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ご褒美デートの遊園地(ただしふたりきりではない)

 昨夜ユーリエから届いた予定のメッセージのとおり、時間に間に合うように寮を出る。

 車で向かうのではなく、待ち合わせであるユーリエの家までは徒歩だ。そこから、エストレイア家の所有する車のひとつで向かう予定になっている。運転手はセストだ。 

 僕の車だと四人しか乗ることはできないし、本当にセストを省いては可哀そうだ。というより、シエナももともとそんなつもりはなかったらしく、シエナからの追加のメッセージでちゃんとセストが車を出してくれるという文言も添えられた。

 フラワルーズ家が見えてくると、家の前ではすでにふたつの人影が待っていて。


「レクトールさん」


 僕に気が付いたユーリエが、ぱっと顔を輝かせ、つられるように、リュシィもこちらを振り向いた。


「おはよう、ふたりとも早いね」


 さすがにシエナたちが来るのには間に合ったようだけど。

 ユーリエは花柄のラインがあしらわれたピンクの半袖のワンピース、リュシィは白い半袖のブラウスに、ピンクのカーディガンとそれと同じ色のプリーツの膝上のスカートを合わせている。

 

「えへへ。楽しみであんまり眠れませんでした」


 ユーリエがはにかんだような笑顔を浮かべ、それだけ喜んでもらえているのなら、乗った甲斐もあったというものだ。


「あの、レクトールさん。今日は私のお願いを聞いてくださって、ありがとうございます」


 言葉にこそしなかったけれど、御迷惑だったのでは、というような雰囲気が伝わってきて。


「全然。僕もユーリエたちと一緒に遊びに出掛けられて嬉しいよ。遊園地なんて、久しく、行ったこともなかったからね」


 基本的に、休日は家で、文字通り、のんびりと休むことにしている。

 新人の仕事は忙しいし、ひとりでわざわざ出かけようとも、もしくは他人を誘うなんてことも、考えたこともない。

 しいて言えば、リュシィと出かけることはあるけど、それも近場の、精々公園とか、カフェとか、そんなものだ。


「あっ、そういえば、ユーリエの御両親には挨拶したほうがいいのかな」


 娘さんをお預かりしますって。

 母親のサリナさんにはこの前送ったときに挨拶をさせていただいたけれど、御父上にはまだ済ませていない。

 

「ユーリエ。構わないかな?」


「はい、ぜひ。両親を紹介しますね」


 嬉しそうな顔でユーリエは家の中へと戻ってゆき、すぐに、おふたりを連れて戻ってきた。

 ユーリエにそっくりな女性が、母親であるサリナさん。やせ型の、優しそうな顔の男性が、御父上であるアルフさんとおっしゃるらしい。


「レクトールさん。今日はユーリエをよろしくお願いします」


「はい。必ず、お嬢さんのことはしっかりと見させていただきます」


 挨拶されたサリナさんに礼をもって返すと。


「ユーリエはずっと今日のことを楽しみにしていたんですよ。家で話すのはレクトールさんのことばかりで」


「お母さんっ」


 恥ずかしがったユーリエに赤い顔で言われ、うふふ、と頬を緩ませたサリナさんは、アルフさん共々、頭を下げてこられ、ふたたび頼まれてしまった。


「心配なんだね。ユーリエのこと」


 ひとり娘として、大切にされているらしい。

 この前の(前回ではなく、その前の)パーティーでのことを伝えたほうが良いのかな、いや、もう解決したことだし、余計に心配はさせないほうが良いだろう。なにも聞かれなかったということは、ユーリエもそれを望んでいなかったということだろうし。

 

「素敵な御両親だね」


「はい。ありがとうございます」


 隣から視線を感じて顔を向ければ、リュシィがジトっとした目を向けてきていた。

 そんなにデレデレとしていた覚えはないんだけれど。


「べつに、リュシィの御両親が素敵じゃないとは言ってないし、そういうことでもないよ?」


「私はなにも言っていませんし、レクトールが気にし過ぎなだけです」


 そしてまた、ツンとすました顔で、そっぽを向いてしまう。

 

