ご褒美デートの遊園地 5
絶叫系の後、すこしのんびりしたいということで、薔薇の咲き乱れる庭園を散歩した。
紅に黄、白に黒、ピンクやオレンジ、青なんかの色とりどりの薔薇が、自分を見なさいと主張せんばかりにぎっしりと咲き誇っている。
「わぁ、すごく綺麗ですね」
ユーリエはしゃがみ込んで、そっと顔を近づけて、匂いを嗅いだりしている。
ところどころに立てられている看板には、棘があって危険です、と表示があるから、多分大丈夫だろうとは思いつつ、一応、注意はしておいた。
「危ないから触らないようにね」
ユーリエがそんなことをするとは思っていないけど、一応、保護者役(でいいよね?)としているのだから、迂闊な怪我には気をつけていないと。
治癒魔法ですぐに治すことはできるとはいえ、痛いは痛いんだし。
「そうよ。綺麗な薔薇には棘があるっていうでしょう?」
シエナが薔薇に手をかざしながら微笑む。
そうだね。リュシィもシエナもユーリエも綺麗な女の子だよね。
まあ、ユーリエとはまだ出会って数か月だから、そこまで――いや、手の届かない所の本を無理に頑張って取ろうとするような危なっかしいところはあるか。
「なにか言いたそうね、レクトール」
こちらの内面を見透かしたようなシエナに笑顔で見つめられ、まさか本当に考えていたことを話すわけにもゆかないし、正直に言ったら言ったで――そんなこと、考えるのも恐ろしい。
「たしかに薔薇には棘があるかもしれないけど、皆は、可愛い女の子だから」
他意はないよ、と僕は微笑んで誤魔化した。
棘がないとは言わないけど、とそんなことを口にしたりはしない。それこそ、言わぬが花、というやつだ。
「うまくなったものね」
「おかげさまで」
おろおろする僕を見たかったのだろうか、シエナは笑顔だったけれど、少し残念、とばかりに肩を竦めた。
この程度のことを躱せずに、リュシィやシエナと付き合ってはいられないからね。
「レクトール」
黒と白と黄色の薔薇の集まるところから、シエナに呼びかけられ、その両腕にはリュシィとユーリエが捕まっている。
シエナがなにをしたいのかはすぐにわかった。
「はい、これ」
とシエナに端末を渡される。
「あ、あの、じゃあ、これもお願いできますか」
「もちろん」
おずおずとポケットから自分のものを取り出したユーリエからも受け取って。
「リュシィは?」
「……後でレクトールが撮ったものを送ってくれれば、それで構いません」
結局、同じ場所での同じ構図の写真だからね。
「じゃあ、撮るからね」
セストは自身で端末を構え、僕は自分の分を入れて三台分、シャッターを切る。
機械の補正技術とは凄いもので、素人である僕が撮っても、それなりには映えそうなものが出来上がる。機械の補正技術というよりは、被写体のおかげという部分が強いのかもしれない。
「綺麗に撮れたと思うけど、確認してね」
僕の腕ではなく、機械の性能だけれど。
「リュシィ。もう少し笑ったら?」
「善処します」
「でも、ふたりともやっぱりとっても綺麗だね」
「あら、ユーリエだって、とっても可愛いわよ」
写真を送り終えれば、そんな会話が聞こえてくる。
「あの、すみません」
そんなユーリエたちの様子を眺めていれば、綺麗な――おそらくは友人同士だと思われる――女性(学生くらいだろう)四人組から声をかけられた。
「なんでしょうか?」
「あの、私たちも綺麗なこの場所を写真に残したいと思ったんですけど」
ああ、なるほど。カメラマン役に適当な人が見つからなかったのか。
「僕でよければ、お引き受けしますよ」
カメラマン役を引き受けるくらい、どうということはない。
リュシィたちも、しばらくはこの薔薇園を見てまわっているだろうし、セストもいる。
「先に行っていていいからね」
僕のためにこの場に留まらせてしまうのは申し訳ない。
そう断ってから、声をかけてくれた女の子たちの端末を受け取る。
「ありがとうございます。よければ、お礼にお茶でもご馳走させてください」
撮り終えて、それぞれ端末をお返しする際、そんな風に誘われたけれど、たかだかシャッターを切った程度で、そこまでされるのも。それに、僕には使命があるわけで、申し訳ないけれど、それに付き合っている暇はありそうもない。
だから、穏便にお断りさせていただこうと思っていたのだけれど。
「行きますよ、レクトール」
「レクトールさん。あちらで今、ショーを開いているということです。ぜひ、見にゆきましょう」
失礼します、とぺこりと女の子たちに頭を下げたふたり、リュシィとユーリエに手を取られ、引っ張られてゆく。
セストにあんまり長いこと(それほどでもないけど)三人のことを見ていてもらうのは、リスクがあるからな。いや、セストのことを信用していないとか、そういうことではなく、お目付け役がひとりだと、いざというときに大変だということだ。
「レクトールったら、こんなに魅力的な女の子が三人もいるのに、他の人に目移りするなんて、いけない人ね」
シエナが冗談めかして微笑む。
いや、目移りとかしてないから。そういう、危険なことを言うのはやめて。
「レクトール」
ほら、リュシィの機嫌が下降してるじゃないか。さっきのジェットコースターよろしく。
「あなたの役目はわかっていますよね」
「わかってるわかってる。僕から言い出したことなんだし、忘れたこととかないから。てゆうか、ここで皆を放り出してゆくはずないだろう。いや、別に、リュシィたちがいなかったらついていってたとか、そういうことでもないからね?」
そんなつもりは全く無かったとはいえ、不安にさせてしまったことは事実のようだ。
とりあえず、機嫌を直してもらおうと、近くの移動販売屋台に走り、シナモンの振りかけられた、長い棒状のドーナッツのようなものを三本、購入してくる。セストの分はいらないだろう。
「とりあえず、これで機嫌を収めてくれるかな」
食べ物で釣るなんて、我ながら安直かとも思ったけれど、効果はあったようだ。
「まあいいわ。許してあげる」
シエナは満足そうな顔で受け取ると、ひと口齧り、まあまあね、と感想らしきものを漏らした。
それから、口元についたシナモンを、持っていない手の指で拭うと、ぺろりと舐めとり。
「レクトールも食べる?」
なんて、差し出してくる。
まさか、指を舐めるかってことじゃないよね? そのお菓子のほうだよね?
「食べないの?」
「いえ。いただかせていただきます」
全部自分で食べたいんじゃ、とも思ったけど、差し出された以上、僕が食べることを望んだということなんだろう。
食べ過ぎると、体重でも――デリカシーがないとかなんとか言われそうだから、考えないでおこう。
「おいしい?」
「うん。おいしいよ」
とりあえずシエナは満足そうに微笑んでくれたので、ほっと胸を(心の中で)撫でおろしていると、続けて二本、同じお菓子が差し出される。
「あの、こちらもどうぞ、レクトールさん」
「先ほどのことは、後から考えれば、自分のことながら、少々理不尽にも感じられましたので、そのお詫びです」
ええっと、なんだかよくわからないけど、ふたりも僕に食べさせたいということかな?
せっかく、皆のために買ってきたというのに、僕なんかが食べてしまっていいのだろうか?
ともあれ、ふたりとも引くつもりはなさそうだったし、どことなく本気っぽい情熱というか、気迫というかが感じられたようにも思えたので、それに、可愛い女の子たちに食べさせてもらうというのも――別に変な趣味があるとかじゃなく、男として普通に――嬉しいことだったので、ありがたく、ひと口づつ、いただくことにした。




