ご褒美デートの遊園地 3
建物の中は薄暗く、迷路構造になっていて、チカチカと点滅する赤黒い光を頼りに進んでゆく。
内部は三本のルートに分かれていたけれど、これは三本とも通る必要があるということではなく、待ち時間の軽減と、途中で前後の別の組と遭遇しにくくするため、日ごとに配置などを変えることにより、慣れをなくすことができる、などという理由があるらしかった。怖さの段階によって分かれているということではないらしい。
「怖くないのなら、別々に行きましょうか」
直前になって、シエナがそんな提案をするけれど。
「でも、私たちは五人いるから、全員がバラバラっていうのは無理だよね。それに、順番をずらすと待ち時間も無駄にできちゃうし」
「ユーリエの言う通りです。せめて、ふたり組をふたつと、ひとりというように分けるべきでは?」
ユーリエとリュシィは反対のようで、僕もふたりの意見に賛成だ。下手に別行動をするのは、できる限り避けたい。
そして、リュシィがそんなことを言えば、シエナが「じゃ、リュシィはひとりで行ってね」と言い出すだろうことはわかっていたので。
「せっかく皆一緒に来ているんだから、一緒のコースを進んだほうが楽しいと思うな。それに、バラバラになるのは、安全面から考えても避けておきたいし」
ホラーハウスに対して楽しいという表現が正しい評価かどうかは別にして、一緒に遊ぶという観点から考えれば、そちらのほうが良いだろう。
「そ、そうですよね」
あきらかにほっとしたような様子で、リュシィが胸をなでおろす。
「言われてみればそうね。せっかく入っても、リュシィの反応が見られないんじゃ、面白さが半減だもの」
リュシィは先程から僕の腕を強く掴んでいて離れようとはしていない。
このまま、言ったとおりに、ふたりとひとりなんかのグループに分かれて進むことにするのなら、僕とリュシィが一緒に入ることになるのは確定だろう。それだと、シエナの望む光景を見ることはできないことになる。
まあ、その趣味は、できればいろいろと、控えて欲しいなとは思うけど。
僕たちの順番になり、五人とも一緒に同じコースに進みますと係員の人に告げ、廃校のようになっているコースに入ったところ、背後で甲高く、不気味な音を立てながら、勝手に扉が閉められる。
「――っ!」
寸でのところで声を出すことは回避できたらしいけれど、僕の腕を握るリュシィの手に、一層の力が込められる。
中では、トロッコなんかに乗って進むのではなく、徒歩で回るものであり、歩くたびにギシギシと、効果音なのか、それとも実際に老朽化しているのか、不気味な音が鳴り響く仕様だ。
ちなみに、明かりを灯すような系統の魔法の使用も禁止されている。それだと、このアトラクションの根本を揺るがしてしまうからだろう。
「ここの建物は建築基準を満たしていないのではないですか? こんなに不安定な足場を進まなければならない学校など、早急に改修するべきです」
「リュシィ。それはここの仕様なんだから、文句を言っても仕方ないよ」
文句を言うリュシィに、苦笑で返すユーリエのほうは、面白がっているという雰囲気ではないにしろ、そこまで怖がっている様子でもない。
なおシエナは、窓ガラスに映りだす人影にも、吹き付ける生暖かい風にも、ひたひたと背後から近づいてくるような足音にも、驚いている様子はなく、むしろ完全に楽しんでいる。
「きゃあっ!」
急に開いた扉から化け物が飛び出してきたり、あるいはがたがたと揺れる窓の外(この場合は中なのか?)から引きずり込むように手招きする無数の手だとか、どこからともなく響いて来る子供の笑うような声だとか、そのどれもに過剰なくらいに反応するリュシィは、このホラーハウスの製作者、あるいは提案者の、まさに望んだお客様となっていることだろう。
「いったい、これはどのような意図で作成されているアトラクションなのでしょう。対象に恐怖というマイナスの感情を与えるだけの建物など、そもそも、行楽地として作られているこの施設にとって必要ない空間なのでは?」
