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ユーリエの特訓 6

 ◇ ◇ ◇



「あれ? ユーリエ。どうしたの?」


 リベンジのパーティーを翌日に控えたその日。

 いつも通り訓練を終えた僕のところにユーリエが訪ねてきた。

 今日は学院のほうは休みだったはずなので、格好も初等科の制服ではなく、フリルのついたワンピース姿で、制服姿でばかり顔を合わせていたから、結構新鮮だった。


「レクトールさん」


 声をかければ、ユーリエは笑顔を見せてはくれたけれど、どこか浮かない感じだ。


「リュシィとシエナは一緒じゃないんだね」


 ということは、なにか個人的な用事で魔法省へ訪ねてきたということだろうか。また図書館とか? 前に高いところのことでちょっと注意をしたから、今度はちゃんと助けを求めに来てくれたのかな。


「はい。その、少し、お時間を……いえ、やっぱりなんでもありません」


 失礼しました、と言い残して踵を返してしまうユーリエの手を、僕は咄嗟に掴んだ。


「待って、ユーリエ。なにか話したいことか、聞きたいことがあって来たんじゃないの?」


 そうでなければ、わざわざこんなところまで出かけたりしては来ないだろう。

 もちろん、こっちの中心街に買い物とか、友達と遊ぶ予定があったりとかで、そのついでに立ち寄ったという可能性もないわけじゃないだろうけれど。

 でも、それなら、わざわざ僕のことを待っている必要はないからな。


「ですけど、お仕事のお邪魔に……」


「これから昼の休憩時間だから大丈夫だよ。僕も丁度昼食に向かおうと思っていたところだから」


 これは別に嘘じゃない。

 魔法省の中には、食堂もあって、職員だけではなく、一般の利用者にも開かれている。味も、まあ、それなりという感じで、普段の利用者も多い。職員だと割引もされるし。


「せっかく会いに来てくれたんだし、御馳走するよ」


 時間帯を考えれば、もしかしたらユーリエはすでに昼食を済ませてしまっているかもしれなかったけれど、尋ねてみれば、まだだということだったので、僕たちは連れ立って食堂へ向かう。


「結構たくさん種類もあるんですね」


 パネルで注文して、出来上がったら番号が店内のモニターに表示される仕組みだ。料金は先払い。

 僕は日替わり定食を注文し、ユーリエも同じものを選んだ。


「好きなもので構わないよ?」


「いえ、これがいいです。レクトールさんと同じものですね」


 初等科の女の子にはすこしボリュームがあると思うけど。

 まあ、特に気にする必要はないか。 

 おかわり自由のお冷を準備しつつ、席を確保していると、しばらくして僕たちの注文が出来上がったとモニターに番号が表示されたので、ふたりで一緒に取りに行く。

 今日の日替わり定食はオムレツで、他ににんじんとほうれん草のソテーと、丸パンが二種類、トマトのスープがついていた。


「遠慮しないでどうぞ」


「はい。その、ありがとうございます」


 ユーリエは真面目で、代金はお支払いしますと言われたけれど、初等科の子のお小遣いなんて、普通は少ないだろうし、職員割引きで安いからと僕が出させて貰った。


「それで、なにがあったのか、聞かせて貰えるかな」


 ユーリエは肩をわずかに揺らし、瞳には不安そうな色が浮かんでいる。

 まあ、大体の予想はつくけれど。


「明日のパーティーのことかな?」


 ユーリエの澄んだ青い瞳が大きく見開かれる。


「なんでわかったんですか?」


 そりゃあ、むしろ、何故わからないはずがあるのだろうか。

 初めては前回で済んでいるとはいえ、その前回ではあんなことがあったんだから、不安になるのも当然だ。 

 もちろん、今回は主催がこちら側だし、同じような事が起こる可能性は極めて低いと言えるだろうけれど、当人にとってはかなり不安もあることだろうというのは、簡単に想像できる。

