恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。 11
僕はそのままの足でウァレンティンさんのところへ向かった。
長官室にいらっしゃって、すぐに入室の許可をいただけたので。
「レクトール・ジークリンドです。入室致します」
他には誰もいらっしゃらず、ふたりきりで向かい合う。
毎度のことだけれど、この、ウァレンティンさんと向き合う緊張感は、慣れることがなさそうだ。ターリアさんとは、そこまででもないのだけれど。
ともかく、そんなことを表情や態度として出すような愚かな真似はしないよう気をつける。
こちらの心情を見透かしたように、ウァレンティンさんは表情を崩され。
「そう硬くなることもない。きみの働きは十分に評価しているし、感謝もしている」
「はっ。ありがとうございます」
もちろん、それで緊張を解くこともない。
ただ、すこし、姿勢というかを変えるだけだ。
「ここへ来たということは、ここの仕事の件でということでいいのかな」
僕がウァレンティンさんを訪ねる用事としてはふたつある。
魔法省諜報科の職員としてか、あるいは、リュシィの婚約者役としてのものか。
「はい……いえ、どちらにも関係することと考えております」
母校、ルナリア学院の警備という意味では諜報課の職員としての仕事だともいえるし、出席するパーティーに関係することだといえば、リュシィの婚約者としての報告だともいえる。
「そうか。じゃあ、報告を続けて貰えるかな」
「はい。先日より、リュシィ――とその友人であるユーリエのところにつきまとう人物がいることは報告が挙げられていることと思いますが」
それは、諜報課からとか、魔法省内の報告書ということではなく、リュシィの口からという意味だけれど。
しかし。
「いや。初めて聞いたな。これは、きみからその話を聞いたということは、リュシィやターリアには黙っていたほうが良いということかな?」
すでに耳に入れた以上、黙っていても話してしまっても、同じことなのだけれど。
「……そうしてくださると助かります。それで、報告を続けさせていただいても?」
ウァレンティンさんが頷かれ、僕は、今判明している段階での、事の起こりというか、内容をご報告した。
「――そういうことでして、ウァレンティン様のほうでなにかお心当たりがあればと思い、参った次第であります」
ウァレンティンさんはしばらく考え込まれてから。
「いや。私のほうに覚えはないな。もっとも、きみとの婚約――ああ、仮のね――が決まる前には、うんざり――とても多くの話を貰っていたから、その中のひとりではある可能性はあるけれどね」
どれほどあったのかわからないけれど、今の言われようでは、数十通ではきかなさそうだ。
それらの差出人をすべて覚えているというのは、さすがに不可能な話だろう。言わずもがな、その中のひとりであった――だろう――ジルバート・エングリッド個人のことなど。
もっとも、それは、ジルバート・エングリッド個人に対して、まったく知らない、ということとイコールではない。彼だって、社会的地位はそれなり以上のものを持っているのだから。
とはいえ、今、そういう意味での話は、あまり意味がないともいえる。それならば、これ以上の話は不要だろう。
「そうでしたか。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「そんなに謝られることでもない。見てのとおり、今、私は比較的暇だからね」
冗談めかしたように微笑まれたウァレンティンさんに、失礼いたしましたと頭を下げつつ、僕は部屋を後にする。
ジルバート・エングリッドが、ウァレンティンさんのお眼鏡にかなう人物であった場合、もしかしたら、という可能性も、まったく考えていなかったわけではないけれど、まあ、ストーカー行為をするような相手のことを認められるはずもないだろう。
ウァレンティンさんが覚えていらっしゃらないというのなら、直接的な恨みという線はほとんど消えたといっていいだろう。残るは、個人的な恨みか、あるいは逆恨み――同じようなものだけれど――か。