そんなホラーハウス系のアトラクションを全否定するようなことを言われても。
そんなに怖がるなら、やっぱり外で待っていればよかったのに。リュシィをひとりになんてしないし、そのときは僕も付き添ったのに。だって、リュシィがナンパとか、誘拐とかされたら困るし。
いや、ユーリエに望まれた相手役としてここへ来ている以上、ユーリエと離れるのは、ユーリエの希望に沿っていない行動となってしまうか。だとすると、僕もユーリエと一緒に入るしかなかったわけで、そうなると、リュシィにも選択肢はなかったように思える。
そもそも、明るい陽の下で、のんびりマスコットと戯れたりしていれば、怖いなどということもなかっただろう。
しかし、シエナに煽られて大人しく引き下がるような女の子じゃないしな、リュシィは。
「そうとは限らないんじゃないかしら。恐怖というのは、楽しいという感情の逆なわけだし、怖いもの見たさという言葉があるように、それだってある種の需要を満たしてはいるのだから」
「そうだよな。こんなアトラクションが成立して、三つもコースができるほどに人気なのがその明確な証拠だしな」
僕の腕にしがみついたまま、振り返って、後ろを歩くエストレイア兄妹を睨むリュシィ。
ただし、そこに普段の威厳は損なわれており、むしろ、微笑ましさすら覚える程だ。
それからも、恐怖を煽るような演出は続く。
棺桶の蓋を跳ね飛ばすようにして起き上がる吸血鬼、天井から滴り落ちるぬめぬめとしたゲル状のものや、赤い水を流す水道、うごめく壁、幻術の魔法によって(だろう)映し出される、しかし恐ろしいほどにリアリティをもった数々の障害を抜け。
「あ、あわわわわ」
そのたびに、急に飛び出してきた(ような演出の)怪物やらの姿に、リュシィは驚いてへなへなと僕の身体に縋りつくように寄り添ってくる。
完全に腰は抜けており、そんなつもりはないけれど、離せば立っていられないことは確実だろう。
「リュシィ大丈夫? パンツ買う?」
ユーリエが心配そうに(こちらは真剣に)声をかけ、シエナは吹き出すのを堪えている。
それに答える余裕すらなく、リュシィは固まっている。泣き出したりしないのは、せめてもの矜持か。あるいは、その段階はすでに通り過ぎているのか。まあ、リュシィが人前で泣き出す姿なんて、まったく想像できないけれど。
「ここは恐怖の館じゃなく、喜劇の館に改名するべきね。リュシィと入った場合においては」
「シエナ……あ、ほら、リュシィ。もうすぐ出口だよ」
ユーリエが、この先出口、と書かれた看板を見つけ、リュシィに笑いかける。
怖がらせるのが目的のホラーハウスで、わざわざそんな親切設計を? と思わないでもなかったけど、とりあえず、腕にしがみついてくるリュシィの力がすこし弱まったのは良いことだったので――いや、残念なのこと、かな?――励ますようにリュシィに声をかける。
「……私はもうなにも信じません。どうせ、あの看板も仕掛けかなにかに決まっています」
暗い表情で呟くリュシイ。
目からは光が失われていて、これはまずい。
「いや、でも、案外正しいと思うよ。このアトラクションの予想所要時間ともほとんどぴったりだし、もうそろそろ終わりであることには間違いないよ」
まあ、そこまで含めて演出である可能性は高かったけれど、
「……そうですね」
と、あからさまにほっとしたような表情を浮かべるリュシィに対して、それを告げる気にはなれなかった。
そして、出口、と矢印の向けられた、光の漏れ出ている扉に手をかけたリュシィは。
「――っ」
開いた瞬間、声にならない悲鳴を上げて、その場にへたり込んだ。
案の定、そこは出口ではなく、まだアトラクションの途中であり、先程の、もうなにも信じない、と言ったリュシィの決意? を補完するには十分な演出と言えた。
「……ええっと、パンツの替えはいる?」
「いりません!」
アトラクションを出たところで、リュシィの叫びが響いた。




