パーティーリベンジ 2
エストレイア家の使用人の方たちに案内されて、招待客が姿を見せる。
すでに会場はばっちり準備されていて、並べられたテーブルの上には料理も綺麗に飾られている。
なんのパーティーという名目なのかは不明だけど、おそらくは普通の、社交、情報交換、そういった類のものだろう。
まあ、理由なんてどうでもいい。要するにユーリエの成長を確かめられれば(あるいは自尊心の回復か?)いいんだから。
しかし、念のため、もう一度確認しておこう。
「リュシィ」
「レクトールの言いたいことはわかっています。しかし、問題はありません。理由もすぐにわかります」
そう言って顔を上げたリュシィの視線の先を辿って行けば、会場の奥のほうにグランドピアノが設置されているのが目に入った。
「わかった。リュシィが演奏するってことだね」
リュシィは、ええ、と頷き。
「私がそうしていれば、レクトールも約束のことは気にせず、ユーリエとのダンスをこなせるでしょう」
それを気にするのは、僕じゃなくて、その光景を見ることになる人たちのほうだと思うけれど。
会場に入ってきた人たちは、まずホストであるレイジュさんとメノアさんのところへ挨拶に、それから、リュシィ(と僕)のところへも顔を出される。
その辺りの受け答えはいつも通りだし、大抵はリュシィがしてくれるので、僕の役目といえば、隣でにこにことしているくらいだ。
「そういえば、今日はリュシィ様が演奏されると伺っていますが」
「演奏会以外でリュシィ様の演奏が拝聴できるなんて、光栄ですわ」
「ダンスの曲になるのですよね」
挨拶に来られた人たちの中には、前回のパーティーに参加していたい人もいるのかもしれない(というより、声をかけられたのでいるのだろう)けれど、どうやらユーリエのことを覚えている人はいなかった。
これは喜ぶべきことなのか、それとも励ます、あるいは慰めるべきなのか。
当のユーリエはそれどころじゃない様子だけど。
「私はそろそろ向かわなくてはなりません。レクトール、後は頼みましたよ」
しばらくして、ひと通りの挨拶やらが終わると、僕と、隣のユーリエに視線を向けてから、リュシィは会場の奥、グランドピアノのほうへと歩いて行く。
「お集まりくださった皆様。本日はありがとうございます」
ピアノの前でレイジュさんが挨拶を始めると、会場にいる皆の視線がそちらへと向けられる。時候の挨拶でもないけど、なんだかんだと話があり。
「――そして、こちらにいらっしゃるのが、本日、最初の演奏者を務めてくださる、リュシィ・ローツヴァイ嬢です」
リュシィが見事な仕草で一礼すると、感嘆のため息が漏れて聞こえてくる。
エストレイア家のパーティーとはいえ、ここへ呼ばれるような人で、ローツヴァイ家を御存知でない人もいないだろう。
それではお楽しみください、とレイジュさんが締めくくれば、リュシィが流れるような、透き通った旋律を奏で始める。
もちろん、これはダンスのための曲なのだけれど、しばらく、茫然とした様子で見入っていた人たちもいた。
その中で。
「僕と踊ってくれますか」
打ち合わせ通りというか、僕がユーリエに手を差し出せば。
「はい。よろしくお願いします」
先程のリュシィに勝るとも劣らない優雅で見事な挨拶を見せてくれた。
練習の成果は十分過ぎるほどだ。
ちなみに、今リュシィが演奏している曲も、ユーリエの練習に使用した曲だ。少しばかりずるでもないけど、このくらいの特権はあってもいいだろう。慣れている曲のほうが踊りやすいのは当然だ。
ただし。
「ユーリエ。表情が硬いな。もう少し笑ってくれると嬉しいな」
もちろん、真面目なのは良いことだけど、できることなら、楽しんだほうがいい。ユーリエがダンスのことが好きじゃないというのなら話は別だけど、練習のときの様子からも、別段、そのようなことは思えなかった。
「す、すみません。なんだか、緊張してしまって」
真面目だなあ。
失敗は、そりゃあしないほうが良いだろうけど、気にしないのに。
