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ユーリエの特訓 7

 そのまま三人は、明日のための準備ということで、今日は(というより今日から)一緒にお泊りらしい。場所は、明日の会場にもなるエストレイア家だ。 


「レクトールさんもご一緒にいかがですか?」


 無邪気そうなユーリエの提案はとても魅力的で、ぜひとも、明日の対策を立てる(今までもいろいろやってはきているけれど)という意味でも、参加させて貰いたいのは山々だったけれど。


「僕は遠慮しておくよ。まだ、しなくちゃならない仕事も残っているからね」


 午前中の仕事とは別に、午後には午後で、新たに発生した案件の処理だとか、午前中に切り上げた(半端にこなしてたわけではなく、きりの良いところだった)仕事がある。

 それに、初等科の女の子たちと一緒の、しかも三人もの(ひとりであれば別というわけでは決してない)同じ屋根の下でひと晩を明かすというのは、まったく下心はない――これも失礼になるのだろうか?――とはいえ、問題もあるだろう。

 

「あら。それなら終わるまで待っていましょうか?」


 シエナが、本気とも、からかいとも、どちらともつかない調子で提案してくる。

 

「いや。気にしてくれなくて大丈夫だよ。三人、水入らずのほうが話も弾むんじゃないのかな」


「私としては、レクトールもいたほうが面白くなると思うけど?」


 シエナが意味ありげな視線をユーリエとリュシィへ向ける。

 そうかなあ? 初等科の女子生徒三人の中に入って会話を弾ませられる気はまったくしていないんだけど。

 男である僕はいないほうが、気楽だろうし。


「そうかしら。リュシィがせっかく勝負下着を持ってきているのに。残念じゃないの?」


「なんですか、それは! そんなもの、持ってきてはいません!」


 魔法省の、内部外部問わず、人がいないわけではないエントランスでそんなことを口にされ、真っ赤になるリュシィ。

 その表情は非常に珍しいものではあったのだけれど、ここで興味をもってしまっては、シエナの発言にそそられていると誤解を招く恐れがある。


「そうだったわね。そもそもリュシィのサイズじゃ、必要なかったものね」


「シエナ!」


 とうとう叫ぶリュシィ。

 幾人か、通りがかりの人たちが振り返るけれど、なんでもないですよという風に笑顔を向けておけば、そのまま通り去ってくれる。

 

「あの、リュシィ。その、小さくても、つけておいたほうが形が崩れにくいって言っていたよ」


 ユーリエのその発言は、天然なのか、それとも煽るつもりなのか。まあ、ユーリエの性格を考えれば、後者ありえないだろうけれど。

 とはいえ、そのサイズに関しては、ユーリエのほうがリュシィよりもあるので(リュシィにほとんど膨らみが見られないだけだという意見もある。もちろん、本人には絶対言えないけれど)結果的に煽っているようにとられても仕方ないかもしれない。


「私は、そんな勝負など、するつもりはありません。そもそも、なんの勝負なのですか」


「それはもちろん、レクトールに大事なあれを貰ってもらう権利をかけた勝負よ」


 そして、当たり前のように、さらりと僕を巻き込む。

 それはむしろ、罰ゲームなのでは。いや、そもそも、僕はそんなことに賛同した覚えはないけど。


「なっ――」


 案の定、リュシィの肩がわなわなと震え、それからシエナを睨みつけ。


「噂になるような、ふしだらな行為を認めるわけにはゆきません。ユーリエの決戦前だというのに、余計な、不利な情報を相手に掴ませたいのですか、シエナ」


 リュシィの追求にもシエナはどこ吹く風で、むしろ楽しんでいる様子だ。


「あら。私はただ、活力になるお弁当の話をしていたのに。エネルギーのチャージは大切よ? ウナギとか、山芋とか、生牡蠣やスッポンの血なんかも良いって聞くわね。それとも、リュシィはなにを想像したのかしら?」


 それは、運動のエネルギーの話だよね?

