恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。 6
リュシィを送り届け、ぜひ上がっていってとのターリアさんからのお誘いを、大変残念に思いながらも断って、ローツヴァイ家を後にする。
リュシィと一緒に夕食をいただけるというのは、願ったりなシチュエーションでもあったわけだけれど、別の案件――諜報課での仕事ではなく、婚約者役としての仕事――ができてしまったので、仕方なくといったところだ。
もちろん、僕だって、彼らの相手とリュシィとの食事を比べれば、後者を選びたいのは考えるまでもないことだけれど、さすがに放っておくこともできないからな。
適当なところで発散させておかなければ、大爆発を起こされると厄介だ。
「そろそろいらっしゃる頃だと思っていました」
言うまでもなく、このあたりにも街路カメラは設置してあるけれど、そもそも僕たちをつけ回すような相手がそれを気にするとも思えない。
人気のない路地裏で、姿を見せた相手は六人程度。
探知魔法への反応によれば、もう一人いるはずだけれど、姿を見せるつもりはないらしい。
気付かれるはずがないと思っているのか、それとも、彼には彼で別の役割でもあるのか。
いずれにせよ、あまり関係はない。どうせ、全員から事情を確かめる予定だから。
「最近、ユーリエのことをつけ回していたのもあなたたちということで間違いはないのですよね?」
今の状況で姿を見せたということは、狙いはユーリエではなく、僕か、それともリュシィのどちらかだったということ。
ユーリエの安全は確保されただろうから、そのことには安堵を覚える。
「おまえには関係なくなる話だ」
その答えだけで十分。自分たちが犯人でしたと自白したも同じことだ。
「そうですか。しかし、どのような手段を用いるおつもりですか? あなた方が収めたと思しき映像は、完全に隠し撮りの映像ですよね? まあ、スクープの写真というのは得てしてそういうものであるようにも思いますけれど。あなた方はマスコミ関係者ということでもありませんよね? 完全にストーカーということになりますが、それも織り込み済みだということですか?」
誰に依頼されたのか知らない――ある程度の推測は立つ――けれど、それほど高い忠誠を尽くしているとは驚きだ。
「ふん。自分の心配より、俺たちの心配をするとは、随分と余裕があるようだな、レクトール・ジークリンドさん」
彼らにしてみれば、僕の名前程度は調べているのだと示したかったのだろうけれど。
別段、そんなことは気にするまでもない。僕だって、普通に魔法省に勤務しているのだから、ちょっと魔法省を訪ねたことでもあれば、見かけられたことくらいはあるだろうし、社員証も下げているのだから、名前と顔くらいは誰にでも、知ろうとすれば知ることができることだ。
「当然ですよ。僕たちの仕事は、この国に暮らす人たちの安全と安心を守ることですから」
特に隠さなければならないこともないし。
どうせ、潜入調査なんかの任務に行くときには、軽い変装をするのだから。
「ふん。強がっていられるのも今の内だけだぞ。こっちにはおまえを晒し上げるネタがあるんだからな」
「へえ。そうなんですか」
僕がまったく動揺を見せなかったことが、逆に、彼らの動揺を引き出した。
もちろん、それはわずかなものだったけれど、たとえそうでも、その事実は、どちらのほうが優位性を保っているのかを示すのには十分過ぎるものだ。
「おまえ、全く気にしないのか? 自分のせいで魔法省全体が白い目で見られるようになるかもしれないんだぞ」
「なぜです? 僕はなにも、世間様に公表できないことをしているつもりはありませんが」
しれっと嘘をつく。
僕たちの仕事は、世間様に公表できないことも多い。
まあ、彼らが言っているのはそのことではないのだろうけれど、気付かないふりを、あるいは、とぼけてみせる。
「とぼけるんじゃねえ。今だっておまえは魔法省の長官の娘と連れ立って歩いていたじゃないか」
「それは事実ですが、そのどこに問題が?」
僕はいたって真面目に聞き返したつもりだったのだけれど、彼らの表情が、こいつ、頭悪いのか? みたいなものに変わる。
「仮にも政府組織の人間が、ロリコンで、しかも上司の娘とできているってのは――」
「ですから、それのなにが問題なのでしょうか?」
そんなこと、いまさら隠すまでもない。
リュシィと僕が婚約しているというのは周知の事実だし。
「むしろ、あなた方に公表していただけるのなら、そちらのほうがありがたいと思っているんですよ」
狂人を見るような彼らに。
「僕とリュシィ――ああ、どうせ、リュシィの名前も調べてあるんですよね――が婚約者だというのは、一部の界隈の人たちには周知されているはずなのですが、それ以外の方たちには、いまだに知っていただけていないんです。そのままだと、いつまでもリュシィに言い寄ってくる相手が減らないとは思いませんか?」
彼らとしては僕の弱み、というか、ダメージになる事実だと思ったようだけれど、僕にとっては違う。
こういうすっぱ抜きの、しかも読者の興味をそそるような内容というのは、それが事実であれ、虚構であれ、信じ込まれる傾向が強い。そして、大多数の人が信じてしまったのなら、それは真実にもなりうる可能性はある。
もちろん、今回のことは嘘でもなんでも――世間的には――ないのだけれど。
もっとも、リュシィがどうしても僕と婚約者であるという事実を世間には隠しておきたいというのであれば、話は別なのだけれど、それなら、学院に訪れるのも遠慮するよう言ってくるはずなので、そこまで気にしてはいないのだろう。
最終的には事実をすべて公表すれば、そこまでのダメージ、経歴に傷がついたりもしないだろうし。
「ああ、もちろん、僕の名前も、リュシィの名前も、事実を曲げたりされないのであれば、公表していただいて結構です。顔出しも、モザイクなしで構いません。ただし、他の方には迷惑にならない方向でお願いしますね」
芸能人だって、交際とか、結婚とか、そういう記事をすっぱ抜かれることはある。
僕は違うけれど、リュシィはとっても可愛くて、綺麗な、素敵な女の子で、僕の中ではそういうテレビに出てくるような人たちと遜色ないどころか、完全に上回っているとも思っている。
もっとも、本当にリュシィがテレビに出るようになってしまって、たくさんのファンができたり、なんやかんやがあったりすれば、嫉妬することはあるかもしれないけれど。
まあ、まだ結婚できる年齢に達していないというところはあるかもしれないけれど、だからこそ、リュシィが自分で結婚相手を選べるような年齢になるまで(選ぶということに関してだけであれば、年齢が関係あるのかどうかは知らないけれど)は、僕たちはまだ婚約者という立場なわけで。
ついでに、彼らに僕とリュシィのことをリークしたのが誰なのかということまで教えて貰いたいところだったけれど、彼らにも矜持はあることだろうし、提供元の口を割ることはないだろう。
どうせ、放っておいても、そっちはそっちで、次の手を打ってくる。次がないなら、それはそれで、安心だし。
「次回からは、取材の申し込みは、きちんと受付を通して、アポを取ってからにしてくださいね」
そそくさと逃げるような素振りを見せる彼らの背中に、そう声をかける。
事実だけが公表されるのであれば、僕的にはむしろプラスともいえるかもしれない。
「リュシィへの報告は……まあ、記事が本当に掲載されたらでいいか」
そうしたら、報告どころか、リュシィたちのほうから会いに来ると思うけれど。
はあ。ストーカーが彼らだけであれば、こんなに楽なこともないんだけどな。