 というのも。


「昔――といってもほんの数年程度のことだけれど、僕も同じような経験をしているからね」


 リュシィやシエナたちのように、生まれながらのお嬢様たちとは違い、僕はごく普通の家庭の生まれだ。

 両親は普通の会社勤めだし、家柄も特出したところのない、極めて普通の三人家族だ。

 それが、リュシィやシエナ(もちろん、セストとは学友ではあったけれど)なんて、まず、接点のなさそうな子たちと関りを持つようになってしまって、それはもう、大変だった。

 後悔はまったくしていないけれど、三年前の僕に言っても、絶対に信じないだろうという確証がある。


「それに……あえて言うけれど、この前のこともあるから余計に不安なんだよね」


 前回のパーティーでのことを考えれば、同じ相手も招くと決まっている以上、繰り返されないだろうかといったような不安が胸に沸き起こるのも、自然なことだろう。

 ユーリエは力なく頷き。


「はい。リュシィやシエナ、それに、レクトールさんにも、セストさん、レイジュさん、メノアさんにも、あんなにお世話になったのに、失敗してしまったらどうしようと思うと、不安でこの辺りがぎゅっとなるんです」


 そう言いながら胸の辺りを押さえるユーリエ。

 自分じゃなくて、他人の心配か。やっぱり優しい、いい子だな。

 自画自賛するつもりは全然ないけど、その気持ちは、本当によくわかる。


「いいんだよ、失敗しても。というより、ユーリエの考えている失敗って、どういうことなのかな?」


 ユーリエの顔に「えっ?」という表情が浮かび、数度目が瞬かれる。


「全く失敗しない人間なんていないんだから。ましてや、練習したとはいえ、ユーリエはこれで二度目だろう? 身近にリュシィやシエナがいるから感覚がおかしくなっているのかもしれないけれど、普通、初等科の生徒にあそこまで完璧に近い対応はとれないから」


 生まれた時からそれらが当たり前のものとして隣り合わせにあった彼女たちとは、土台が違う。

 初等科どころか、中等科、高等科、あるいはそれ以上の大人を見渡してみても、完璧な対応のとれる人間なんて、ほんのわずかだ。ましてや、初等科生など。


「リュシィたちも言っていただろう。大事なのは余裕を持つこと、あるいは、余裕があると相手に思わせることだって。だから、ユーリエは、特に気にせず、堂々とした態度でいれば良いんだよ。たとえ、自分の中ではミスったなあとか思っても、それがなにか? みたいに平然としていれば、問題なく乗り切れるよ」


 そもそも、ユーリエが失敗するとは思っていないけれど。


「それに、すぐ近くに僕たちもいるんだから、頼ってくれていいんだよ。むしろ、頼って欲しいな。リュシィはひとりでやったほうが良いと言うだろうけど」


 僕はそうは思わない。

 人間、助け合いでこの世界は動いているんだから。

 これは前にリュシィにも言ったことがあったな。まあ、リュシィは結局、あまり頼ってはくれないけれど。


「リュシィも、シエナも、セストも、もちろん僕も、ユーリエの味方だから。ひとりで無理をすることはないんだよ。僕だって、今すぐおいしいクッキーを焼いてくれって頼まれたら、ユーリエに頼ると思うし」


 まあ、今はお腹がいっぱいだけど、と付け加えると、ユーリエは微笑んで見せてくれて。


「はい。そのときは私がレクトールさんにお教えしますね」


 それから、食器を片付けて、ユーリエをエントランスのほうまで送ってゆくと、半袖のブラウスに短いスカートを合わせたシエナと、ノースリーブのワンピースを着たリュシィが一緒にいて。


「あら。ふたりで密会していたのね」


 お邪魔しちゃったかしら、とからかうような笑顔を浮かべたのは、もちろんシエナだ。

 密会って、普通にお昼を一緒にしただけだよ。


「でも、レクトールに会いにゆくなら、私たちも誘ってくれても良かったのに」


「心配はいらないようですね」


 茶化すようなシエナへちらりとだけ視線を送ったリュシィは、真っ直ぐにユーリエの瞳を見据え。


「うん。ありがとう、ふたりとも」


 ユーリエもはにかむような笑顔を浮かべた。



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