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リュシィとコンクールと式典と

「それじゃあ、レクトール。リュシィをよろしく頼むよ」


「お任せください、ウァレンティン様」


 ローツヴァイ家まで出向いた僕は、リュシィと並んで、ウァレンティンさんとターリアさんが乗り込んだ車に向かって挨拶をする。

 今日からおふたりとも出張に出かけられるので、その御見送りというか、ご挨拶に伺った。


「本当に、まったくもってタイミングの悪い時期に出張なんて入ったものだよ。娘の晴れ舞台をこの目に直接映すことができないなんて」


 そう言って、ウァレンティンさんは深いため息をつかれる。

 おふたりが出張に出かけられている間に、リュシィにはコンクールおよび式典での挨拶の役目が待っている。

 発表会はともかく、式典での挨拶のほうは、両親の出張に伴うとばっちりとも言えなくはないのだけれど、リュシィは全く普段と変わらず。


「私のほうは心配いりません。お父様とお母様はきちんとご自分のお仕事をこなされてください。くれぐれも、途中で放り出してきたりはなさらないよう。とくにお父様は」


 言い聞かせるようにも告げるのは、過去にそのような事態があったからなのか。 

 いっそ冷たいともとれる、娘の視線に晒され、ウァレンティンさんはターリアさんに泣きつかれる。


「ターリア。いつから私たちの娘はこんなに恐ろしくなってしまったんだろう」


「リュシィは恐ろしくなどありませんよ。あなたがしっかりなさらないのが問題なのではないですか?」


 ターリアさんは微笑みながらご亭主の頭を撫でて慰められ。


「レクトールさん。リュシィをよろしくお願いしますね」


「お任せください。ご息女――リュシィのことは、僕が責任を持ちます」


 ご息女、と口にしたところでターリアさんの微笑みが増し、僕は即座に言い直した。 

 一瞬後には、プレッシャーは消失しており、僕の気のせいだったのかとも思える。普段から微笑を絶やされないターリアさんを恐ろしく思うなんてことは……いままでにも何度かあったので、あながち間違いとも言い切れないけれど、そんなこと、間違っても口にできるはずがない。

 

「いいかい、レクトール。きみのことは信頼しているけれど、リュシィになにかするのはまだ早いからね。せめて後五……いや、六年は待ってからに――」


「じゃあ、リュシィ。見にはゆけないけれど、私も、もちろんこの人も、あなたたちのことを想っていますからね」


 ウァレンティンさんの主張を遮ったターリアさんはそう言い終えると、車を発進させた。ローツヴァイ家の自家用車は、当然、自動運転であり、どこの席に座っていても、免許さえあれば、車を動かすことはできる。

 後に残されたのは、見送りに出てきていた僕とリュシィ、それからローツヴァイ家の使用人の方達だ。


「リュシィ、送ってゆくよ」


 僕もこれから出勤だけれど、リュシィも今日は学院で授業だ。

 ここからなら、リュシィを学院に送ってからでも、僕は出勤時間に十分間に合う。


「いえ、結構です。今日は家の者に送ってもらう手筈になっていますから」


 普段、リュシィは学院からの帰宅に毎度リニアを利用しているというわけではない。

 ユーリエやシエナたちと魔法省に寄ってくれる場合には、目の前に駅のあるリニアを使うみたいだけれど、登校(あるいはそれ以外の下校)には家の車を使っている。

 これは単に楽だからというだけではなく、誘拐なんかを危惧してという側面もある。


「そう。残念」


 リュシイと一緒に通勤、通学できるのも、それはそれで楽しいと思っていたけれど。

 とはいえ、これは半ば冗談のつもりで言っただけなので、ローツヴァイ家の使用人の方達に、そんな、邪魔をして申し訳ありません、というように頭を下げられると困ってしまうのだけれど。

 代わりに尋ねるのは別のことだ。


「今日はどうするの?」


「すみません、レクトール。今日は、というより、発表会と式典が済むまではそちらの練習に時間を割くことにしていますので」


 つまり、しばらくは魔法省のほうには寄らないということだな。

 それなら僕のほうからこっちに訪ねてきてもいいけれど……それもあまりしないほうが良さそうだな。リュシィには自分のことに集中して貰いたいし、夜にメッセージを送るくらいにしておこうかな。


「シエナとユーリエのふたりはわかりませんが、くれぐれも、おかしなことにはならないようにしてくださいね」


 ローツヴァイ家の門前での別れ際、リュシィにそんな風に念を押される。


「おかしなことって?」


 お菓子を貰うなってこと? ではないよなあ、多分。ユーリエのお菓子は今まで何度も貰っているし。

 

「……いえ。なんでもありません。信用してよろしいのですよね」


「リュシィに不義理は働かないよ。約束する」


 なんの憂いもなく、リュシィには自分のことに専念して貰いたいから。

 ただでさえ、本人がまったく、気にも苦にもしていなかろうとも、初等科六年生という身の上なのだから、知らず知らずのうちに疲労を溜めてしまって、なんてことは絶対に避けたい。それは、肉体的にも、精神的にも、だ。

 

「わかりました。それでは、また」


 そう言って、今度こそ、リュシィはローツヴァイ家所有の高そうな車に乗り込む。

 

「レクトール様。お嬢様はあのようにおっしゃられていましたが、レクトール様のことは本当に信頼していらっしゃるのですよ」


 リュシィを乗せた車が見えなくなるまで見送ってから、僕も魔法省へ向かおうとしたところ、そんなことを言われる。


「ありがとうございます。その言葉だけで十分です」


 リュシィがどう思っているのか……もちろん、僕と同じ気持ちでいてくれたら嬉しいけれど、そんなことをわざわざ口にするような彼女じゃないから。この前は、誕生日だったから特別だったのだろう。

 

「今後とも、お嬢様をよろしくお願い申し上げます」


 こちらこそ、と言おうとして、相手の言葉はまだ終わっていないことに気が付く。


「最近、リュシィお嬢様だけでなく、シエナ様、それから、御友人でいらっしゃるユーリエ様とも親しくしていらっしゃると聞き及んでおります故」


 いったい、どこから聞き及んでいるのだろう。

 まあ、リュシィの御父上――ウァレンティンさんは、魔法省の重役であり、突き詰めて行けば僕の、直接ではないにしろ、上司に当たる方だ。魔法省内でのあれやこれや(実際になにかやましいことをしているわけではないけれど)を御存知である可能性は高い。

 

「お嬢様を悲しませたりなさらないよう、よろしく、お願い申し上げます」


「……善処します」


 リュシィを悲しませるようなことは、今のところ、していない……と思うけれど。

 あっ、そういえば、この前の遊園地じゃあ、お化け屋敷で少し怖がらせたような気もするけれど、あれは僕の意思とは関係ないし。リュシィは絶対に認めないだろうし。

 巨大な釘を刺されたような気がする――実際に刺されたのだけれど、元より、僕にそんなつもりはない。一瞬、答えるまでに間ができてしまったのは、ローツヴァイ家の使用人の方々の迫力に押されてのことだ。

 それよりも、今度の発表会と式典について資料を集めておかないとな。ついでに、調査も。

 なにもないのが一番だけれど、警戒はしていて損にはならないから。

 とりあえずは出演者のチェックからでもしておこうかな、と考える僕に「過保護ねえ」という、どこかの黒髪のお嬢様の声――幻聴――が聞こえてきたような気がした。

 一応、きみもその後のパーティーには出るみたいだけどね、とここにはいないその子に向かって、僕は苦笑を浮かべた。


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