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レクトールの誕生日

「レクトール。今度の週末は空けておいてください」


 婚約者ということになっている、長い銀の髪に、神秘的な紫の瞳のお嬢様であるリュシィにそんな風に呼び出されたのは、そろそろ夏が近づいてきていることも感じさせる暖かい日のことだった。

 呼び出されたというよりも、僕の仕事場まできて、一方的に告げられたと言ったほうが正しいのかもしれない。

 僕が勤務している、魔法省の軍事局諜報部は、その形態上、たしかに週一での割合で休暇は貰えてはいるけれど、必ずしも、決まった日にちで休暇が貰えるとは限らない。

 連続で数週間勤務することも(滅多にではないけれど)あるし、連休を貰えることもある。あるいは、休暇中であっても、呼び出されることだってある。

 よく言えば、融通が利く、悪く言えば、業務体系に問題がある。しかし、月ごとの休みの日数だけはきちんと確保されているし、繰り越しもできる。くわえて、残業代も普通につけてもらえることから、総合的には、まあ、ホワイトであると言えるだろう。僕個人としても、特に不満があるわけではない。というより、そういうことも知っていて、ここの試験を受けたわけだし。


「わかったよ」


 僕の場合、こんな風にして、ローツヴァイ家からの(今回のことはリュシィたち個人からという意味合いのほうが強そうだけれど)呼び出しだったりに応えることが間々あるため、できる限り、休みを自由にとれるようには、勤務時間を調節している。残業だったり、半休だったりといった感じで。

 とはいえ、そこに不満を持っているわけでもない。むしろ、そんな風に融通を利かせられることには、ありがたいとすら思っている。

 これといった趣味もないし、ワーカーホリックというわけでもないけれど、仕事は山のようにあるので、仕事をし過ぎて上から文句を言われる、ということもない。その分はきちんと給料に反映されているし。おそらくは同年代より、給料的な意味での待遇は優れているだろう。やりがいだって感じている。

 もちろん、休んでいないということでもないのだけれど。僕だって人間だし、家でグダグダと過ごす日だってある。

 たまには、言い訳づくりというか、外向けのアピールというか、リュシィとデートに出かけたりもするし、気になったイベントがあればそれを見に行くこともあるし、好きな作者の新刊が出ればそれを買いに行くことだってある。

 なにが言いたいかと言えば、僕は別に、仕事ばかりしているような人間でもないということだ。

 それはそうと、そんなわけで、今回のように急な呼び出しがかけられても、特に問題はないようにはしている。


「詳しい時間などはあらためて連絡しますので」


 まあ、今回に限っては、それほど急というわけでもないけれど。ありがたいことに、言ってしまえば、去年からわかっていたことだったので、特に驚いてもいない。

 

「レクトール。リュシィったら、長いリボンを準備していたわよ。きっと、当日はそれを全身に巻き付けて、プレゼントは私です、ってする気ね」


 それはどちらかと言えばシエナのほうなんじゃ、と、友人の妹であり、黒い髪に金の瞳の、こちらもこの国でも有数のお嬢様であるシエナ・エストレイアに、僕は困った視線を向ける。

 気に入ったものほどからかいたくなるという、困った性分の持ち主でもあるため、しばしば、リュシィやユーリエが(ついでに僕も)犠牲になっている。それが良いことなのか、あるいは厄介ごとなのかは、議論の余地があるだろうとも思っているけれど。


「そんなことはしませんっ。シエナこそ、まともなことを実行してくださいね」


 わかっているわ、と言いたげに肩を竦めるシエナと、疑い半分の瞳で見つめるリュシィ。

 僕の立場からなにか言えるわけじゃないけれど、喧嘩をするくらいなら、別にそこまで張り切らなくても、なんて考えてもしまう。それだけふたりの仲が良いという証拠でもあるので、それは嬉しいことだけれど。


「レクトールさん。私も当日は頑張ってお料理の準備とかを手伝いますね。あっ、それから、レクトールさんはなにがプレゼントだったら嬉しいでしょうか?」


「なんでも嬉しいよ。僕のためにユーリエが一生懸命考えて選んでくれたって時間こそが、プレゼントだからね」


 それに、ユーリエの作ってくれた料理が食べられるというのなら、それがもう、十分にプレゼントであるように思う。

 肩のあたりまでのふわふわな金の髪に、空のような青く澄んだ瞳の、こちらも美少女のユーリエ・フラワルーズとは、つい先日――よりは少し経っているけれど――出会ったばかりだ。

 それでも、僕を慕ってくれているようで、リュシィやシエナともすぐに仲良くなったらしく、こうしてよく一緒に遊びに――訪ねてきてくれている。ありがたいことに、ちょくちょく差し入れに持ってきてもくれる謹製のお菓子は、この部署ですでに名物と化しているというか、大変喜ばれている。

 誕生日のプレゼントなんて、特別になにか欲しいものがあるわけじゃない。必要なもの、欲しいものは、適宜、自分で購入している。

 けれど、やっぱりプレゼントを貰えるのは嬉しいし、それなら、想いの詰まったものを貰いたいと考えるのは、当然の気持ちではないだろうか。

 なにが、と聞かれているから、なに、と答えるのが正しいのだろうけれど、本当に、特にこれといったものは思い浮かばないんだよな。


「わかりました。精一杯、選ばせて貰いますね」


 そんなに意気込まなくても、とは思うけれど。

 そんな、たかだか知り合いのお兄さん(おじさんじゃないと嬉しいな)に誕生日のプレゼントを渡すなんて、初等科の子のお小遣いからすれば、かなりの出費だろう。リュシィやシエナはおいておくとして、ユーリエくらいの女の子なら、自分のお小遣いから欲しいものだってたくさんあるだろうに。


「リボンが嫌なら、クリームを塗って、召し上がれってしてもいいけれど」


 顔を上げれば、シエナが、冗談とも本気ともつかない口調で微笑むのが見えた。まだ話は続いていたらしい。

 普通に考えれば冗談なんだけれど、万が一、本気で実行されると非常に困る。


「心配する必要はありません、レクトール。シエナの凶行は必ず私のほうで事前阻止しますから」


「あら、リュシィもしたかったの? 自分と被ったら困るからってことかしら? 私は一緒でも、そうね、なんならユーリエも一緒でも構わなかったのだけれど」


「ええっ! ちょっとシエナ、なんで私も?」


 顔を紅くしたユーリエが、焦ったような声を上げ、一瞬、リボンにラッピングされた三人の姿が脳裏に浮かんでしまう。

 何色が似合うんだろうな。

 リュシィは空色? ユーリエはピンク? それかシエナは――って、いやいやいや、なにをしているんだ、考えちゃだめだ。

 というより、こう考えさえせることすら、すでにシエナの術中である気さえする。


「ユーリエ。シエナの言うことをまともに取り合う必要はありませんよ。歩く破廉恥として捕まっていればいいんです」


「あら、リュシィが捕まえてくれるの? いえ、この場合はレクトールがかしらね」


 たしかに僕の仕事は犯罪者の取り締まりも含んでいるけれど、その程度のことなら、多分通報されるのは警察のほうで、僕まで出る事態にはならないだろう。いや、半裸(限りなく全裸に近い)初等科の女の子が歩き回っているというのは、かなり危険な事態であることは間違いないけれど。

 多々、冗談は混じっていただろうけれど(冗談だよね?)こうして祝ってもらえるというのは、素直に嬉しい。

 

「ありがとう。当日を楽しみにしているよ」


 結局、これ以上突っつくのは余計に地雷を踏み抜きに行くようなものだと、サプライズのほうが嬉しいと納得させて、会話を切り上げた。

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