ご褒美デートの遊園地 7
もちろん、それが難しく、危険なことはわかっている。
ただし、普通にするなら、だ。
セストはこの勝負に参加しているわけではない。研究者としてもいささかの体力トレーニングは必要かもしれないけど、今はただ、レースの監視者のひとりとしてついていっているわけで。
ロープを伝うのを止めたセストは、手を離し、そのまま飛行の魔法で宙に浮かび、あらためて端末のカメラを構え直す。
最初に気が付けばよかったんだけど、こんな風にビデオを撮影するなんてほとんど経験のないことだから、傍から見ていれば自明であっても、実際にやっている身としては気がつけないことは多い。
そして、空中にぶら下がるブランコのようなものを飛び渡るように移動し(かなりひやひやさせられた)丸太の坂をよじ登り、雲梯や壁登りなど、その他いくつもの遊具を突破して、最後の滑り台から最初に降りてきたのはリュシィ。
ほとんど遅れずにシエナ、少し間があってからユーリエという順番だった。
「……なんですか、レクトール。その、予想通り過ぎてつまらないな、とでも言いたげな顔は」
「え? そんなこと思ってないよ。リュシィの考え過ぎだよ」
予想通りだとは考えていたけれど、誰が一番で来ようとも、おめでとうとか、ねぎらいの言葉をかけるつもりでいた。
隣ではシエナがにやりと笑いながら。
「リュシィったら。そんなにレクトールにおねだりしたかったのね」
結局、勝負の結果がどうであれ、リュシィをからかうことを止めたりはしないんだよな。
案の定、リュシィは耳まで真っ赤になって。
「おっ、そんな破廉恥なことを約束した覚えはありませんっ」
しかし、そんな回答では余計にシエナに餌を与えるだけになるに決まっていて。
「あら? 私は別に破廉恥なことを言ってはいないわよ? リュシィがいつもそんなことばかり考えているから、そう聞こえるんじゃないのかしら」
「なっ。シエナ、あなた――」
からかうような笑みを浮かべるシエナに、リュシィが「そもそもあなたは……」とか、「慎みを持って……」などと説教らしきことを始めていたけれど、おそらく、シエナは聞いてはいないだろう。
正確には、聞いてはいても、リュシィに対する態度を改めるつもりはないのだ。
僕も特に止めに入るつもりはない。これもまた、いつもの光景だからだ。
「あの、レクトールさん。ふたりを止めなくても大丈夫なんでしょうか?」
おろおろと心配しだすユーリエに、放っておいて大丈夫だよ、と答えるのは簡単だし、もうしばらくふたりと付き合ってゆけば、この光景にもある程度慣れてくることだろう。
とはいえ、ユーリエの心配しているとおり、いや、多分、ユーリエの心配とは違うと思うけど、せっかく遊びに来ているのに――それもユーリエのお願い、御褒美で――いつまでもこんなことで時間を潰すのももったいない。
「ほら、ふたりとも、いい子だから喧嘩なんかしないで。エネルギーの浪費なんじゃなかったの」
間に入れば、リュシィは心外だとばかりに。
「喧嘩ではありません。当然の――正当な理解を求めていただけです」
「あら、どこか間違っていたかしら。きわめて正確にリュシィの内面を言い当てたと思うのだけれど」
普段、どことなく大人びて見えていても、やっぱり、ふたりともまだ十一歳の女の子なんだなあと、微笑ましくなる。
いや、喧嘩を止めに来ているのに、微笑ましくなっていてどうする。
またシエナがクスクスと笑い、このままではいつまでもこの話題が終わらないと思い、少々強引に、話題の転換を図る。
「そろそろいい時間だと思うんだけど、明日は皆、学院で授業があるよね? そろそろ帰宅を考えておいたほうが、渋滞にも巻き込まれずに済みそうだし、良いんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」
ユーリエは、こんなところで満足できただろうか。
「あの、レクトールさん。それなら、最後にあれに乗っておきたいです」