まあ、はっきり言ってしまえば、社交的には、ぽっと出のように思われているだろう僕がリュシィの婚約者にすんなりと収まってしまったことに対して不満を抱いていらっしゃるだろう方は、少なからずいらっしゃることだろう。
もちろん、その想いはリュシィに全く届いていないのでまったく恨まれる筋合いなどはないのだけれど。恨むのなら、自分自身の能力だとか、表現の仕方だとか、あるいは勇気のなさなんかをといったところだ。
もちろん、そんなことは冷静に、そして、曲がりなりにも今その地位をいただいている僕だからこそ言えるのだということは理解している。
しかし、それは運――シエナ流に言うのであれば運命、まあ、どちらも天運という意味では間違っていないだろうけれど――だったので、僕自身にもどうしようもない。あの場面でリュシィに手を差し伸べないという選択肢はなかったわけだし。
勘違いさせないように言っておけば、べつに、どうこうしたいと思っているわけではなくて、僕自身としては、たとえ仮初のものだとしても、今の地位を嬉しく思ってはいるけれども。
「そろそろ行こうかな」
今日はやることが普段よりも二つほど多かったため、若干、時間を押してしまった。
リュシィたちの送り迎えに行くとは言ってあるので、待たせることになってしまっていただろう。
わかっていたのだから、ローツヴァイ家か、それともエストレイア家に頼めば良かったのだけれど。
僕のエゴのために、リュシィたちには悪いことをしたな。
そう考えていると、庁舎が大きく揺れた。
一回だけだったため、地震ではないだろう。速報も入ってこないし。
駐車場へと向かいかけていたけれど、方向転換すると、急いで諜報課へと向かう。
「何事ですか」
「ああ、レクトールか。よかった。今まさに報告を受けたところだったんだが、どうやら、駐車場のほうで爆発があったらしくてな」
オンエム部長が安堵したような顔を見せられる。
「爆発ですか? 魔法省のこの建物で?」
内部犯ということだろうか。
つい先日、と言っていいだろう、占拠されるという事件があってから、警戒態勢の見直しはされていたはずで、はっきり言って、不可能に近いと思っていたのだけれど。
もっとも、爆発自体は、魔法で、割と簡単に起こせる。
車を動かすのにも、水(より正確には、水と微量の化学触媒)は使っているのだから。
しかし、そうではないようで。
「ああ。持ち込まれたか、あるいは、ばらしていた物を入ってから組み立てて、放置したのか、いずれにせよ、爆発物があったことは事実らしい」
さすがに調査が早い。
「自分も現場を見に行って構わないでしょうか?」
「そうしてくれるか? 仕事は、とりあえず、終わっているんだろう?」
オンエム部長の言は、つまり、この件でまた仕事が増えるということを意味していたけれど、すくなくとも、今現在までのしなければならない仕事は処理し終えている。
「私も行くわ」
そうおっしゃられたシスさんと一緒に、地下の駐車場へと向かう。
幸いというか、消火活動はすでに終わっていて。
「失礼します」
「これは、ジークリンド諜報官」
顔を出せば、僕を探していたらしく、駐車場の守衛さんが駆け寄って来られる。
「申し訳ありません」
そして、開口一番で謝られ。
「どうかしまし――あ、いや、わかりました。私の車が吹き飛んだということですね?」
さすがに乗っていない時にまで、守ることはできないからな。
「他に被害は?」
「いえ。幸いなことに、近くに停められていたものはありませんでしたので、他に被害は出ておりません」
怪我をされた方などもいらっしゃらないということだ。
それは良かった。いや、良くはないけれど、どなたにも怪我がなかったというのは、不幸中の幸いというところだ。
しかし、困ったな。
「レクトール。よければ、私の車で行きましょうか?」
シスさんの申し出は大変ありがたいものではあったけれど。
「大丈夫ですか? たしか、四人乗りだったと思いますが」
「初等科生の三人くらい、平気よ」
僕はよろしくお願いしますと、それからありがとうございますと頭を下げ、念のために、危険物がないかを確認してから、シスさんの車に同乗させてもらった。




