リュシィとコンクールと式典と 2
◇ ◇ ◇
僕の所属している魔法省軍事局諜報部というのは、武力――暴力を行使するときもあるけれど、基本的には、調査や捜査などといったほうの担当だ。
この前の、ユーリエの招かれたパーティーに対する情報を即座に集められたように――情報を収集したからといって、現場に出ていた僕が役に立てなくては意味がなかったのだけれど――ある程度の、余程機密指定されているとか、そんな内容でもなければ、公にされているパーティーの事情というか、内情を調べることは容易い。
「うーん」
でも、これは。
「――クトール、おい、レクトール!」
「うわっ!」
いきなり声をかけられて、僕は椅子ごと後ろに倒れてしまいそうになり、慌ててデスクの端を掴んで、そんな醜態を晒すという(そして後ろにいる人に迷惑をかけるという)事態を回避する。
「いきなり驚かさないでくださいよ、オンエム部長」
ボサボサの茶色い髪と見開かれた瞳の豪快な人物が、僕たちの直接の上司である、オンエム・フォッセルン部長だ。
およそ諜報には向かないのではという豪快な人物なのだけれど、成績もとい能力は優秀で、だからこそ、今もそのポストについている。
「いきなりじゃないぞ。ちゃんと何度も声は掛けている」
なあ、とオンエム部長が声をかければ、同じようにデスクで作業していた先輩たちが同意を示される。
「すみません。少々、没頭し過ぎていたようです」
何度も声をかけさせてしまったというのなら、反省すべきは僕のほうだ。上司の呼び出しを無視していたということになるのだから。
「いや。それだけ仕事に熱心だということだろう? 感心感心。察するに、お嬢さんのことだから、いつもより余計に気合が入っているんだな?」
そんな、べつに僕はリュシィだからって特別視しているつもりはなかったけれど……いや、していたのかな。
「そうかもしれません」
素直に返答したつもりだったけれど、オンエム部長はこれ見よがしに溜息をついて。
「なんだ、つまらん。もっと、こう『べ、べつに、こ、婚約者だからって、特別扱いなんかしてませんよお』みたいにテンパってくれることを期待していたんだが」
そんな無茶苦茶な。
「それで、どのようなご用件でしょうか、オンエム部長」
「ただ声をかけてみただけだけど?」
もう僕帰ってもいいかな。
いや、帰ると調べごとができないから、デスクから離れるわけにはゆかないのだけれど。なんだかんだ、やはり自宅より、ここのもののほうがいろいろと調べごとはしやすい。セキュリティとか、スペックなんかの問題で。
「わはは。冗談冗談。ほら、表情が硬いぞ、レクトール」
誰のせいだと……まあ、言っても仕方がない。
僕はため息を吐き出して。
「それで、どのようなご用件でしょうか、オンエム部長」
先程の質問を繰り返した。
オンエム部長も、さすがに同じことを繰り返すつもりはなかったらしく。
「ああ。これ」
そういって渡されたのは、今度の発表会と式典に参加する、出演者および客のリストだった。
もちろん、客といっても、当日の客ではなく、すでに決まっている、予約されている人のものだったけれど。
ただ、僕が調べたところではなく、もう少し詳しく、プロフィールなんかまでも記載されている。
ありがたいのだけれど、これっていいのかな。出演者はともかく、客人のプロフィールまでというのは。
「どうせお前も調べるつもりだったんだろう?」
「ええ、まあ」
本音を言い当てられてしまっては、頷くしかない。
もちろん、それを調べたのは、リュシィやシエナに対して危害が加えられることを避けるためだ。
背後関係なんかがわかれば、事前に注意することもできるかもしれないし、狙いを絞ることができれば、当日の警戒もしやすくなる。
「そんなプライベートなことまでは書いてないから安心しろって。例えばおまえが今日どこどこの女性職員と昼食を一緒にしたとか」
「当り前じゃないですか。僕は今日、ここで昼食を食べましたから」
仕事に集中するため、今日は食堂のほうであらかじめ弁当にして包んでもらった昼食を、この部屋で温めて、デスクに座ったまま、食べた。
当然、その時にはこの部屋から出ずに休んでいるとか、弁当を持参してそのまま食べていた人もいたので、そういう意味では、女性職員と一緒に昼食をとっていたことにもなるし、昼休憩の時間なんだから、その人たちの親しい他の部署の女性職員だって、訪ねてきたりもする。
「とにかく、ありがとうございます」
ともあれ、助かることは事実なので、感謝を告げてからざっとスクロールを開始して。
ふと、見覚えのある名前のところで、一旦ストップしたことがわかったのか、まあ、渡してきた本人なんだから知っていて当然だけれど。
思わず、僕が顔を上げれば。
「オンエムさん。この人って」
名前も、顔も変えずに、よくもまあ、堂々と乗り込んでくるものだ。
いや、違うか。これはオンエムさんが用意してくれたものなんだし、そこまで調べているというのが正解か、よく見れば、名前の横に、偽名と思しき名前が括弧で括られていた。
「どれどれ」
「私にも見せてー」
「どうかしたのか、レクトール」
同じ部屋で、食事やら、おしゃべりやら、あるいは仕事やらをしていた男性、女性職員が、僕のデスクの前に集まってくる。
「うわっ、この人、まだいたんだ。性懲りもなく。やっぱり、あの時逮捕しとくべきだったんじゃないのか?」
「あれだけ完全にフラれて、ローツヴァイ……ウァレンティン様にもこっぴどくやられてたっていうのに」
「そっちの趣味の人なんじゃないの? 本当懲りない」
相手、ウォンウォート家の長男の顔を見て、一様に渋い顔をされる。とくに女性職員の方は顕著だ。
僕自身、多分、顔をしかめていたことだろう。
ウォンウォート家長男である、ユラ・ウォンウォート氏とは、二年前の例の事件(騒動といったほうが正しいかもしれないけれど)を通じて、かかわりがある。
決して、親交ではない。むしろ、その逆の感情と言えるだろう。
「変なことを考えていなければいいんだけど……」
そう呟いたところ、総ツッコミを受けた。
「なに甘いことを言っているのよ、レクトール」
「あの変態、じゃなかった、いいえ、変態でいいわよね、あいつが余計なことを考えていないわけがないじゃない」
「おまえのためじゃないぞ。お嬢さんたちのために言っているんだ」
当の本人――リュシィの中ではとっくに過去の人、どうでもいい人としてカテゴライズされている(だろう、だといいなあ)としても、僕は許していないし、多分、セストや、シエナもそうだろう。もちろんここにいる皆も、今の反応を見ればわかることだ。
一応、あの時、反省はしていたみたいだったけれど、やっぱり皆許してないんだな。
このことは、リュシィやシエナたちに報告しておいたほうが良いんだろうか? 余計な気苦労をさせてくはないんだけれど、知らないでいるほうがよっぽど危険だからな。
「リュシィはしばらくここへは寄らないと言っていました。練習に集中するからと。なので、僕のほうからリュシィのところへ行ってきますね」
今からゆけば、まだ下校の時間には間に合うだろう。
しばらく会わない(会えない)といった直後に会いに来るんだから呆れられるかもしれないけれど、警告とか注意とかは、なるべく早いほうが良い。
今回は、実際に足で歩いて情報を集めたほうが良さそうだな。
そんな風に考えながら、僕はルナリア学院へと向かうべく、車を回しに向かった。




