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隠し味は恋のスパイスです 3

「ええ。ユーリエがレクトールの腕をとっても問題は起こらないでしょうが、シエナ、あなたはなにかよからぬことを起こしそうなので」


 シエナの挑発には乗らずに(まあ、すでにシエナの思惑通り感は否めないけど)リュシィははっきり言い切った。

 それってつまり、僕のほうもシエナの起こすであろう問題に対処できないだろうと思われているってことだよね。


「あら残念。信用されてないなんて、傷つくわね」


 ちっとも傷ついてなんかいないような口調で、シエナが肩を竦める。

 もっとも、このシエナという少女は、そのままただで引き下がったりはしないんだけど。


「仕方ないわね。ちょっと腕を組んだくらいで目くじらを立てる嫉妬深いリュシィに免じて、この場は引き下がってあげるわ」


 直前にリュシィのことを薄情だなんだのと言っていたにもかかわらず、立場を変えたら変えたで、結局はこうしてからかうのだ。

 まあ、シエナという女の子は、興味のないものには全く興味を示さないし、絡んでくるのはその対象を気に入っているときだけなので、この場合は、いかにシエナがリュシィを気に入っているのかっていう証拠でもあるから、僕としてはこの二人のじゃれ合いは安心して見ていられる。

 もちろん、大抵の場合、リュシィと一緒に僕も標的にされているから、そう安心してばかりもいられないんだけど。


「嫉妬深くなんかありません! 私は……!」


 リュシィの厳しい視線が僕へと向けられる。

 多分、僕がはっきりした態度をとらないのがいけない、とかって言いたいんだろうな。

 まあ、リュシィのためにも、僕はこの、リュシィの婚約者、という地位というか、立場を守らなくちゃいけないわけで。

 すくなくとも、今はまだ。


「リュシィ。そんなに心配しなくても、僕はリュシィから離れていったりしないよ。リュシィが必要だって言ってくれる限りは傍にいるって、あのときにも言ったよね」


 大抵のことはそつなくこなすリュシィだけど、その年齢上、どうしてもうまくいかない場合もある。

 いくら成績優秀で、将来、ローツヴァイ家を背負うことが決まっているとしても、今はまだひとりの初等部に通う十一歳の女の子に過ぎない。

 そんなことは、リュシィだって十分にわかっているはずだし、そのために、僕がここにいるというわけでもあるんだから。


「なんだか、ふたりの世界って感じですね」


 リュシィと見つめ合っているととられても仕方のないくらい、ほかのふたりを放っておいてしまったらしい。

 どことなく、羨ましさを感じるように、ユーリエが僕たちを見つめてきていて、僕たちは気恥ずかしくなって、顔を逸らして、手を離した。

 ちょうど魔法省の出入り口にも到着していたし、僕はそれ以上、シエナに腕を取られたりなんて心配をする必要もなく。


「じゃあ、ちょっと待っててね。車を回してくるから」


 一昨年の例の事件に巻き込まれて以降、やっぱり、自分でも車は運転できたほうが良いだろうと思い至り、すぐに免許を取った。というより、仕事でも必要だからと、取得させられた。

 環境への配慮から、水と微量の化学触媒により動く車(に限らず、船や飛行機、列車なんかも同様だ)は、安全のためにという理由で街中での飛行魔法が禁止されている都市部では、緊急時といわず、平時でも結構便利だったりしている。それに、仕事で外に出ることもあるし。

 肝心の車は、中古車の一番安いやつではあったけど、この魔法省への入省のお祝いにと、両親が買ってくれた。うちはそれほど――リュシィやシエナの家が特別だともいえるけど――裕福……お金持ちというわけではないし、うちにはすでに以前から両親が使っていたものがあったのだけど。

