恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。 5
「そういえば、リュシィってジェットコースターは平気だったよね」
以前一緒に行った遊園地のことを思い出しながら尋ねてみる。
あのときは、身長制限があって、三人一緒に乗れなかったから遠慮したのだけれど、それ以外には特に気にする素振りを見せていなかったはずだ。
「なんですか、急に」
リュシィがきょとんとした目を向けてくる。
「長い間車に乗っていても大丈夫かなと思って」
「三半規管のお話しですか? それなら、ある程度平気だと思いますけれど」
相手の正体を確かめるため、適当なところで停まったり、少し別の道に寄り道しても大丈夫かどうかと思って。
それで、確かめるまで手間を要すると、結構長い間、車に乗せてしまうことになるからね。それで、気分が悪くなるというのなら、この作戦は止めておこうかと。
「問題ありません。ただ、おそらく相手は徒歩で尾行してきているため、車で移動している以上、意味がないのではありませんか?」
可能、不可能だけの話をするのであれば、移動、あるいは高速移動の魔法を使えば、車に後れを取ることはない――ただし、当然、使用者の体力、魔力により、追跡可能距離は異なる――けれど、街中でそれを実行するのは、現実的ではない。
普通は通行人の邪魔になって走ることができないし、そもそも車に追いつこうと走るなんて、考えても実行する前に無理だと諦めるだろう。よっぽどの事情――たとえば誘拐されたとか――でもなければ。
「それなら、歩いて帰りませんか?」
「ここから? ローツヴァイ家まで?」
冗談でしょう、という意図を込めて尋ね返す。
たしかに、それほど離れてはいないけれど、あんまり長い間女の子を歩かせたくはないし。
「歩くといっても数駅分もないくらいです。レクトールは私のことを、そのくらいも歩けないように思っているのですか?」
「いや。リュシィがきちんと身体のほうも鍛えているのは知っているよ」
あれは泳ぎだったけれど、プールで見せて貰ったりもしたし。
「ですが、それだとレクトールが大変だということも理解はしています。ここへは車で通勤しているのでしょう? 取りに戻ったりすることになると、二度手間を取らせてしまうことになりますから」
僕のことはどうとでもなるから、別に構わない。
明日の駅からの徒歩通勤と、今日のリュシィとの徒歩のデートを考えれば、後者を選ぶのは当然だ。
しかし。
「あんまり夜に女の子をそのまま歩かせるのも忍びないし」
いくら、コートを着て温かくしているといってもだ。
「そもそも、私がそう提案したのですから、レクトールが気にすることではありません」
それはそうなのだけれど。
とはいえ、リュシィを説得する術もなく、それにたしかに、相手を確認するという意味では、徒歩のほうが都合がいいことは事実なので、提案を受けることにした。
冬も本格的になってきていて、いくらコートを着ているからといっても、寒さは感じる。
リュシィを抱っこして運べば温かいのでは? などと考えたりもしたけれど、リュシィは恥知らずではないので、そんなことを許してはくれないだろう。
「こんな風に二人でデートするのも久しぶりだね」
パーティーやらなにやらのエスコート役なら何度かあったけれど、こうして二人きりで出かけるという意味では。
誰か、知り合いがつけてきているということもないし、理由は物騒だけれど、これはもはや、デートと言っても過言ではないだろう。
「過言だと思いますが。実際には、ストーカーの確認をするためなのですから」
婚約者が夢を見させてくれない。
デートだと思わせて貰うくらい、構わないと思うのだけれど。
「……デートならデートだと、はっきり誘ってください」
「誘ったら付き合ってくれるの?」
リュシィは僕のほうを見ないまま。
「……一応、婚約者ということになっていますし、デートをするところくらいは見せておいてもいいのではないかと思っています。どこから、どんな面倒なことを言いだす方が現れないとも限りませんから」
「先に警察のほうに御厄介になるかもしれないけれどね」
デートのつもりが、援助交際だの、未成年者略取誘拐だのと、目をつけられてはたまらない。
それとも、もしかして。
「それって、シエナとか、ユーリエ―とかも一緒のことだと思ってる?」
遊園地でも、買い物でも、スポーツでも、僕はリュシィと一緒にできるならなんでも嬉しいと思うけれど。
「そんなことありません。レクトールではないのですから」
「いや、それどういう意味? リュシィの中で僕はどういう立ち位置なの?」
「花瓶とか、鉄パイプとか、いわゆる、鈍器でしょうか」
鈍器って。
いや、僕が一般的にいって鈍いらしいというのは、もう十分に承知していることだけれど、さすがに鉄パイプと同じカテゴリーは遠慮したいところだ。
「まあ、でも、リュシィがいつもどおりみたいで安心したよ」
「えっ?」
だって、得体のしれないストーカーにつけ回される、それも、自分だけではなくて、知り合いまでそうなんだから、結構、気が滅入っているのかと思っていたけれど。
普段淡泊なように見えても、リュシィが友人のことを大切に想っているのは、十分過ぎるほどに知っている。
「それは、今は隣にレクトールがいるから安心できるということですよ」
「えっ?」
今度は僕が素っ頓狂な声をあげる番だった。
本当にどうしたんだろう。
今日のリュシィは、本当に、えらく素直、いや、リップサービスが良いというか。
「……私が素直だと、そんなにおかしいですか? というより、私はいつも素直だと思いますけれど」
「素直って言葉の意味知ってる?」
シエナが聞いたら笑い転げそうだな。
もちろん、シエナはそんなはしたない真似は絶対にしないけれども。
「それから、レクトール。気がついていますか?」
「え? うん。もちろん」
適当に店のショウウィンドウでも見るような感じで、答える。
ちょっと前からついて来ている、カメラを持った記者っぽい人のことでしょう? わざわざ僕たちについて来るってことは、どこからか雇われたんだと思うけれど。
どこかの出版社に、魔法省の職員が援交だとか、ロリコン疑惑だとかって、売りつけるつもりかもしれない。
もちろん、それはわかりやすくついて来ているすぐ後ろのひとりだけではなく、少し遠くからついて来ている、別のもうひとりも存在していることもわかっている。
下手に動けば、暴力でマスコミを脅した、なんて騒ぎ立てるつもりかもしれない。
「彼らは大丈夫、僕のほうで対処しておくから」
「父に話しておきましょうか?」
魔法省のトップでもあるウァレンティンさんなら、彼らを黙らせることも造作もないことだろう。
しかし。
「その必要はないよ。というより、僕がリュシィとデートをしていて、なにか問題があるかな?」
婚約者なのだから、デートくらいはするだろう。
それに、僕たちが婚約者同士であることは、その筋の人なら誰でも知っている。いまさら、大声で騒いだりもしないだろうし、取り合う必要もない。そういう人たちへの牽制の意味も含めて、僕はリュシィの隣に立っているのだから。
「むしろ、僕としてはもっと見せつけても良いと思っているくらいだよ」
すこし悪戯気に微笑んでみる。
もちろん、仮である僕としては、リュシィが望んでもいないようなことを、実行するのは躊躇いがあるところだけれど。
まあ、誕生日にも貰ったわけだし、いまさら、そんな程度でリュシィが断るとも思えないけれど。
「そうですか。では、どうぞ」
そんなことを口にして、リュシィがそっと目を閉じて上向きになるので、しばし固まってしまった。
そして、僕のフリーズが解けるころには、リュシィはさっきまでと同じように戻ってしまって。
「リュシィ。もう一度、もう一度チャンスを」
「ダメです。すぐにできず、女の子に恥をかかせるようなレクトールに差し上げるものはありません」
そう楽しげに微笑むのだった。




