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恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。 9

「すこしいいかしら、レクトール。どこの誰だったのか、調べはついたわよ」


 その日の夜には、シスさんからそう報告を受けた。

 さすがというか、なんというか、実質半日程度で調べられるとは、うちの課の皆さんが優秀なのか、それとも相手がザル過ぎるのか。


「多分、素人なんでしょうね。特に偽造しようなんて跡もみられなかったし」


 あるいは、自分に自信があるタイプで、ストーカーしていることに相手――僕たちが気がついていないと思っているのかもしれない。

 いや、僕たちは諜報課の人間だし、そういうことに関しては人一倍敏感ともいえる集団でもある。そんな相手に対して、そこまでの自信を持てるはずもないだろうから、やはり、シスさん達の調査能力が優れているということなのだろう。身内びいきのし過ぎ、いや、この場合自画自賛が過ぎるかな。

 逆に罠……ということもないか。シスさん達なら、そのあたり、裏までしっかりとっているだろうから。


「ありがとうございます。助かります。それで、相手はどこの誰だったんですか?」


「ジルバート・エングリッド。リゾート会社系列の親会社、エングリッドリゾートの社長の息子ってところね」


 それなり、というか、結構立派な社会的立場の人だったんだ。いや、まあ、所詮は二世というか、息子でしょう、という言い方もできなくはないけれど。

 それはともかく。

 なんでそんな人がストーカーなんてせこい真似を?

 とにかく、一応、三人に――実質二人だとは思うけれど――確認はしておくか。おそらく、答えはわかりきっているけれど。


「ありがとうございます、シスさん。念のため、三人にも確認しておきます」


 僕はそのまま多人数通話をかけ。


「夜分にごめんね。もしかして、もう寝るところだったかな」


「大丈夫です。レクトールさんから連絡をいただけるのなら、たとえ寝ていても起きてみせます」


 張り切り過ぎている感じのするユーリエに、そこまで思わせてしまっているなんて、少し悪いことをしてしまったな。情報は鮮度が大事とはいえ、やっぱり、朝になってからのほうが良かったかもしれないと少しばかり反省する。


「仕事が退屈で、私の声でも聴きたくなった? それとも顔が見たくなったのかしら。それなら、これから添い寝でもしにいってあげましょうか?」


「ありがとう、シエナ。でも、まだ仕事は残っているから、添い寝は――遠慮しておくことにするよ。好意だけは受け取っておくね」


 つまらないわね、とでも言いたげなシエナを躱し。


「それで、どこのどなただったんですか?」


 リュシィは鋭いというか。

 まあ、わざわざこんな時間に連絡するほどのことだ。今、僕から三人に連絡を取る用事で、火急な案件といえば、真っ先に思い浮かぶというのは、そのとおりだろう。


「うん。名前はジルバート・エングリッド。リゾート会社のグループの、エングリッドリゾートの社長の息子さんだって」


 もしかしたら、リュシィかシエナならば、名前くらいは聞いたこともあるかと思ったけれど。


「存じませんね」


「聞いたこともないわね」


「ふたりが知らないなら、私に覚えなんてありません」


 現実は無情だった。

 ストーカーまでするような相手のことを、される側はまったく、これっぽっちも知らなかったのだから。興味もなさそうだし。

 まあ、得てして、ストーカーなんてそんなものだよなあ。

 まったく目に映っていなかったその彼には、やっている行為を許容できるかどうかは別問題として、ほんの少し同情しないでもない。

 

「それで、なんて言ったかしら。その、ジルバート・エングリッド? がなんで私たちのことをストーカーするのよ」


「そこまでは。僕たちも、まだ彼の名前が判明したというだけで、直接聞き取りというか、お宅に訪問とかしたわけでもないから」


 とりあえず、どこの誰だかわからない人間に着け狙われるという恐怖より、相手の名前だけでもわかっていたほうが、少しは安心……はできないかもしれないけれど、気も楽になるのかもしれないと思って連絡しただけだ。

 何度も言っているけれど、情報は、知っているからこそ意味があるのだし、知らなければ対処のしようもないのだから。

 顔写真なんかも、ネットの検索でひっかかったものはあったけれど、三人にはあえて送らないことにした。

 下手に意識させてしまって、夢にまで出てくるようになるとか、過敏に気にし過ぎるようにさせてしまうと、可哀そうだし。

 もっとも彼女たちが個人的に調べるのまでを止める権利は僕にはないけれど……まあ、そんなことはしないだろう。三人とも、まったく、欠片も興味のなさそうな様子だし。


「それで、その方のことはレクトールに任せていて構わないのですよね」


「そうだね。ウァレンティンさんやレイジュさんから、その人の出席する会合とかへの出席を依頼されない限りは」


 そう伝えると、シエナは露骨に溜息をついた。


「面倒なことね。でも、今のところ、とりあえず、卒業式までは学院のほうも忙しいだろうからということで、そっちのほうの出席は控えさせてもらっているから大丈夫だと思うわよ。リュシィもそうでしょう?」


「ええ。その代わり、卒業してから、中等科の入学までの春期休暇は、忙しくなりそうですが」


 という話を聞き、僕も少なからず、安堵した。

 リュシィの出席するパーティーやらが無いのであれば、僕が呼ばれることもない。正直、そういうパーティーだとかなんだというのは苦手なので、呼ばれないのであれば、ありがたい。

 まあ、とりあえず、卒業まではという期限付きではあるけれど。

 逆に、この件が解決するまで――つまり、三人の卒業までには必ず片付けるという意味でもあるけれど――そういったことには煩わされないということでもある。

 あくまで、今のところは、でもあるけれど。

 そうだ。ともかく、これだけは言っておかないと。


「ともかく――」


「相手がわかったからといって、油断するなということですよね」


「普段から油断などしたこともありませんが、いっそう、気をつけていることにしましょう」


「むしろ、来てくれたら返り討ちね。ふたりのところには出向いて、私のところにだけ来なかったということを、後悔させてあげるわ」


 シエナだけ、若干、意識がずれているような気がしないでもないけれど、とにかく、三人とも大丈夫なようだ。画面の向こうでは、意気込んだような顔を見せてくれた。

 まあ、学院への送り迎えは責任をもって僕が果たすし、問題は休日とか、ああ、リュシィやシエナに限ってはお稽古とかのこともあるのか。まあ、どちらにせよ、ローツヴァイ家やエストレイア家の送り迎えがあるだろうから問題はなさそうだけれど。

 

「ところで、お祝い会って、最後にダンスを踊ることは聞いているけれど、それ以外にはなにがあるの?」


 自分たちがなにをやったのかなんて、当然、ほとんど覚えていない。 

 歌を歌ったか、魔法の実演をしたような記憶はあるけれど、曖昧だなあ。


「それは、当日いらしてくださった際のお楽しみです」


 ユーリエが楽しそうに微笑む。


「目にものを見せてあげるわ」


 シエナ。それは少し言葉の使い方が違うような……いや、わざとか。


「期待していてください。退屈はさせませんから」


 そして、リュシィが言い切って。


「もちろんだよ。というより、皆と一緒にいられるのに、退屈なんて感じる余裕はないよ」


 本当は、会を迎える前に相手を逮捕できれば上等だけれど、そう上手くいかないような気もするし、なにより、時間もない。相手がこれ以上、本番前に動くかどうかもわからないしな。

 それに、そもそもの話をすれば、そのお祝い会が狙いだという保証も全くないわけで。

 まあ、とにかく、今は、皆の前では、それが楽しみだという表情だけを見せておこう。


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