パーティーリベンジ 4
ユーリエのためにも、ホストであるエストレイア家のためにも、そして彼ら彼女らのためにも。
もちろん、その場にいてなんで止められなかった、と僕が(もしかしたらセストも)怒られることになる、そして、罰を言い渡される、という展開も懸念しなかったわけではないけれど、それよりも、ユーリエの身の安全のほうが何倍も大切だ。
「まずは理由を教えてくれるかな」
この場で僕に止められたから、という理由だけで中止したというのなら、またどこか別の場所で――それがあるのかどうかはわからないけれど――同じことが繰り返される可能性は高い。
このパーティーに出席していて、魔法が使えるということは、彼女もユーリエたちと同じ、ルナリア学院の生徒なのだろうから、明日明後日にでも、確実に顔を合わせることになるだろう。もしかしたら、同じクラスなのかもしれない。
この前のあの子……マグリアさんとの関係はあるかもしれないし、無いかもしれない。けれど、どちらにせよ、こうして二度目が起こってしまった以上、これから先も誰かが同じ気を起こさないとも限らない。
そんな事態は絶対に避けなくてはならない。
だから、ここでしっかりお互いの言いたいことを――ユーリエのほうにあるかどうかはわからないけれど――言い合って、和解でもないけれど、良好な関係を築いて欲しい。やはり、喧嘩ばかりしていがみ合うより、好意や友情などといった、プラスの感情での結びつきのほうが絶対に良い。
「責めようと思っているんじゃないよ。大人に押さえつけられてもそれは意味がないからね。ただ、せっかくルナリア学院に通うもの同士、先輩として、後輩には仲良くしていて貰いたいと思うものなんだよ」
ただでさえ、魔法師というのは数が少ないのだから、こんなくだらない――当人たちにとってはいたって真剣なのかもしれないけれど――ことでエネルギーを消費するより、互いに切磋し合うほうが建設的だと思うんだよね。
まあ、僕だって初等科の頃にそんなことを言われても良くわからないと放り投げただろうし、そもそも取り合わなかった可能性もあるから、偉そうに言う資格なんてこれっぽっちもないのだけれど。
それはともかく。
正直、前回のことも併せて考えるなら、厳重注意以上のことが必要だったかもしれない。
しかし、ここで僕が理性をなくしてしまえば、それは一方的な叱責になってしまう。
他人を、明確な意思を持って害そうとしたのだから、それなりの罰はあるべきだというのが一般的な意見ではあるのかもしれない。
それでも僕は、きっとまだ致命的ではないと思っている。いや、思いたい、かもしれない。
矛盾するようだけど、彼女たちはまだ初等科の生徒なんだ。大人だって人間関係、対人関係で失敗をするんだから、それよりもっと幼い彼女たちに、完全に理性で行動しろというのは、ちょっと酷だ。
「どうしたら、仲良くできるのかな」
僕は教師じゃないんだけどな、と思いつつ、この場での僕は仲介役だ。
笑って握手で解決できれば、それが一番だろうけれど。
もちろん、どうしても受け入れられない相手、たとえば価値観が全然違うとか、生理的に無理だとか、対立する理由はあるだろう。
でも、彼女たちはそうじゃないはずだ。
まだ、感情の爆発に過ぎず、未熟ゆえの暴走だ。
「……ぽっと出のその子が、リュシィ様やシエナ様と一緒に仲良くしているのが、羨ましくて」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、僕は思わず、そんな場合ではないにもかかわらず、口元をほころばせた。
正直に話してくれたこともそうだけれど、悪意からのことではなくてほっとしていた。許せなくて、なんて言われたらどうしようと思っていたところだ。
「……私は、もっと、ずっと前からリュシィ様やシエナ様のことは、御見かけして、お慕しているのに、声をかける勇気もなくて、それなのに、この子はすんなりとおふたりと仲良くしているから」
その言葉を皮切りに、他の子たちも同意を示し始める。
リュシィやシエナには及ばなくとも、彼女たちもそれなりの家柄で、だからこそ、ユーリエよりも、身分というか、家柄というか、そういったものの差を最初から感じていて、しり込みしていたのだという。
僕は学生時代、そんな話にはとんと無縁だった(リュシィたちとの関係ではなく、学院の友人という面で)ために、そういった心の機微は、ほとんどわからない。
そういうこともあるものなんだと理解はしていても、実際の気持ちまではわかっていない。
加えて、彼女たちとも今がほとんど初交流であるため、心の内までなんて、知りようもない。
だから、僕にできることはただひとつ。
「それなら、やっぱり、直接言うしかないんじゃないかな?」
というより、コミュニケーションなんて、大抵はそうだろう。
「え?」
なんのことだかわからないという表情を浮かべる彼女たちに、僕は笑顔で。
「そういう気持ちは、心の内だけに秘めていても、伝わるはずがないからさ。言いたいことがあるのなら、それがどんなことでも、直接言わなくちゃ。そのために言葉があるんだから」
言わなくてもわかってくれる、なんていうのは幻想だ。
もちろん、本当に親しい相手――夫婦だとか、相棒だとか、恋人だとか――ならば伝わることもあるのかもしれないけど、大抵は伝わらないことのほうが多い。というより、ほとんどの場合は伝わらないか、誤って伝わってしまう。
テレパシーだかって魔法があるのなら別だけど、今のところそれはないわけで、だからこそ、僕たちだって通信端末を持ち歩いているわけだ。
閑話休題。
「コミュニケーションの基本は言葉――会話だよ。リュシィだって、シエナだって、同じ人間なんだから」
どこか別の惑星だとか、そうでなくても、別の国、別の時代というわけでもないんだし、今、普通に使っている言葉で意思の疎通はできるはずだ。
「勇気がないと言っていたけれど、残念ながら、そればっかりは後押しできない。個々人の、胸の内の問題だから。でも、その前段階までなら、手を貸すくらいはできるよ」
友人なんて、くだらない話で馬鹿みたいに盛り上がって、一緒に学院に通ったり、同じ部活に打ち込んでいるうちに、自然となっているものだけど、それが難しいというのなら、第三者である僕でも、橋渡しくらいの役には立てると思う。
「でも、そんなこと、いまさらリュシィ様にどんな顔をして……」
ちらちらとユーリエの様子を伺っているのは、リュシィの友人――ユーリエに対して、なにをしたのかという自覚があるという証拠だろう。
それなら、大丈夫。
反省ができるのなら、謝ろうという気持ちがあるのなら、そして同じ気持ちでいるのなら。
「ユーリエ・フラワルーズです」
ふわふわの金の髪に、青い瞳の女の子は、眩しいくらいににこりと微笑んだ。
「良かったら、これからも仲良くしていただけ……貰えますか」
まだすこし硬さが残る声で告げるユーリエを、僕はとても眩しい気持ちで見つめていた。
つい今しがた、自分に対して害をなそうとした相手に対してこんな風に笑って手を差し出せるなんて、もしかして、天使かな?
そして、ユーリエは彼女の手を引いて会場へと戻って行く。
僕の手助けなんて、全く必要なかったな。むしろ、余計なお節介だったかもしれない。たしかに危ない場面ではあったけど、僕なんかの手出しはなくても、ユーリエならきっと彼女たちと素敵な関係を築けたはずだ。
いや、というか、僕は手なんかなにも貸してはいないな。ユーリエが自分で頑張った成果だよ。僕がなにかしたなんて、おこがましいにもほどがある。
「とりあえずは、一件落着かな」
僕もユーリエたちの後を追って、会場へと戻った。




