ユーリエの特訓 4
◇ ◇ ◇
パーティーでちょっかいをかけられない簡単な方法がある。
いわゆる、壁の花になっていればいいのだ。
特に誰かと話すことも、自分から率先して動くことも――そもそも動き回ったりもせず、隅のほうでじっとひとりで立っていれば、放っておいてくれるだろう。
まあ、ユーリエは可愛らしい容姿をしているから、男性は放っておかないかもしれないけど、さすがに初等部相当の女の子に不埒な真似をするような輩はいないだろう(呼ばないだろう)し、おそらく意図的に孤立しているような状況に持ってゆくことは可能だ。
しかし、今回――正確には次回――はそれではダメなのだ。
リベンジの舞台なのにそれでは、やっぱりあの子は、みたいなことを言われてしまう。たとえ、相手がこのパーティーの意図を知らなくてもだ。
「お待たせしました」
シエナの家の前で待っていると、身だしなみを整えた(とはいえ制服だけれど)ユーリエとシエナが揃って送りの車から出て歩いてきた。
服装は制服。
せっかくドレスとかもちゃんと着こなす練習をしたんだからそっちでも良かったんじゃないかとは思ったけれど、ドレスの出所を突っ込まれるとか、余計な面倒事は避けたかったし、リベンジというこちらの内なる目的を考えれば、最も適しているともいえる。
「ユーリエ。言った通り、私たちは付き添ったりはしません。しかし、傍にはいるのでいつでも声をかけて、あるいは合図を出してくださいね」
リュシィの言っている合図というのは、身振り手振りとか、そういうことではなく、こまっているのだということを こちらにもわかるように発信して欲しいということだ。ひとりで解決しようとはしなくていいからねという、励ましの言葉でもある。
「うん。ありがとう。でも、できるところまでは自分で頑張ってみるから、私が合図を出すまでは、手を出さないでもらってもいいかな」
「もちろんです。これは、あなたのための事なのですから」
実際の現場ではリュシィを含め、僕たちが手助けすることはできない。
可能か不可能かというだけの話ならば、可能なんだけれど、それではパーティーの趣旨からはずれてしまう。
「では、この門をくぐったなら、今回のパーティーの間、私たちは赤の他人ということで」
タイミングを見計らったように、エストレイア家の豪邸の門がゆっくりと開かれる。
本来ならば、出入り口まで車で送られるのかもしれないけれど、今回は練習だ。歩き方の練習もできる時間を、無駄にすることもない。
「あ、そういえば、もし、今度のパーティーでパートナーが必要だって言われた場合はどうするの?」
リュシィには僕、シエナにはセストがついてゆけるけれど、ユーリエには特定の相手になれるような人はいない。
もちろん、うちの部署に頼めば先輩たちは快く承諾してくれるだろうけれど、それはユーリエの気持ち的にどうなんだろう。
「おそらくその可能性は低いでしょう。彼女たちが、再びあのような愚行を企むとすれば、ユーリエが参加しなくてもいいと思えるような条件を付けてはこないはずですから」
パートナーが必須? それなら、パートナーのいない私は参加しなくてもいいか、とはさせたくないということなのだろう。
「その通りです。さて、時間ももったいないですし、シエナたちを待たせるわけにもゆきません。参りましょう、ユーリエ」
ユーリエの視線が、リュシィ、そして僕へと動き、僕たちが頷くと。
「はい」
緊張の滲む声が聞こえ、ユーリエの手によって扉が開かれるが、身内――友人の家とはいえ、緊張しているのだろう。ユーリエの足は会場に入る扉を開けたところで止まってしまう。
「私の後についてください」
リュシィが小さく呟き横を通り過ぎて、ひと足先に会場へと足を踏み入れる。
「大丈夫。僕たちがついてるから」
「レクトールさん」
