恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。 21
付き合って損した気分だ。さっさと手錠をかければ良かった。
「あなたのちんけなプライドだとかのために、僕たち、いえ、最悪僕は構いませんが、他の人を巻き込まないでいただきたい。あなたにどんな感情が、過去が、理由があるのかは知りませんし、興味もありません。しかし、それでも、この国に暮らす人たちを巻き込むというのであれば、黙って見過ごすことはできません」
自分語りならいくらでも、この後、取調室ででもしてくれて構わない。あそこの人たちはそんな話を聞くのが仕事だから。
しかし、今の僕にはそんなくだらない話に付き合っている暇はない。この後、シエナやユーリエのダンスのパートナーを務めなくてはいけないんだから。
いや、務めさせてもらえるのだからといったほうが良いか。
参加してもしなくても、恐ろしいことには変わりないのだけれど、それなら、せめて、ふたりとダンスをしたという幸せな記憶だけでも持っていたい。せっかくのパーティーに呼ばれたというのに、思い出が爆弾犯との追いかけっこだけというのは寂しすぎる。
「そういうわけですから、脅迫、器物損壊、不法侵入、殺人未遂、危険物所持、その他諸々の罪で逮捕させていただきます」
ざっと並べるだけでもこれだ。
ストーカーなどの余罪を追及すれば、まだ増えることだろう。
「これ以上、無駄な抵抗は止めておいたほうが無難です。罪が余計に増えるだけです。まあ、すでに十分だとも思いますが」
公務執行妨害に暴行。
いまさらともいえるけれど、とりあえず、警告するのも仕事の内だから。
「ふっふふ。ばっはっは。甘い、なんて甘いやつだ」
しかし、気でも狂ったのか、僕が近付こうとしたところで、フリストル・ハーレンハートは高らかに笑い始めた。
雰囲気は、なにか僕の質問に答えるというわけでもなさそうだ。
「敵の言葉をそのまま信用するとは。なにが軍事局だ。聞いて呆れる」
「どういう意味ですか?」
いまさら、彼にできることはないと思っているけれど。
「ふん。おまえは勘違いしているようだが、俺はべつに、おまえとゲームをしたかったわけでもない。ただ、あの女に復讐できればそれで良かったんだよ。ついでに、勝ち誇った、つまりおまえの絶望する顔が見られればそれで十分だ」
まさか、自爆覚悟でここで爆弾を起動させるつもりか?
僕は足元に転がった五つの爆弾に覆いかぶせるように障壁を展開するけれど。
「言っておくが、俺は別にルールを破ってはいない。あの時点で仕掛けられていた爆弾は五つ。それはたしかだ。しかし、それは、それ以上の準備をしていないということでもない」
「なにを言って――」
まさか。
「そうさ。あのとき、おまえが俺に聞いた時点では、全部で五つの爆弾しか仕掛けてはいなかった。しかし、それはその後も仕掛けないと言っているわけでもない」
しかし、僕は校舎内をすべてくまなく探した。
いまさら、校庭程度を爆発するくらいで、ここまで彼が勝ち誇れるとも思えない。
「ふん。ここまで言えばもうわかるだろう。俺が最後に仕掛けたのはあそこだよ」
視線の先にあるのは、講堂。
今まさに、お祝いの会が開かれている場所だ。
たしかに、設置するだけならばここにいても十分、爆弾だけを移動させれば済む話ではあるけれど。
「……それは、ルール違反ではありませんか?」
「いつ誰が決めたどんなルールに違反しているって?」
どうする。
さすがにここから彼が所持しているのだろう起爆装置を奪取するにはリスクが大きすぎる。今手にしているひとつだけだという保証も、ここまでくればないわけだし。
「……あなたの目的は、それで達成されると? 実際に人的被害を出そうとまでは考えていないと思っていましたが」
「それは……おっと、それ以上近付いてくるなよ」
会話をしながらにじり寄るつもりだったけれど、前もって制されてしまう。
たしかに、すでにスイッチが彼の指にかけられている時点で、どのような移動方法であったとしても、起爆より早く動けるとは思えない。
「大丈夫だ。死人までは出やしない。ただちょっと、パーティーが台無しになって、重傷者が多少出るだけだ」
それは全然大丈夫ではないし、どう考えても大惨事だ。
「しかし、おまえが膝を突き、首を垂れるというのなら――」
なんだ、そんなことで止めてくれるのか。
もっと別の、到底困難なことを言われるのかと思って身構えていてしまった。
僕は一瞬のためらいもなく、屋上の床に膝をつく。
「どうぞ、そのスイッチをお止めください」
僕の頭ひとつで取り下げてくれるというのなら、喜んで、頭くらい下げよう。
これで済むのなら、最初からそうしていれば良かった。
しかし、いくら待っても相手からの返答がない。
僕は顔をあげ。
「えっと、これで満足でしょうか? 生憎、下げられる頭はひとつしかありませんが」
それとも、前時代的に、靴でも舐めたほうが良かったのだろうか?
まあ、病気になったりすると困るから、それはあまりしたくなかったけれど。どうせなら、綺麗に磨いた後にさせてもらいたい。
「貴様、おちょくっているのか?」
「滅相もない」
続いて思い切り蹴られそうになるけれど。
「……なぜ避ける」
「え? すみません。ですが、蹴られたら痛いですし」
蹴られて喜ぶような趣味はない。
頭はいくらでも下げるけれど、それは別に、なんでも言うとおりにするという意味ではないし。
「そうか。それなら、これを起動されたくなければ、リュシィ・ローツヴァイの婚約者の座を禅譲すると宣言してもらおうか」
「あなたこそ、プライドなどはないのですか?」
こんなことをして婚約者の座を手に入れたとして、本当にリュシィがそれを受け入れるとでも?
いわんや、社交の場での評判などは、どのようなものになるだろうか。
どれほど低く見積もっても、脅迫で手に入れた最低の立場という評価しか得られないと思うのだけれど。
僕たちには黙っているように言っても、シエナの口は止められないだろうし。
そもそも、女の子――女性の気持ちを蔑ろにして勝手に話をつけようとするような男に、婚約者役が務まるとは、到底思えない。
「御託はいい。さっさとこの契約書の同意を押してもらおうか」
まったく、準備の良いことで。
やれやれ。
まあ、スイッチを他にも隠し持っているかもしれないけれど、そこは、信じるしかないな。
「わかりました」
僕は手を伸ばし、フリストル・ハーレンハートの持つ端末へ――魔力弾を飛ばして破壊した。
続けて、死なない程度に威力を落とした電撃を浴びせ、水浸しにして、氷の中に閉じ込める。もちろん、窒息したりしないように、頭だけは出して。当然、端末の周りには、覆うようにシールドを展開することを忘れない。もちろん、一連の魔法が終わった後に、だけれど。
本当は燃やしてしまっても良かったのだけれど、少し威力の調整というか、仮にも爆発物を扱っていた人間だし、一歩間違えれば、彼がそのまま爆発してしまわないとも考えられたため、それは止めておいた。逮捕できなくなると困るし、過失で済むような問題でもないからな。
「それでもう、指先も動かせないはずですし、圧力をかけようとしたところで、表面には届かないでしょう。そもそも、すでに精密機器は破壊されたことでしょうしね」
僕は埃を払う仕草をしつつ、立ち上がる。
みっともない格好で皆の前に出るわけにもゆかないし、怪我は治癒魔法ですぐに治した。
「あなたが潔く敗北をみとめてくださるのでしたら、このようなことは必要なかったのですが」
和平の使者が武器を取り出すなど、本当に最後の手段でしかない。




