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パーティーリベンジ 3

 ようやくリュシィへの顔つなぎというか、おべっか、おべんちゃらがひと段落したのは、小一時間ほど経過してからだった。

 なにをそんなに必至になって、と一般人の僕からすれば思うのだけれど、誰でも生きるのには必至なんだし、ある程度は仕方のないことなのかもしれないと諦めてもいる。

 しっかりしているリュシィにはやりたいことはあるだろうし、あるいはかなり具体的な展望まで決まっている可能性もある。もしなくても、この先きっと見つかることだろう。

 しかし、そんなリュシィの事情は相手方には関係がないし、他人によく思われたいというのは人間として普通の、一般的な感情だろうから、止めようもない。

 僕なんて隣に立っているだけでも精神的にかなりくるものがあったというのに、変わらず涼し気な表情を浮かべているリュシィは流石だ。シエナやセストもそんな感じだから、金持ちというのはそういう種類の人間なのかもしれない。

 

「リュシィ、大丈夫? 疲れてない?」


 もちろん、リュシィがこんな程度のことで疲れているとは思っていない。

 

「平気です」


 表情ひとつ変えずに平坦な調子で言い切るリュシィはいつも通りではあったけど、その表情は険しい(まあ、それもいつも通りといえばそうなんだけど)ままで。

 おそらくユーリエのことを気にしているんだろうなとは想像がつく。

 同時に、今回はユーリエのリベンジの場なんだから、過干渉になるのは良くないだろうとも考えているのだろう。

 まあ、僕のほうは毎回緊張しているんだけど。

 すでに少なくない数、こういった場には出席しているけれど、いまだに慣れない。多分、慣れる日もこないだろう。


「ちょっと、手を洗ってきていいかな」


 僕は魔法師だから、当然、自前で水を調達することもできる。

 しかし、こんなパーティー会場であからさまに魔法を使うわけにはゆかないし、魔法省の職員である僕が積極的に――たとえ、手を綺麗にするというだけのことではあっても――そんな程度のことで規則を破るわけにもゆかない。


「どうぞ、ご自由に」


「なるべく早く戻って来るから」


 そう断って、化粧室へと向かう。

 エストレイア家には何度もお邪魔させて貰っているし、建物の内部構造で迷うことはない。もちろん、僕の知らないギミック的なものがなければ、だけど。遊園地でもないのだから、ありえないはずだけど。

 さすがのローツヴァイ家であっても、化粧室が男女で分かれているということはない。巨大ではあるけど、個人邸宅なわけだし。

 

