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恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。 24

 教えることはできたとしても、結局躍るのは自分だし、もちろん、代わりに練習するなんてことはできるはずもない。ユーリエが自分で努力して身につけた技術だ。それは、褒められて然るべきものだし、誇っていいことだと思う。

 もちろん、それだけではなくて。


「そういえば、ユーリエは今日の料理も中心になって作ったと聞いているよ。僕も丁度お腹が空いてきたところだったから、後でいただかせて貰うね」


 今はダンスのために、テーブルなんかは壁際に避けられているけれど、料理やお菓子は(言うまでもなく、飲み物も)まだ残っている。

 ついさっきまで敷地内を探索して走り回っていて、まだお昼を食べられてはいなかった。もっとも、お昼というか、このパーティーは立食形式のようだから、そういう決められた時間はないのだけれど。


「はい、ぜひ。あ、でも、もしかしたら、冷めてしまっていて、あまりおいしくはないかもしれません」


 しゅんとさせてしまう。

 そうさせてしまう原因の、すくなくとも一部は僕にあるところなので、それになにより、そんな顔をさせるのは忍びなく、慌ててフォローする。


「そんなことはないよ。冷めてしまってはいても、込められた心までがなくなってしまうわけではないから、きっと、ユーリエの、作った人の愛情は残っていて、おいしくいただけると思うよ」


 なんなら、自分で温め直してもいいだろうし。

 リュシィなら、料理に必要なのはなによりも腕前で、愛情やら良い材料やらは二の次だと、きっぱり言い切りそうではあるけれど。

 いや、自分で作ったのならそうかもしれないけれど、ユーリエたちが作ったものに対してはそんなに冷めたことは言わないかな。

 いや、言うな。リュシィならきっと。

 リュシィ・ローツヴァイという女の子は、良くも悪くも……って、おっと、いけないいけない。

 ダンスを踊っている最中に他の人のことを考えるなど言語道断と言われている。僕もそれはそのとおりだと思う。

 それに、クッキーとか、パウンドケーキとか、冷めても十分おいしくいただけるものも、たくさん準備されているし。 

 ユーリエも照れたように笑みを浮かべて。

 

「そう言っていただけると、嬉しいです。ですけど、また今度、温かいお料理も食べていただきたいです。もし、作るときには、食べていただけますか?」


「もちろんだよ。そんな素敵なところに誘っていただけるのなら、光栄だな」


 ユーリエの料理の腕前は、本当に、初等科生とは思えないから。

 ここで、リュシィやシエナも一緒にというのは、やっぱり野暮なのだろうか。

 直前までの事件のせいで、僕も少しは鈍感ではなくなっているのかもしれないなどと思っていると。


「はい、ぜひ。リュシィやシエナたちも一緒に」


 ユーリエのほうからそう言われてしまって、僕は思わず笑みをこぼしてしまった。

 まったく。


「レクトールさん?」


 変に笑ったのが気になったのか、ユーリエに心配されてしまう。

 ユーリエのことだから、頭は大丈夫か? などという意味ではないのだろう。いや、別に誰か特定の相手を思い浮かべたというわけでもないのだけれど。

 僕は、なんでもないよ、と小さく首を振り。


「今日はありがとう、ユーリエ。招待状をくれたおかげで、素敵な時間を過ごすことができたよ。あっ、いや、今も過ごさせてもらっている、と言ったほうが正しいのかな?」


 もちろん、あんな事件が起こらなければ、もっと長いこと一緒にいられたのだけれど。それはもはや言ってもどうしようもないことだ。 

 それでも今、ユーリエとこうして手を取って踊っている事実は変わらないし、それはとても素敵な時間であるというのも本当のことだ。


「こちらこそ、いらしてくださってありがとうございます」


 ユーリエは微笑みを浮かべて。


「レクトールさんは今日もお仕事を頑張っていらしたんですよね」


 お仕事、ねえ。

 うーん、どうだろう。

 僕の中では、今日の出来事は、あんまり仕事という感じではないんだよな。いや、それを言ったら、いつもそうなってしまうのだけれど。

 もちろん、この国の未来、財産である生徒たちを守るというのは、かけがえのない仕事だとは思う。

 でも、どちらかといえば、ここが狙われたのも僕と関係があったから、つまり、僕が巻き込んでしまった形なわけだし、感謝されるよりも、むしろ、謝罪しなければならないところだとも感じている。

 その上、犯人も、狙いも、あるいは日時さえも、予測とはいえ、わかっていたのだから、それでも対処できなかったというのは、無能を晒したとも言えるのではないだろうか。職の都合上、どうしても後手に回ることは多いとはいえ。

 もちろん、神様でもあるまいし、なんでもかんでも見通してできるなんて、そんな傲慢なことは、全然思っていないけれど、もう少し、気を配っているべきではあったのかもしれない。十分防ぐことのできる事態だったと。


「そう……いや、そのつもりだけれど、結局、皆のパーティーの時間を奪ってしまうことにはなってしまって、申し訳なく思っているよ」


 招待してくれたということは、少なからず、僕と過ごす時間を楽しみにしていてくれたということだろう。いや、さすがに一年近くも付き合いがあるのだから、そのくらいは察している。勘違いでなければ。

 それを、数時間も仕事で抜けてしまうなんて、あるまじき行為ではないだろうか。いくら、皆のため(そんなに恩着せがましくしたいわけではない)とはいえ。

 しかし、ユーリエは、あるいは、大袈裟ともとれるくらいに。

 

「そんな。レクトールさんが謝られるようなことはありません。悪さをしていたのは、別の方だたんですよね。地震や台風を防ぐことができないのと同じように、けれど、それに対処されたのはレクトールさんたちですから、やっぱり、すごいことだと思います」


 僕たちは、別に誰かに褒めてもらうためにこの仕事に就いているわけではない。

 少なくとも僕は、リュシィの身の回りの安全のためという、ひどく個人的な理由でこの仕事に就いている。むしろ、この仕事に就くことで、それを名目にして、リュシィのことを守っているのだと、言い訳にしているような節さえある……とさすがにそこまで自虐的には言わないけれども。リュシィに対しても失礼だし。

 だから、功績なんて立派に呼ばれるようなことはなにもないと思っているし、人達に褒めてもらうようなことでも、褒めてもらおうとも思っていない。

 とはいえ、そんな風に素直に言われてしまうと(暗におまえには無理だったなどと言われたのでなければ。もちろんそれは穿ち過ぎだろうけれど)、嬉しい気持ちというか、温かなものが広がることは事実で。


「ありがとう、ユーリエ。そんな風に思って貰えたのなら、それだけで十分だよ」


 本当に、この笑顔を曇らせるようなことにならなくて良かった。

 ユーリエはほんのりと頬を紅く染め。


「いえ、その……はい」


 と、なぜだか、俯きがちになってしまった。

 なにか、気に障ることでも言ってしまったのだろうか? そんなに長く話してはいないけれど。


「大丈夫? まだやっぱり、ダンスは慣れないのかな?」


 まだというか、そんなにしょっちゅう躍るわけでもないだろうし、一般人が(悪い意味でなく)慣れることはないのかもしれない。

 

「そこまでにしておきなさい。レクトールがそれ以上やっても逆効果だから」


「シエナ」


 丁度曲も切り替わるタイミングで、溜息でもつきそうな感じにやってきたシエナが、ユーリエと交代するように僕の手を取る。


 


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