レクトールの誕生日 2
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楽しみにしているというのは本当だけれど、それはリュシィたちが祝ってくれるというのが嬉しいのであって、正直に言えば、パーティーはそれほど楽しみでもない。あの雰囲気はやっぱり慣れない。
それこそ、極論、親しい相手にメールの一本で祝ってくれる言葉を貰えれば、それだけで十分過ぎるほどに嬉しい。
そんな時間を僕に割いてくれるくらいなら、余計なお世話だろうけれど、自分の、直近に迫った発表会のほうに注力していて欲しい。
だから、リュシィたちには事前に伝えておいた。
「あの、リュシィ。祝ってくれるのは本当に嬉しく思っているんだけど、パーティーやらなんやらは、本当に大丈夫だから。言葉をくれるだけで、なんならその気持ちだけで十分に嬉しいし、むしろ、知ってのとおり、パーティーみたいなのは苦手な部類だから」
リュシィのパートナーとして、ただ隣にいるだけの役ならいくらでもできる。
しかし、自分が主役になって対応する必要があるとか、それも、事務的、作業的にならないようにとか、そういうのはまったく得意ではない。
「わかりました。あなたのお祝いですから、できる限り、あなたの望むようにしましょう」
自意識過剰な提案だったかもしれないけれど、言わないでおいて、実際に舞台を整えられてしまうよりは、最初から希望を告げておいたほうが良い。
もしこれでリュシィに「もう準備や手配などは済ませてしまったのですが」なんて言われていたら固まってしまったところだったけれど、まだだったみたいで安心だと、ほっと胸をなでおろす。
「レクトール。どうせ将来的には表舞台に大々的に立つ必要がでてくるんだから、今のうちから慣れておいたほうがいいんじゃないの?」
「大々的にって、そんな必要あるかな?」
僕にはそんな予定はないけれど、シエナははっきりと確信しているようで。
「あるわよ。だって、リュシィと結婚するってことは、つまりローツヴァイ家への入り婿ってことよね?」
それはそうだけど、そのあたりはとっくに解決していて、ローツヴァイ家の当主は、このままいけば、リュシィが引き継ぐことになっている。つまり、表の場に立つのは基本的にリュシィということで、僕は必要な時だけ隣にいればいい、ということにして貰っている。
本当に、当主とか無理だから。
押し付けるようで、リュシィには悪いと思っているけれど、どう考えても僕なんかよりリュシィのほうが向いているし、リュシィもずっとそのつもりだ。
「べつに、女当主だって、珍しいことじゃないでしょう?」
このリシティアには、別に、男が家長とか家督とか、継がなければならない、みたいな法律はないし。
それに、これは口に出したりはしないことだけど、この先、リュシィが結婚できる年齢になるまでは数年あるわけだし、他の、もっといい相手を見つけるかもしれない。その場合、僕が決まっていると、面倒な手続きとかが発生するかもしれない。
「それを防ぐためにレクトールはリュシィの婚約者になったんじゃなかったの?」
シエナは僕がリュシィの婚約者になった経緯を知っている。
「それはそうだけど、一応、リュシィが結婚できる年齢というか、自分で選ぶまではってことで」
もちろん、僕がリュシィとの結婚を嫌だとか思っているわけじゃなくて、むしろその逆だけれど、リュシィの気持ちが蔑ろにならないことが大切だから。
「それに、僕はそんなにたくさんの見ず知らずの人に祝って貰えるよりも、リュシィや、ユーリエや、それにシエナたち、親しい知り合いに祝ってもらうほうがずっと嬉しいから」
これは、男子としての一派的な意見だと思うけど、大勢の、名前も聞いたことのないようなどこぞの男性に大仰に、とりあえずリュシィやシエナとの顔つなぎとして祝われるより、少なくても、知り合いの可愛い女の子たちに心を込めておめでとうと言ってもらえるほうが嬉しいに決まっている。
もちろん、それは僕だってそうだ。
「ふーん。じゃあ、私ならいいわけね」
「もちろん、シエナにだったら、なんだって嬉しいよ」
いや、本当にプレゼントは私とか言われると、諸手を挙げて歓迎することはできないけれど。
「シエナはなんだかんだ言いつつも、リュシィやユーリエ、それに僕のことも気にかけてくれているし、口ではなんと言いつつも、きっと素敵な贈り物をしてくれると思っているよ。あっ、もちろん、催促しているわけじゃなくて、シエナのことを疑ているわけじゃないというか、そういうことが言いたかったわけで」
まずかったかなと思い、言い訳がましくも聞こえるようなセリフをつらつらと習ることしかできないでいると、正面にいる、シエナはなんとも言えないような顔をしていた。
そういえば、シエナは一定以上の真正面からの行為には逆に弱かったんだよな。
普段は、飄々とした態度で受け流しているけれど、押しの強い(あるいは強すぎる)相手とは相性が逆転するところがある。
シエナは自分の可愛さを自覚しているタイプではあるけれど、多分、そういうところがいっそう可愛いんだということには気が付いていないんだろうな。
言っておくけれど、シエナのそういう困ったところを可愛いとは思っているけれど、積極的にそういった顔を見たいと思っているわけじゃない。見られればラッキーとは思うかもしれないけれど、そこまでサドっ気があるわけじゃない。
そもそも、友人の妹をそんないじめたいとか、そんなこと、考えるはずもない。
まあ、すでに言い過ぎてしまっていた感は否めないけれど。
「……いい度胸をしているじゃない、レクトール」
顔を上げたシエナは、にっこりと笑っていた。
頬の赤みが完全に引いたわけではなかったけれど、迫力のある笑顔だった。
「ええっと、その、今のは本心だけど、決してシエナを辱める意図があってのことじゃなかったというか……」
正直言って怖かったので、一刻も早くその場から逃げ出したい気持ちだった。
もちろん、シエナがそんなことを許してくれるはずもなかったけれど。
「あ、そうだ、僕、まだしなくちゃいけない仕事が。これを終わらせないと、パーティーどころじゃ……」
「決めたわ。レクトールの誕生日パーティーは、精々、盛大にお祝いしてあげる」
シエナがどこかに向けて(おそらくはセストにだと思うけれど)長文のメッセージを作り始める。
僕に止められるはずもなく、この場で止めてくれそうなふたりに助けを求める視線を送ろうとしたけれど。
「リュシィ、ユーリエ。準備は手伝ってくれるわよね」
いつの間にやら主導権をとっていたのはシエナだった。
こういうことでリュシィは積極的に前に出るタイプじゃないし、ユーリエはどちらかと言えば、シエナに賛成というか、精一杯祝おうという気持ちを感じてはいた。
「私にできることなら」
ユーリエはすぐに、はっきりと意志を示し。
「シエナとユーリエだけに任せるわけにはゆきませんから」
リュシィは一応、歯止め役としていてくれるみたいだったけれど、そういう、弾けた部分というか、ノリのいい部分では、シエナのほうがリュシィより上手でやり手なんだよなあ。多分、セストも面白がって協力するだろうし。
「嬉しいでしょう、レクトール」
「あ、うん、はい。嬉しいです」
リュシィが溜息をついているのは、ヘタレですね、とでも言いたいのだろうか。それなら、少しくらい、援護してくれてもいいのに。
まあ、そこまでひどいことにはならないだろう。一応、僕を祝ってくれるということなんだし。
だったら今から心配していても仕方ない、むしろ楽しみにしておこうじゃないか。