とはいえ、このままだといずれ張りつめていた気が切れて、倒れてしまうかもしれない。なにか手はないものか。
「大丈夫だよ。僕やリュシィ、それにシエナやセストも、今日は誰かがユーリエの傍には絶対ついていようと思っているから、この前みたいなことにはならないよ」
そう告げれば、ユーリエが余計に暗い顔になってしまう。
余計な苦労を、なんて思っているんだろう。
「ユーリエ。パーティーっていうのは、楽しむためのものなんだよ。それに、親しい相手といて楽しくない人なんていないんじゃないかな」
すくなくとも、僕はこうしてユーリエと一緒にパーティーに参加できて、楽しいと思っている。
成長の見てとれるユーリエの相手役を務めさせてもらっているのも嬉しいし、この短期間でよく、と自慢したい気持ちでいっぱいだ。僕が特別何かしたわけじゃなく、リュシィとシエナの指導の、そしてなにより、ユーリエ自身の努力の結果だから、おこがましいにもほどがあるけれど。
「彼女たちがいるのが心配なのかもしれないけど、毅然としていれば大丈夫だよ。対処方法は、たくさん練習したよね」
本来、相手に常識があれば必要のない練習だったのだけれど、相手が非常識であることは前回のパーティーからわかっている。
飲み物をこぼされたとか、足を引っかけられたとか、さすがに暴力はないだろうけれど、あらゆる状況を想定していた。
正直、相手にしないというのが一番であることはわかっているのだけれど、今回に限ってはそういうわけにもいかないからな。
まあ、絡まれないのが一番であることには違わないんだけど。
あまり気負わせるつもりはない。ユーリエが自然体でいれば大丈夫だということは、十分に理解している。
それに、エストレイア家のパーティーでそんなことをしでかす輩もいないだろうと。正面切ってエストレイア家のメンツを潰そうとするような考えの持ち主がいるはずもないだろう。いるとすれば、相当な愚か者か、余程空気の読めないかのどちらかだ。
リュシィの演奏が終わり、拍手が沸き起こる、もちろん、僕もユーリエも、思い切り、心から手を叩いた。
「ごめんね、ユーリエ。ちょっと抜けるから」
「いえ。ありがとうございます」
自分で見ていられないのは心配ではあったけれど、僕も自分の役目を果たさなければならない。
それに。
「レクトール。こっちのことは私に任せておいて、さっさと御機嫌取りをしてきなさいな」
そう寄ってきたのはシエナだ。セストの姿が見えないことから、あっちはあっちで、いろいろと対応に追われているのかもしれない。ホストの長男だし、仕方ないことだけど。
「御機嫌取りって……まあ、とにかく、任せるよ、シエナ」
シエナに任せておけば、大丈夫だろ。多分。こんなところで悪ノリするような子じゃあないはずだ。
いってらっしゃいと、ひらひらと手を振るシエナに断りを入れ、僕はリュシィの下へと向かう。
演奏の終了から、案の定、すぐに囲まれていたリュシィの元まで、人をかき分けるようにしながら、辿り着く。
途中で、見知った顔の(とはいえあまり親しいというわけでもないけれど)人物とすれ違うけれど、あっちのことは任せておいて大丈夫だろう。セストとシエナが上手くやってくれるはずだ。
「やはり婚約者殿、羨ましいですなあ」
僕がリュシィの横に並べば、羨望、だけではない感情の見受けられる視線がぶつけられる。
中には、自分の年齢考えろ、あんた妻も子供もいるだろ、みたいな人物まで、リュシィに下心の透ける視線を送ってきていて、正直、良い気はしない。むしろ、不快まである。
気付いていないはずもないだろうけれど、リュシィは気にしていない(少なくとも表面上は)様子だし、あまり出しゃばり過ぎるのも良くはないんだけど。
相手も、議員だとか、会社の重役だとか、無下にもできないし。
「ええ。リュシィは世界一、素敵な女の子ですから」
だから、そんな視線には気が付かないふり、というか無視して、僕も笑顔で対応する。




