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恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。 22

 まあ、別に僕は和平の使者というわけではなく、凶行を止めるための交渉人的な役割だったわけだけれど。

 平和的にでも、僕との話が平和的に終わらずとも、それがたとえ暴力的な手段になったとしても、彼と爆弾は無力化する算段だった。

 僕はセストとシスさんにむかって多人数通話をかけ。


「レクトールです。犯人と爆発物は無力化しました。これより、そちらに合流に向かいます」


「了解だ。こっちも点呼は完了してる。初等科でもさすがに最高学年ともなると、黙って従ってくれるんで助かるな」


「セストくんのほうは、シエナちゃんのお兄さんだからっていうのもあると思うけれど、まあそれはいいわ。私たちのほうでも、念のため講堂内は確認したわよ」


 つまり、教職員を含めて、生徒たちは全員無事で、講堂にも危険物が紛れ込んだりなんかはしていなかったということだろう。

 ふたりを信頼していなかったわけではないけれど、安堵から、溜息を吐き出す。

 とはいえ、さすがに犯人といえど、このままにしておくわけにもゆかない。

 氷を溶かせば、生物としての本能からか、動きの鈍い相手を眠らせる。抵抗はまったくといっていいほどなく、瞬時に眠りに落ちた相手を抱き留め、宙に浮かせて、僕もそこから飛び降りて、講堂へ――向かう。

 犯人をこんな形で拘束したままなのを、生徒たちには見せるべきではないかもしれないけれど。

 一応、無力化はできているはずだけれど、万が一ということもある。

 しかし、子供たちに見せるなどという心配は必要なさそうだった。

 講堂に近づくと、入り口から外に出て手を振っているふたりの姿が確認できて、文字どおり、氷漬けになっているフリストル・ハーレンハートを見て、呆れたような笑い顔を浮かべている。


「やりすぎよ、レクトール」


「そう言われましても。確実に爆破を無力化するにはこれがもっとも手っ取り早く、確実でしたから」


 もちろん、魔法力で僕より上回られていたら危険だったわけだけれど、そのあたりは気合い(抽象的なものではなく、と言いたいところだけど、信念とか、想いというのは十分に抽象的かもしれない)でカバーできるだろうと考えていた。

 彼がリュシィに向ける負の感情と、僕がリュシィを想う気持ちを比べたときに。

 魔法に限らず、なんでも同じだとは思うけれど、やはり、精神状態が結果に及ぼす作用というのは、無視できるものでもない。

 なにより、彼が自由になればリュシィに危害が及ぶ。それを考えれば、僕が彼を自由にすることは――少なくとも自分自身の意思では――魔法省へ連れて行くまではないだろう。

 シスさんはため息をつかれ。


「いいから、もう彼を解放しなさい。後は責任をもって私がやっておくから。まさか、このまま心配だからって、魔法省まで戻るつもりでもないでしょう? この後、ダンスがあるって言っていたわよね?」


「……わかりました。ありがとうございます」


 子供なんだから、とシスさんは、氷から解かれたフリストル・ハーレンハートを引き摺って校門のほうへと向かわれた。

 シスさんのことは信頼しているし、大丈夫だと思う。

 ユラ・ウォンウォートのときと比べたら、僕だって多少は成長しているつもりだ。それに、あのときとは違い、今は守らなくてはならない立場もある。必要以上に、感情に任せて、なんてことはしないつもりだったけれど、好意はありがたく受け取らせて貰う。

 手錠をかけられたフリストル・ハーレンハートと、シスさんの小さくなってゆく背中を見送ってから、会場へ戻る。

 お出迎えは、ジトっとした視線だった。


「えっと、シエナ、どうしたのかな?」


 シエナだけじゃなく、リュシィとユーリエの姿もある。

 まあ、ご機嫌斜めみたいな雰囲気を醸しているのはシエナだけで、リュシィは仕方がないというように溜息をついているし、ユーリエはそんなふたりの様子を見ながらおろおろしている。