「あ、そうだ。言い忘れていたけど、ふたりともとっても似合っていて可愛いね」


 挨拶やらなにやらで、すっかりすっぽかしていたけれど、女の子がお洒落をしていたら褒めるのが当然だ。

 なにも感想を言っていないの? とシエナに怒られることを危惧したわけではない。それは、もうずいぶん前に済ませている。


「レクトールさんも恰好いいですね」


 いや、僕はそんなお洒落なんか気にしたことはないし、フォーマルな恰好のスーツとかには、多少、気をつけてはいるけれど、褒められるようなことはないもない。今日だってごく普通のポロシャツと長ズボンだし。

 しかし、ここで、そんなことはないよと否定してみても、ユーリエがさらに、そんなことないです、と食い下がって来るだろうことは予測できた。そのくらいには、このユーリエという少女とも、一緒にいるということだろう。


「ありがとう」


 だからそう口にして微笑めば、何故だかユーリエはぱっと顔を紅くして、おろおろと左右に首を振る。その隣で、リュシィが疲れたように溜息をついていた。


「リュシィ? 出かける前だけど、今日は体調悪い?」


 ここまで来ているのだから、そんなことはないのだろうけれど、一応、聞いてみる。

 もし、なにかあったら大変だし。


「そのようなことはありません」


「リュシィ? 溜息をつくと幸せが逃げて行くんだよ」


 ユーリエも心配そうにリュシィの顔を覗き込むけれど、どこかずれているようだ。

 

「待たせてしまったかしら?」


 それから数分後、黒いノースリーブのシャツに青と白のチェックのスカートをはいたシエナが、大きな車から姿を見せた。

 エストレイア家――正確にはセストの所有の、黒塗りのいかにもな高級車から降りてきたシエナは、長い黒髪を手で払い、優雅に微笑む。運転席の窓を開けて手を挙げてきたセストに、僕も返事をして。


「じゃあ、さっそく行きましょうか。時間がもったいないわよね」


 時間的には、まだ日が昇る前という、かなり気合の入った時間に集合している。

 にもかかわらず、いや、だからこそか、シエナはかなり張り切っているみたいで、時間から考えても、開園と同時くらいには入場するつもりでいるのだろう。

 エストレイア家の大きな車の後部座席は、ぐるりと円を描くでもないけど、そんな形で配置されていて、初等科の女の子たち三人を、僕は先に車内へ通す。


「あら、レクトールもこっちよ」


 あとはごゆっくり、と僕はセストの隣の助手席に乗り込もうとしたのだけれど、最後のシエナに腕を取られて引っ張られてしまう。


「え? あれ、でも……」


 それは、いいのだろうか? せっかくなら、水入らずの時間を過ごしたいんじゃ?

 しかし、セストは目線でそっちに座るようにと促してくるし、どうやら、エストレイア兄妹のなかでは、もともと、そういうつもりだったようだ。


「レクトール。こんなことで時間を無駄にするつもり?」


「いや。すこし驚いていただけだよ。構わないというのなら、お邪魔させて貰おうかな」


 案内された順番の通り、最後の、シエナの隣に僕が腰を下ろして、扉を閉めたところで、車がゆっくりと発進する。

 それはそうと。


「ふたりとも、どうかしたのかな?」


 心なしか、僕の勘違いかもしれないけど、リュシィとユーリエがなにか言いたそうな顔をして、シエナと僕のことをじっと見てきていた。


「……いえ、なんでもありません」


「いいなあ、シエナ。私もレクトールさんの隣が良かったなあ」


 ふたりの声が重なる。

 それを受けてシエナが楽しそうに笑顔をみせる。


「リュシィは素直じゃないわねえ」


 その笑顔は、面白がっていることを隠そうともしないものだったけれど。

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