「あっ、すみません」


 だから、部屋までたどり着いたところで、丁度中から相手が出てくるところだということもあり得るわけだ。


「いえ、こちらこそ。レクトールさん」


 名前を呼ばれて気が付いたのだけれど、中から丁度出てくるところだったのはユーリエだった。

 なんとなく気まずいような気がしないでもないけど、気にしないことにする。


「あの、それで、すこし伺いたいことがあるのですが……」


 後ででいいです、とユーリエはわずかに頬を赤らめた。 

 そのことに深く追求はせず、僕も言い訳をすることはしないで。


「じゃあ、ちょっと待っててくれるかな」


 入れ替わる形で、化粧室へと入り、用事を済ます。

 とはいっても、手を洗うだけだからそれほど時間がかかるわけではない。

 ユーリエの聞きたいことってなんだろう、と思いを巡らせつつ、手を拭きながら外へ向かうと、なんだか言い争っているような声が聞こえた。

 悪い予感はしたけれど、さすがにエストレイア家の主催のパーティーで滅多なことはしないだろうというと推測もでき。  

 しかし、僕たちの楽観的な予測は裏切られた。


「あなた、いったいどういうつもりですの?」


 会場である部屋から反対方向へと進んだ廊下の端で人だかりが――それほど大きくはなかったけれど――形成されていた。

 聞こえてきたのは女の子の声だったけれど、見たところ、男の子も混ざっているようだ。


「えっと、どういうつもりというのは」


 囲まれている人の姿は見えないけれど、声はよく知っている女の子のもので。


「とぼけないでくださいますか? どういうつもりで、リュシィ様たちの隣に立っているのかと尋ねていますのよ」


 糾弾しているほうの声も、よくよく思い返せば、最近聞いた覚えのあるものだ。

 即座に助けに入るべきだろうと決めた僕の足を止めたのは、続いて聞こえてきた、凛とした声だった。


「つもりとか、そんなことじゃなくて、ただ、リュシィとは友達だから隣にいるだけです」


 ごく普通の、いつも聞いているのと同じ調子のユーリエの声。

 ただそれだけの内容にもかかわらず、僕は感動していた。


「友達ですって? あなたが? リュシィ様の?」


 かすかに嘲るような雰囲気の混ざった笑い声。

 

「あなた、あの方がどんな方か御存知ないの?」


「知っています。ルナリア学院初等科六年一組、出席番号二十九番、銀色の長い髪にちょっときつめの紫の瞳が綺麗な女の子です」


 それから負けず嫌いで、スレンダーなのを気にしていて、ダンスや楽器もとっても得意で、とユーリエがリュシィを褒めるのは留まるところを知らない。一部、それは褒めているのか? と思えるところはあったけれど、それはきっと、ユーリエ自身が、リュシィに個人にどれだけ好意を抱いているのかということを表していて。

 

「そういうことではありませんわ。身のほどを弁えろということですわ」


「そうですわ。庶民は庶民らしく、つつましく過ごしてくださいということです」


「本当ですわ。取り入ろうとしたりして、卑しくて、そのうえあさましいですわ」


 そんな彼女たちからの心無い言葉を聞いても、ユーリエは反論しようとしない。

 おそらくは、戸惑って、混乱しているのだろう。

 ユーリエ自身にはそんなつもりは全く無いのだし、そもそも、なんでそんなことでそこまで言われて非難されなくてはならないのかと、現実感なく思っていることだろう。


「なんとか言ったらどうなの?」


 正面に立つ御令嬢が、右手を振り上げる。

 ユーリエが個人で対処できるのなら、見守るだけにしておこうかと思ったけど、さすがにそれは見過ごせない。

 なぜなら、彼女から、わずかに魔力を感じるからだ。

 

「ユーリエ」


 僕は声をかけながら、通路の角から乗り出した。

 その場にいた全員の顔をこちらへ向けられ、顔を驚愕に染めた後、さっと血の気が引いたように、取り囲んでいたほうの御令嬢たちがおろおろとし始め。


「あ、う、レ、レクトール、様」


 身分的には(このリシティアには身分制度なんてないけれど)彼女たちのほうが上流であるにもかかわらず、こんな風になってしまうのは、僕がリュシィの婚約者だからだろう。ほかにも、大人と子供という部分もあるかもしれないけれど。

 彼女たちを一瞥だけしてから、僕はユーリエへと注意するような視線を向ける。もちろん、ユーリエに非がないことはわかっているけれど。


「ユーリエ。今日は、僕たちのうちの誰かひとりの傍からは離れないようにって言ってあったよね」


 それがどうしてこうなっているんだろう? シエナはちゃんと見ているって言っていたのに。

 それから彼女たちのほうへと向き直り、というより、両者の間に立ち入って。


「きみたちも。この前もそうだったけど、どうしてこんなことをしでかしたりするのかな。直接言いに来たところは、まあ、良いとしよう。でも、そもそも、さっききみたちの言っていた理由は全然違うというのは、きみたち自身、わかっているんだろう?」


 それに、未遂ではあったけど、あのままだったら暴行罪もついていたところだ。それが魔法によるものだというのは、なお悪い。

 暴力に、魔法も、素手も、あるいは武器も、関係はないのだけれど、一応、このリシティアでは魔法による刑罰が最も重く取り締まられている。それは、このリシティアには、魔法師と、非魔法師が両方暮らしているからだ。 

 魔法は、正しく使えば便利なものだけど、そうでなければ、特に使えない人たちにとっては、一方的な脅威となる。

 そうならないよう、魔法の使用取り扱いに関する法律は、この国でははっきりと、厳格に取り決められている。

 そうなる前に止められてよかった。



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