恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。 8
◇ ◇ ◇
相手だって、それほど時間をかけたいはずがない。
今は冬の真っただ中で、いくら防寒対策をしていようとも、風も吹きつける、ともすれば雪でも降る中、ただ僕たちのことを監視し続け、機会を待ち続けるなんて、絶対したくはないはずだ。
相手がどれくらいの気持ちでいるのかはわからないため、確実にとは言えないけれど。
仮に、かなりの恨みでもあった場合、そんなこと気にならなくなっているかもしれないし。
年が明けるまで、まあ、つまりはリュシィたちの卒業式までには、なんとか解決したいところだけれど。卒業式を台無しに、するつもりがあるかどうかはわからないけれど、可能性は潰しておかなければ。不安な気持ちで出席してほしくない。
可愛い、魅力的だというのも、それはそれで大変なんだなあ。
しかし、今回はまだストーカーで収まっている。ストーカーを歓迎しているということでは全くなくて、誘拐、監禁とかにまで発展していないという意味で。
これが相手の慎重さゆえなのか、それとも、そこまで気の大きい相手ではないからなのか。
後者ならばそれほど気にする必要はなさそうだけれど、前者の場合、ほかにどんな厄介な事態が考えられるだろう。
脅迫?
しかし、リュシィを脅迫できるネタなんて、なにかあるか? そうならないために、僕がこうして送迎と監視をしているというのに。
無差別に学院の誰かを攫ってとかだと、それはもう脅迫どころではなく、自身が逮捕されないかどうかの心配をするべきだろうし。
いまならまだ、厳重注意で済ませることもできなくはないだろうけれど、さすがに誘拐やら脅迫やらまですると、逮捕しなくてはいけなくなるからな。いや、僕としては逮捕できたほうが安心できるとも思うけれど。
「レクトールさん」
そんなことを考えつつ待っていると、学院の指定のコートを着た三人が校門から出てきた。
手を振ってくるユーリエに、僕も手を振り返し。
「あらやだ、出待ち? ストーカーってレクトールのことだったのかしら」
シエナがくすくすと笑う。
冗談っぽく言っているけれど、本当にそれだけならどんなに良かったことか。それとも、リュシィやユーリエの感覚のほうを疑ってかかるべきだろうか。
いや、警戒は無駄にはならないからな。
とりあえず、コートを着ていても寒いものは寒いだろうから、ドアを開けて、車の中へと三人を迎える。
相手にわざわざ尾行させる必要はない。
それに、こちらを監視していて、僕たちが車だとわかったのなら、相手だってそれなりの手段に変更してくるはずだ。もし、本当に、尾行する、あるいはこちらに危害を加えるつもりでつけ狙っていたのだとしたらの話ではあるけれど。
「そろそろ皆、卒業の時期だよね。なにか、催しがあったりするの?」
とりあえず、これ以上、ストーカーのことを意識させることもない。
全く気にしていないという素振りを見せていたほうが(まあ、相手にはこの様子は見えていないはずだけれど)相手を刺激するには都合が良いだろう。
そのために、日常の会話から、そういうこととは縁遠い話にしておくべきだ。
「卒業といっても、そのまま中等科に上がるだけですから。とくに顔ぶれが変わるわけでもありませんし、それほど騒ぐこともないでしょう」
リュシィは感傷などなにもないように静かにそう口にする。
各家々では、お祝いをしたりもするかもしれないけれど、卒業して、まあ、ほとんど全員がそのまま中等科に上がるわけで、なにかが変わるということもない。学院単位で、なにかパーティーでも開くということはないのだろうな。もちろん、卒業式自体は別だけれど。
「いや、パーティーは開かれるわよ。というか、レクトールだって参加したはずよね?」
シエナが言うには、卒業式よりも前に、卒業生――つまり、初等科の六年生だけの、お疲れ様かいというか、お祝い会のようなものが、学院の講堂で開かれるらしい。
僕も参加したはず、と言われても、そんな何年も前のことなんて、ぼんやりとしか覚えてないなあ。
まあ、あったとしても、僕は参加できないわけだし、あまり関係はないことだけれど。皆が楽しんでくれたらそれでいい。
「そういうわけで、はい、レクトール」
シエナがなにか差し出してきたようなので、運転を自動に切り替えつつ、振り返る。
「これは?」
どうやら手作りらしい、色紙を鳥の形に切った手紙だ。
招待状と、僕の名前が記されていて、開いてみれば、そのお祝い会への招待状だった。
「ひとりひとり、関係者を誘ってもいいことになっているのよ。パートナーということでもないけれど」
シエナが肩を竦める。
「これ、シエナが作ったの?」
「当り前じゃない。他の誰が作るっていうのよ」
呆れたような口調で言われるけれど、シエナって、料理とか、裁縫とか、工作とか、そういうのはあまり得意ではなかったと思っていたけれど。
そんな僕の雰囲気を察して、シエナが口を開く前に。
「あの、レクトールさん。これも受け取ってください」
ユーリエからは、やはり似たような感じの、とはいえ、こちらは鳥ではなく、エプロンの形をしている、手紙を渡される。
「ありがとう。でもこれって、ひとりについてひとりだけなんでしょう? ユーリエの御両親を誘ったほうが良かったんじゃないかな?」
「私は、レクトールさんが良かったです」
迷いなく即答されて、僕は少し気圧されるとともに、そ、そう、と頷くしかできなかった。
「最後にダンスがあってね。招待した相手と踊ることになっているのよ」
「ちょっと、シエナっ」
あっさりとシエナにネタバレされて、ユーリエが赤くなった顔でシエナの口を塞ごうとしている。
それは光栄な話だな。
ユーリエと踊るのは、年の初め頃にあったのあのパーティー以来だと思うけれど。
「任せてください。あれから、練習もしましたし、きっと上手になったところを見ていただけると思います」
卒業生からの御もてなしという面もあるようで、その他の準備もしているらしい。
具体的には、ユーリエは調理を担当しているようで、そっちも楽しみだ。
「楽しみにしているよ」
そう答えると、ユーリエもはにかんだように笑顔を見せてくれた。
「あら? リュシィは渡さないの?」
「ふたりが渡したのなら、私の分までは必要ないと思いますが」
見せてくれたリュシィの招待状の正体主の欄には、ターリアさんの名前が記載されていた。
ターリアさんはきっとお喜びになるだろう。感激されるかもしれない。
「それに、レクトールとダンスなんて、私はいつでも踊れますから」
そう小声でつぶやいて、リュシィは窓の外へと顔を向けてしまう。
「聞きました、奥さん。あれが、嫁の余裕ってやつよ」
「うん。いいなあ、リュシィ。私もあんな風に言ってみたいなあ」
後部座席に座る二人はひそひそと話していたけれど、すぐ後ろなので、丸聞こえで、まったく意味はない。ただのポーズだ。
「先生方からもおっしゃられているだろうけれど、皆、卒業前だからって浮かれないようにね。ストーカーの件は僕たちでなんとかするけれど」
とくに、リュシィやシエナは。
もちろん、皆の自由を束縛するつもりはまったくないけれど、自己防衛というか、気をつけてはいてほしい。
「はい。ありがとうございます、レクトールさん」
「私は心配してないわ。兄様も、レクトールもついていてくれるんでしょう?」
「シエナ。そういうところが油断を生むんですよ」
そうして、三人とも無事に家まで送り届けられた。
このまま、何事もなく、僕たちの取り越し苦労で終わってくれるといいのだけれど。