そう言いながらユーリエが指差したのは、直径百メートルを超えるらしい、巨大観覧車だった。
「本当は花火まで見たかったけれど、仕方ないわね」
シエナはそう言って肩を竦める。
へぇ。この遊園地、夜に花火なんて上げるんだ。それはたしかにちょっと見てみたかったかもしれない。
しかし、皆が見るってことは、つまり、それより少し前に出れば、やっぱり、空いている道を帰れるってことだよね。
花火が見たければ、向こうに帰ってから、途中で手持ち花火でも買って帰ればいい。それも、まだ季節には少し早い気もするけれど。
「ロマンがないわねえ」
とはいえ、シエナもそこまで反対するつもりでもないらしく、僕たちは観覧車へと向かい。
前にある説明を読めば、今度はどうやら、ひとつのゴンドラに、五人全員で乗ることができるようだった。もちろん、身長制限もない。
「小説とかなら、こういうとき、爆弾でも仕掛けてあって、途中で止まったりするものだけど」
動き出した観覧車の中、窓の外を見ながらシエナが何の気なしに呟く。
「ええっ?」
ユーリエが驚いたように、辺りを見回して、座ったまま微笑まし気にその様子を眺めていた僕たちに気が付いて、「もう、シエナ」と若干頬を紅く染めながら浮かせていた腰を落ち着かせた。
「驚かせないでよ」
「ごめんなさいね。反応が可愛らしいものだから、つい」
やがて、ゆっくりとゴンドラがてっぺんに差し掛かる頃、丁度沈み始めていた夕日が眩いあかね色に僕たちを照らす。
「わぁ、綺麗ですね、レクトールさん」
窓の外へと向けられるユーリエの横顔は、金色の光に照らされて、眩い。
僕は若干目を細めつつ。
「うん。本当に綺麗だ」
そう答えると、こちらを振り向いていたユーリエと目が合った。
ユーリエの頬は赤く染まっていて、夕日のせいだけじゃないようにも思えるけど――。
「あっ、えっと、その、夕焼が」
慌てて言葉を継ぎ足したので、なにかを誤魔化したようにも聞こえてしまう。
実際、誤魔化したわけだけど、そういう意味ではなくて。
「レクトールったら。素直にユーリエに綺麗だねって言えばいいのに」
シエナがそんな風に茶化してきて、ユーリエは口ごもり、今までよりも真っ赤になって俯いています。
「ユーリエも綺麗だよ」
言われた通りにそういえば、ユーリエは「あうぅ、その、ありがとうございます……」とやっぱり俯いてしまう。
「もちろん、シエナも、それに、リュシィも」
そう告げれば、ふたりはひそひそと。
「聞いた? 私たちのことはついでよ、ついで」
「とりあえず言っておけばいいと思っているんです」
あれ? 言われた通りに褒めたのに、他のふたりには極めて不評なようだ。様子を見ていたセストは忍び笑いを漏らしているし。
「ええっと、とにかく、皆、今日は楽しめたんだよね?」
今までの様子を見ていればわかることだったけど。
怪我もなく、事件に巻き込まれることも(そうそうあっては困るけど)なく、十分に堪能できたのならなによりだ。
「じゃあ、三人とも、そっちに並んで」
夕陽を正面に浴びるような位置に三人に並んで貰って、僕とセストのふたりで記念写真を撮る。
カメラ越しの子供たちは、三人ともちゃんと笑顔を浮かべていて、僕も頬を緩める。
「見せてくれますか?」
すぐに送るよ、と言おうと思ったけれど、ユーリエが覗き込むようにするほうが早く。
「うん。わっ」
そのユーリエがこちらへ向かって踏み出した瞬間、ゴンドラが風に煽られてぐらりと揺れて、なんだか柔らかいものが頬にぶつかったような。
「まあ。ユーリエったら、大胆ね」
「え、ち、違うの、シエナ、今のは」
シエナが大変興奮気味に、金の瞳を輝かせ、リュシィの視線はその温度を急降下させたようにも思え、ユーリエはなにやら戸惑っている。
「大丈夫? 口元を押さえたりして、ぶつけたりした?」
「い、いえ、なんでもありません」
真っ赤な顔のユーリエは、とてもなんでもないという様子ではなかったけれど。
しかし、詳細は教えてもらえず、なんだったんだ、と首を傾げた。