軽く背中を押してあげれば、ユーリエは不安を払うかのように小さく頭を振って、よし、と呟き。
「では、行ってきますね」
ユーリエが先に行くのを見送ってから、僕も続く。
今回の予行演習では、僕たちはできる限りユーリエを助けないと決めているし、ユーリエにもそれは話してある。
本番では、僕たちは必ずしもユーリエを助けられるとは限らないのだから。
「ようこそいらっしゃいました。本日は、どうぞ、ごゆるりとした時間をお過ごしください」
出迎えてくれたのは、このパーティーの主催者ということになっている、エストレイア夫妻だ。
黒の長髪を後ろで結んだ、金の瞳の男性が、シエナとセストの父親のレイジュさんで、薄い茶色のストレ―トロングの髪に、同じ色の瞳の女性が母親のメノアさんだ。
「お招きありがとうございます」
まずリュシィが完璧な所作で挨拶をし、ユーリエも、慌てることなく、練習通りにお辞儀を済ませた。
そうするとすぐに、会場に音楽が流れ始める。
音源を探してみれば、部屋の奥のほうで、シエナがピアノを演奏していた。
「さっそく、ということですね」
ユーリエが緊張した面持ちを見せる。
「お嬢さん。私と是非、一曲お願いできませんか?」
普段の調子からはあまり想像できないような真面目な調子で、セストがユーリエに手を差し伸べる。
ユーリエのこれまでの練習相手は、僕か、リュシィか、シエナだった。
だからこそ、ここでは他の相手――セストを選んだのだろう。
「喜んで」
作法通り、ユーリエもセストの手を取る。
シエナの伴奏に合わせて、ユーリエとセストがステップを踏む。本当に、広い家というのは、なんでもできるなあ。
うちじゃあ――魔法省の寮はもちろん、僕の実家でも――とてもできないだろう。
「なにを感心して見ているんですか、レクトール」
ユーリエが、すくなくとも傍目には、なめらかに踊るのを眺めていれば、隣にいる婚約者から鋭い声が届く。
「私たちも踊りましょう。同じ曲を隣で踊ってみせることは、ユーリエにとっても良い勉強になるはずです」
なるほど。
それはそうかもしれない。
僕はリュシィの前で膝をつき。
「僕と踊ってください、リュシィ」
「ええ、喜んで」
そんな定型句じみた言葉を交わし、ユーリエたちの邪魔にはならないように、同じステップを踏んでみせる。
歩幅が違ったりと、体格の違いはあれど、バランスを崩すとか、足を踏むなどといったミスを犯したりはしない。
「レクトールも大分うまくなりましたね」
「お誉めに預かり光栄です」
そう答えれば、リュシィはわずかに眉を寄せた。どうやら、望まれた回答ではなかったようだ。
「……そりゃあ、あれから、大分経ったからね。もちろん、シエナやセストたちエストレイア家の人たち、それにもちろん、リュシィのおかげだよ」
「……私が、レクトールをうまくしてしまったのでしょうか」
目を伏せたリュシィに、それは違う、と僕ははっきり告げた。
「僕が望んだことだよ。きみの隣に立つためにね。それに、身につけてまずいことなんてほとんどないよ、芸は身を助けるともいうし。とにかく、リュシィが気にする必要は全く無いんだよ」
今までも何度も繰り返された会話だ。
僕も、同じことを言い続けているのに、リュシィはどうも、納得してくれないらしい。
「どうしたらわかってくれるのかな?」
一晩中、ベッドで愛を囁いてみる?
デートに出かけて、大勢の人の前で、告白でもしてみようか。
それとも、毎日、真っ赤な薔薇の花束でも届けたらいいのかな。
「今すぐキスして押し倒して見せようか?」
もちろん冗談だ。
十一歳のリュシィにそんな真似は、まだ、できない。
「なにを、馬鹿な……」
そういて照れたように真っ赤になりながら顔を背けるリュシィは本当に可愛らしくて、ダンスをして手が繋がっていなかったら、その頬っぺたを突いていたことだろう。




