ご褒美デートの遊園地 8
◇ ◇ ◇
夢の国から遠ざかる、帰り道の車の中。
遊び疲れた様相の三人組は、寝息もたてず、寄り添って静かに夢の世界へと旅立っていた。
随分張り切って遊んでいたからな。実際、僕だって気を抜けば眠ってしまいそうだし。しかし、今は自動運転に切り替え中だから大丈夫だろうとはいえ、さすがに運転席(正確には助手席だけど)の人間が居眠りするわけにはゆかない。
本当は、夕食もどこかで揃って、なんて考えたりもしていたけれど、この様子なら早く家まで送り届けたほうが良いだろうな。
「セスト、お疲れ様。今日は付き合ってくれて感謝しているよ」
「いいや。感謝されることじゃない。俺だってそれなりに楽しんだからな。いい息抜きになった」
遊園地とはいっても、子供だけに楽しめるように設計されているわけじゃなく、ちゃんと大人だって楽しめるようになっている。むしろ、身長制限とか、この先の時間帯にあるだろう夜間限定のイベントだとか、あるいは連動している宿泊場所のことなんかも考えると、大人になってからのほうがより楽しめるところもあるのかもしれない。
まあ、大人になったらなったで、今度は時間的な余裕とかがなくて来られなくなるものだけど。
「それに、あいつにとってもこんな風に友達と遊園地みたいなところに遊びに来るなんて初めてのことだったし、家族では何度かあるけど、こっちこそ感謝してるんだぜ」
バックミラー越しに眠っている妹の顔を見ながらのセストにお礼を言われる。
それこそ、ユーリエが誘ったことだから、僕に感謝されることじゃない。
「今回は事件にも巻き込まれなかったしね」
一般人の僕からすれば、そもそも外出くらいで事件に巻き込まれるという状況のほうがおかしいと思っているけれど、実際、この地域、どころか、おそらくはこの国(あるいは世界)でも有数のお金持ちの家の跡継ぎの令嬢であるリュシィ(あるいはシエナ)を狙う輩は、少なからず、いる。
命を狙うまではないにしても、身代金、あるいはなんらかの譲歩を引き出すのが目的の誘拐に巻き込まれることはある。というより、実際にその現場に(偶然)立ち会ってしまったこともあるので、笑い飛ばすことはできない。
ローツヴァイ家も、エストレイア家も、その家柄故にか、敵も、味方も多い。
今日のテーマパークだって、元をたどってゆけば、出資者とか、支援者とかの企業のところに、あるいはその親会社とかであっても、名前が出てくることもあるだろう。そのくらいの家柄だ。
「これからはユーリエにも目を向けていたほうが良いだろうね」
悪い意味ではなく、心配だという意味で。
愚かなとは思うけど、リュシィやシエナの友人だからという理由で狙われないとも限らない。
場合によっては、僕たちのほうで、護衛を(もちろん、日常生活とかに支障をきたすことがない範囲で)手配しておいたほうがいいのかもしれない。そういう相手には、常識なんか通用しないだろうし。
「そこまで心配することもねえと思うけどな。まあ、無駄にはならないか。おまえが倒れなけりゃな」
「倒れないよ」
それに、なにもストーカーになろうとなんて、まったく、これっぽっちも、考えていない。
ただ、保護者的な目線で心配しているだけだ。いや、保護者……うーん、それも少し違うような。
まあ、とにかく、気にかけているということだ。なにもなければそれでいいんだし。
「おまえ、お嬢さんに刺されないようにしろよ」
「刺されるって、それどんな状況?」
リュシィがそんな短絡的な行動に出るとは思えない、
やるとなったら、徹底的にやるだろうけれど、もっと、別の、賢そうな手段をとると思う。それがどんなものかはわからないけれど。
そう答えれば、セストには、処置なし、といった具合に溜息をつかれてしまった。
「まあそれはいい。それよりも、今度、例の発表会があるんだろ?」
「そうだね」
来月には、リュシィの発表会、というより、コンクール、および、式典での挨拶があって、僕もそれに同席することになっている。
本来なら、式典での挨拶のほうは、リュシィの御父上であるウァレンティンさんが出席されるはずだったのだけれど、どうしても外せない出張が入ってしまったとかで、跡取りであるリュシィにお鉢が回ってきたのだと、先日、メッセージをいただいた。
「まあ、リュシィに限って、コンクールも、挨拶も、心配はしてないけどね」
ただし、ローツヴァイ家を良く思っていない家があることも事実。
確率はかなり低いとは思うけれど、危害が及ぶとか、台無しにされるとか、そういった事態には十分に注意をしなければならない。
当日は、うちの部署からも警備の人員が出るという話だったから、大丈夫だとは思うのだけれど、なにが起こるかわからないからな。
「そういえば、シエナは出演するの?」
「いや。パーティーには出るって言ってたけど、演奏のほうはやらないんじゃないか。会場内にはいるんだし、聴くだろうとは思うけど」
まあ、シエナはそういう、コンクールとか、お堅いところはあんまり好みじゃなさそうだし。出たなら出たで、それはきっと素敵な結果を残すんだろうけど。
「まあ、だから、俺もお嬢さんを応援するぜ」
「ありがとう」
僕がお礼を言うことじゃないかもしれないけど。
それに、リュシィはあんまり、他人の応援とか、気にしないんだよな。自分のやってきたことをやるだけだって。
「馬鹿、おまえ、それでも応援されれば嬉しいし、力強いとも思ってくれるだろう」
「いや、だから、応援しないとは言ってないよ?」
むしろ、応援するよ。
それに、ユーリエに話しているのかどうかは知らないけれど、聞いたら、きっと、見に来てくれるって言ってくれるんじゃないかな。
「セストがどう思っているか知らないけど、僕はちゃんとリュシィのこと、ひとりの女の子として大切に思っているよ。まだ、初等科の六年生だってことも、ちゃんとわかってるつもりだよ」
「……別に、心配してねえよ、そこは」
それじゃあ、他に、なにを気にしているんだろう。
どうせ教えてくれないだろうから聞いたりはしないけど。
「本当におまえとお嬢さんのことは、心配してねえんだ。いや、薄情に思っているとかそういうことじゃなくて、安心してるって意味で」
「ふーん」
それ以上は意味もないだろうなと、一旦会話を切り上げた。セストは、なんだか不満そうな顔をしていたけれど。