「兄様から聞いたわよ」


「ええっと……なにを、かな?」


 その一。

 僕が他の女性のことを追い回している。

 実際に追い回していたのは男性なので、セストのたちの悪い冗談だ。

 その二。

 本当のことを話してしまった。

 セストだって、政府機関の人間なわけだし、機密を漏らすようなことはしないとしんじたいけれど、過去にも何度か、シエナにばらしているからなあ。

 まあ、今回はシエナたちも当事者というか、被害者なわけで、状況を知る権利はあるとは思うけれども。

 

「こんなことを巻き起こした相手を追跡するなんて面白そうな……こほん、大変なことをしていたのなら、私たちのことも誘いなさいよね」


 正解は後者だった。

 前者は、僕が勝手に危惧しているだけで、そんなことはほとんどありえないだろうとわかっていたことでもあったけれど。

 というか、面白そうとか言っているし。


「シエナ。それが誘えるはずもないということは、先程セストからの説明でもあったように、あなたにもわかっていることでしょう?」


 リュシィの言うとおりだ。

 名月祭のときとか、やむを得ず、ついてこられてしまうような格好になってしまうことは何度かあったけれど、基本的に、僕たち(政府機関のという意味で)の意見としては、民間人には、たとえどんな立場の人間であっても、関わり合いになっては欲しくないと考えているし、そうするために、日々、業務をこなしているつもりだ。

 

「そうだね。シエナが学院を卒業するくらいの年齢になって、それで自分で本当にそれがしたいと考えて、選んだ道になったというのなら、そのときには、あらためて、正式に助力をお願いするよ」


 もっとも、魔法省、それも諜報課に進路を選んで決まったというのなら、有無を言わさず、巻き込まれることにはなるだろうけれど。もちろん、そんな事件が起こらないほうが良いのだという条件は抜きにして。

 シエナは肩を竦めて。


「まあ、いいわ。最後のダンスまでには間に合って帰ってきてくれたわけだし、ギリギリで許してあげる」


「ありがとう、シエナ」


「じゃあ、行きましょう」


 そうシエナに手を取られ――。


「待って、シエナ。私もレクトールさんに招待状を渡したんだから」


 ユーリエが引き戻すように、反対側に手を引っ張る、というより、腕に抱き着いてくる。


「あら、勝負ね。どっちがレクトールと初めて身体を重ねるのか」


「わ、私のほうが先にレクトールさんに抱いて貰っているもん」


「それはどうかしら。付き合いの長さを考えるのなら私のほうが断然先だと思うけれど?」


 えっと、きみたち、なんの話をしているの? ダンスのパートナーの話から脱線してきているような。


「レクトールはどっちを選ぶの?」


「レクトールさんはどっちを選ぶんですか?」


 先に相手になるのって、そんなに重要かな。

 結局、どちらとも踊れば同じことだと思うけれど。


「あら。この招待状を持っている相手と優先的に踊ることができるんですか?」


 救いの手を差し出してくれたのは、ターリアさんだった。

 ウァレンティンさんは仕事が忙しくて来られなかったようだけれど、リュシィの招待客として、母親であるターリアさんはいらっしゃっている。


「では、これをどうぞ、レクトールさん」


「はあ」


 流れでというか、ターリアさんから、リュシィの分の招待状を受け取ってしまう。

 救いの手かと思ったら、悪魔のチケットだった。

 これは、試されているとか、そういうことではない。ターリアさんは、ただ純粋に、娘のためを思っていらっしゃるというだけだ。


「それで、誰を選ぶんですか?」


 いや、違うな。

 やっぱり試されているのかもしれない。


「レクトール」


「レクトールさん」


 僕としては、まあ、リュシィと踊りたいとは思うけれど、ふたりもなんだか最初ということに拘っているみたいだし、そもそも、招待状を直接受け取ったのはシエナとユーリエからなわけで。


「わかった。それじゃあ、こうしよう」


 ある種逃げとも言われるかもしれないけれど、僕が選んだのは、目を瞑り、一番最初に触った招待状を引き抜くという方法だった。そうしないと、形状で誰のものかわかってしまうから。

 それで、誰のが当たったのかといえば、まあ、シエナ風に言うのであれば、運命だったのだろう。


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