 この代金は、両親はいらないと言うだろう――むしろ言っていたけれど、お給料が入ったら、順次返してゆくつもりだ。

 僕自身が必要だと思ったものなのだから。


「お待たせ」


 彼女たちが普段使っているだろう車のことを考えれば、かなり狭く感じることだろうけど、まあ、三人乗るのに困るようなスペースしかないわけじゃない。


「じゃあ、私が助手席に座るわね」


 当然のような流れで、前の席へと乗り込もうとするシエナ。


「あ、ずるいよ、シエナ。私もレクトールさんの隣がいい」


 張り合うように声をあげるのは、ユーリエだ。

 そこは、前の席のほうが景色がいいからとかじゃないんだね。ただ家まで送るだけだし、どこに座っても大差ないと思うけど。


「へえ、ユーリエ。私とやろうってわけね」


「負けないよ」


 火花を散らすような視線を交わすふたりを横目に、リュシィは我関せずといった態度で、そくさくと後ろの席に乗り込もうとするんだけど。


「あら。リュシィはやらないの?」


 当然のように、シエナが挑発する。


「じゃあ、リュシィは不戦敗ってことで。いくわよ、ユーリエ」


 さすがに長い付き合いだけあって、シエナはリュシィを動かすツボを心得ている。

 そんな風に言われれば、負けず嫌いなリュシィのことだ。


「待ってください。私は勝負から逃げたりはしません」


 そうして、シエナの思惑通りとわかってはいても、乗らざるを得なくなるわけで。


「へえ。まあ、でも、私の勝利は揺るがないわ。勝負方法は、カップの大きさよ」


 かけらも恥じ入ることなくそう言い切ったシエナは、見せつけるように自分の胸を張ってみせる。

 まあ、シエナが言い出した勝負みたいなものだから、シエナが勝負方法を決めることに疑問はない。ないけど、それって、わざわざリュシィを煽った意味あったのかな、とは思ってしまう。そう何回もシエナがリュシィを、それほど間を置かず、同じネタで弄るとは。

 しかし。


「そんな、今すぐにどうこうできないもので決着をつけるしか、勝ち目がないのですか、シエナ。無駄に膨らんだ、そのふたつの脂肪の塊でしか勝負できないなんて」


 リュシィも、そうそう簡単に、同じようには振り回されない。かなり気にしてはいるみたいだけど。

 僕もほっとひと息つく。

 内情はどうあれ、傍から見たら、僕がやらせているように見えないこともなくなってしまう。

 それに、三人が勝負するというのなら、シエナのことだ、その判定役に僕を指名したに違いない。それはもう、楽しそうに。


「手っ取り早く、じゃんけんで決めましょう。ですから、ユーリエも、こんなところで服を捲り上げようとしないでください」


 こんなところ、というのはもちろん、魔法省前の、公道の歩道だ。

 ふたりに振り回されるリュシィの苦労が偲ばれる。しかし、男の僕が突っ込むことのできる話題ではなかったこともたしかだったし、素直に感謝だけど。

 リュシィがそう言って、ちらりと肌が見えそうにもなっていた、制服の裾を捲り上げかけていたユーリエの手を押さえる。


「いやん。リュシィったら、こんなところで、服を捲るなんて、強引ね」


 そんな声を出したのは、関係していない、シエナだ。

 実際にはリュシィはユーリエの服と手を押さえていた側なんだけど、通りすがりの、会話をきちんと聞いていない人にわかるはずもなく。


「な、なにを言っているんですか。服はユーリエが勝手に……というより、あなたが原因でしょう。だいたい、シエナ、あなたはセストさんに送って貰えばいいでしょう」


 リュシィも頬に赤みを差しながらシエナを嗜める。


「私だって、リュシィよりはありますよ。まだ、成長途中ですし」


 そして、なんでユーリエまで、また張り合おうとしだすの。一旦は諦めて、まともに戻ってくれたのに。


「ふむ。これは、たしかにリュシイよりは……」


 そんなユーリエの胸に服の上から手を当てて、シエナが感想らしきことを口にする。

 真面目風な口調で言っても、やっていることはかなりひどいからね?


 

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