 たしかに食事は大切だと思うけど、つい今しがた食事を終えたばかりであろうはずの相手に振る話題として適切かどうかは、疑問があるところだ。

 それに、食材のチョイスも。 

 つい先日、押されると弱いと判明したシエナだけれど、だからといって、自分が押さなくなったということでもないし、そもそも、リュシィがそういう話題でシエナを押せるはずもない。


「そうなんだ。知らなかったよ。ウナギとか、山芋とか、生牡蠣が身体にいいんだね。レクトールさん、今度お弁当を差し入れするときには、それらを使ってみますね」


 ユーリエはひとりで納得したように頷いてしまう。

 いや、シエナの言っていることは、間違ってはいないんだけど、意図はおそらく別のところにあるというか。なんでシエナが知っているんだろうとか、そういう疑問は置いておくとしてだ。


「あの、ユーリエ。その申し出自体は本当に嬉しいんだけど、シエナの言っていることはそのまま鵜呑みにしないほうがいいというか、僕はできれば、普通の、一般的なメニューのほうがありがたいなあって」


 差し入れをされる身でなんとおこがましいことだとは思うけど、そんな弁当をユーリエが持って来てくれたとなったら、それこそ部署内で問題になるというか。しばらくは話題のネタにされることを避けられないだろう。


「わかりました。そうしますね」


 結果的に差し入れをせがむようなことを言ってしまったわけだけれど、実際、ユーリエのお菓子はおいしかったし、きっと、お弁当もおいしいのだろうと考えられる。

 悪いとは思うけれど、本人はとても楽しそうにしているし、それが趣味だというのなら、僕に止めることはできない。そして僕自身、すこし楽しみにもしている。


「ほら、リュシィ。ユーリエに先を越されたわよ。色じゃあ勝ち目がないんだから、そういうところで正妻アピールしておかないと、本当にユーリエにとられるわよ? それとも、レクトールは絶対に自分から離れてゆかないって自信があるのかしら」


 シエナの、そしてリュシィの視線が僕を捉える。

 今のところ、僕のほうからリュシィと離れるつもりはない。

 もちろん、リュシィが望むのなら別だけれど、多分、それもあと数年は、リュシィが本当に大切に想える相手を見つけるまではないだろう。

 

「僕は、自分からリュシィから離れるつもりはないよ」


 少なくとも今は。

 何度もしているやりとりだから、シエナにわかっていないはずはない。

 

「あら残念。レクトールがリュシィと結婚するつもりがないのなら、代わりに私が貰おうと思ったのに」


 シエナの妖しげな視線が、僕のことをじっくりと眺め回すように動かされる。


「えっ、シエナばっかりずるい」


 なぜか、そこにユーリエまで加わる。

 シエナがそういう言動に出るのはわかる。本気では――いや、ある意味本気でリュシィをからかおうとしているに違いない。

 では、ユーリエが加わるのはなんでだろう。 

 僕はユーリエと出会ってそれほど、まだほんのひと月で程度だし、好かれるようなことをした覚えもないんだけど。

 いや、違うな。仲良くなった友人と一緒でありたいと考える、要するに、仲間外れになりたくないだけだな。うん。きっとそうに違いない。


「じゃあ、ユーリエも一緒に楽しみましょう。初めてが三人というのも、面白みがあっていいんじゃないかしら」


「シエナは料理をしたことないの?」


 ユーリエがきょとんとした感じに首を傾げる。

 

「ええ、ないわね。お茶を淹れることくらいはできるけれど」


 シエナもお嬢様だからなあ。

 ていうか、そうだよ、これは料理の話だったんだ。

 うっかり、シエナのペースに巻き込まれて忘れかけていたけれど。


「こんなところで無駄な話を――」


「私は大切な話だと思うけど」


「――無駄な話をしている暇はありません」


 リュシィはシエナの茶々入れを両断し。


「明日に向けて最終チェックをしておきましょう。行きますよ、ユーリエ」


「あっ、待って、リュシィ」


 先に歩き出したリュシィと、駆け寄るユーリエ。


「じゃあ、また明日ね、レクトール」


 頼むよ、なんて声はかけたりしない。僕に言われるまでもなく、ふたりともユーリエのことは気にしているのだから。


「うん。明日」


 そう言って別れ、仲良さそうに歩いて行く三人の後姿を見送った。

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