関係を知っている人間がいる――むしろ、大半は知っていることだろう。

 相手がシエナとはいえ、初等科生が相手だ。


「そんなことはないよ。丁度、シエナにも用事はあったから」


 これは本当で、おそらく家ではセストから聞かされるだろうとはいえ、シエナに話しておくのも、別に悪いことではない。


「あら、そう」


 少し興味を引かれたらしいシエナのために車の扉を開く。

 優雅に乗り込むシエナの後ろでは、ユーリエが戸惑うような仕草を見せていて。


「ユーリエもどうぞ」


 微笑みかければ、


「あの、えっと、はい」


 ややあってから、おずおずとした様子で乗り込んでくれて。

 

「それでは皆さん、ごきげんよう」


 観念したらしいリュシィも、ついて来ていた生徒たちに別れを告げ、当然のように沸き上がった興奮したような声を聴きながら、助手席に乗り込んでくれた。

 僕も、せっかく一緒に下校できただろう時間を奪ってしまったことへの謝罪に頭を下げてから、運転席へと乗り込んだ。


「レクトールって本当、罪深いわね」


 発進させてすぐ、シエナがそんなことを言う。

 

「もしかして、彼女たちと一緒に帰る予定とか、これから遊びに行く予定があったりした?」


 リュシィは稽古というか、練習があるから、そんなことはないんじゃないかとも思ったけれど、案の定、そうじゃないわよ、とシエナには呆れられてしまったようだった。

 

「本当に私までご一緒させて貰って良かったのでしょうか?」


 遠慮がちに尋ねてくるユーリエへの説明のためにも、僕はさっそく、説明に入ることにした。


「今度の発表会のことだけど、報告しておかなきゃならないことができたから、こうして迎えに来たんだ。時間の節約にもなるでしょう?」


 そう前置きしてから。


「それに彼が、ユラさんが参加するみたいだから、一応、前もって報告をと思ってね」


 彼、ユラ・ウォンウォートの名前を出した際、最も感情を動かしたのはシエナで、リュシィのほうはまるで気にしていないように、ピクリとも表情を動かさなかった。

 すこし哀れに思わないでも……いや、思わないな。うん。


「ユラって、ユラ・ウォンウォート?」


 シエナの、一応、確認しておこうかという、ある種の願望を込めた問いかけに頷けば、今度はあからさまに(といっても、傍目には普通にしているようにしか見えなかっただろうけれど)空気が変わった。


「あの、レクトールさん。その、ユラさん? という方は、どなたなのでしょうか?」


「ユーリエが知るような価値のない男よ」


 間髪入れずに、シエナが笑顔で言い切り、ユーリエは困ったように視線を彷徨わせる。その早さには、僕も思わず苦笑を浮かべた。

 

「シエナ。たしかに僕もシエナの言うことには全面的に同意するけれど、一応、教えておいたほうがいいんじゃないかな?」


 諜報部での経験を活かし、シエナの意見に同意してみれば、シエナはジトっとした目で僕を睨んできた。

 それから溜息をつき。


「そうね。あの男の危険性を知っておいたほうがいいのかもしれないわね」


 わかってはいたけれど、かなり嫌われているなあ。

 まあ、そう思われていても仕方ないことをしでかしたわけだし、その気持ちはよくわかるけれど。


「なに? まさか、あれの肩を持つ気かしら、レクトール」


 あれって……まあ、いいけど。


「それこそまさか、だよ、シエナ。わかっているよね?」


 僕が今、リュシィの婚約者という立場に収まっていることを考えれば。

 シエナに確認を取ってから、遅れはしたけれど、リュシィにも許可を求める。リュシィのプライベートな話にもなるし。


「リュシィ。ユーリエにも話してしまって構わないかな?」


 その逡巡は、ユーリエを巻き込んでしまうことに対してだったのだろう。

 知っただけで巻き込まれたというのかは意見が分かれることだろうけれど、そもそも、彼のことをユーリエの耳にすら入れたくないのかもしれない。


「……どうぞ。どうせ、このままでは収まらないでしょうから」


 とはいえ、どうしても秘密にしなければならない理由は、こちらにはない。向こう側は隠したいとか、すくなくとも、当時は、あるいは彼の御両親とかは、そう考えていたのかもしれないけれど、今回のことをみるに、十分に反省はしただろうと判断したのかもしれない。

 もちろん、僕は、そしておそらくはさっきの態度を考えるに、シエナは(それにリュシィも)全く許していない様子だけれど。

 ややあってから、リュシィは頷き、僕は運転を自動に切り替える。


「彼、ユラ・ウォンウォートは、まあ、簡単に言えば、僕より前にリュシィと婚約していたかもしれない……しれなかった人だよ」


 シエナの笑顔が怖くて言い直した。

 最初の言い方でも、おおむね間違ってなかったと思うんだけどな。


「そんなおぞましいことをよく言えたわね、レクトール」


 おぞましいって……シエナがそう言いたい気持ちはわかるけれど、事実はきちんと伝えるべきでは?

 

「ええっと、それは、その、略奪とかそういうことでしょうか……」


 ユーリエが僕たちの顔を見比べる。

 略奪……まあ、そう言えなくもないかもしれないけれど、まだ、正式には決まる前のことだったし。

 

「まあ、普通に考えて、僕みたいな庶民とリュシィが婚約者なんかに交わるはずはないんだよね。たしかに、以前からセストとは学友で、シエナとの多少の親交はあったけれど」


 それが今では、どうしてこんな、婚約者などという地位に納まってしまったのか、話は二年前にさかのぼる。

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