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ユーリエの特訓 3

 最初はダンス、だったというだけで、ユーリエの特訓はそれだけでは終わらなかった。

 歩き方や仕草などの隙を見せない立ち居振る舞い、会話のパターンと受け答え、覚えなければならないことは山のようにある。

 生まれた時から、当たり前のようにそれらが身近にあったリュシィやシエナとは違い、一からならぬ、ほとんどゼロからといってもいい出発だ。苦戦するのも仕方のないことだろう。

 ただ、無理をしていないかというのは、心配になる。


「全然平気です。私からお願いしたことですし、それに、なんというか、楽しいんです」


「楽しい?」


「はい。運動は得意ではないので、それほど好きではなかったんですけど、ダンスは一緒に身体を動かすというのが楽しいので」


 僕が聞きたかったのは、この作法やらの訓練全般に対してのことだったんだけど、ユーリエが楽しむことができているのなら、それはそれでいいか。

 好きなことのほうが上達も早いというし、実際、こうして傍から見ていても、ユーリエの動きに問題はほとんど見られない。少なくとも、他人にいちゃもんをつけられるレベルではないはずだ。

 もっとも、そういう人たちはそうしていちゃもんをつけること自体が目的だということも間々あるので、一概に安心はできないけれど。


「そろそろ、一旦、他の人にも見て貰って、現段階での出来を確認したいわね」


 特訓を始めてから数週間経ったところで、シエナから自宅でのパーティーに参加しましょうという話を持ち掛けられた。

 マナーに限らずとも、そういった技能やら技術やらは、やはり実践の中でこそ身につくもの。

 本番には本番の空気感とでもいうべきものがある。


「身内だけの気軽なものよ。ドレスコードもないし、あなたを貶めたり、笑いものにしようとする人間もいないわ。どうかしら?」


 他の参加者は、エストレイア家、ローツヴァイ家、そして僕という本当に小さなものだということだけれど、それでもこれは試験であり、試練だ。


「ありがとう、シエナ。私、やってみたい」


 ユーリエはふたつ返事で頷き、僕たちは、多少なりとも驚いた。

 いくら身内のものとはいえ、てっきり、遠慮するかと思ったのだけれど。それで、どう説得したらいいかなんて考えていたんだから、まったく、ユーリエという少女には驚かされる。


「大丈夫?」


 身内とはいえ、いや、身内だからこそ、遠慮や手加減なんてものはない。

 この前のあれを引き摺ってはいないだろうか。もしそうなら、そのトラウマがより深くなってしまうことも考えられる。

 シエナはああ言っていたけれど、もう少し、練習を積んでからでもいいんじゃないかな、とは思う。別に、焦る必要は全く無いわけだし。

 そう考え、つい尋ねてしまったのだけれど、そんな心配はまったくの杞憂だった。


「ありがとうございます、レクトールさん。けれど、私は大丈夫です。シエナやリュシィ、それに、レクトールさんにも、いっぱいお世話になっているので、きっと、成果を上げてみせます」


 わかってはいたけれど、とってもいい子だな。

 僕たちのことなんか気にしなくていいのに。たしかに頼まれてはいるけれど、こっちも好きでやっていることなんだし、楽しませて貰ってもいる。

 ユーリエは本当に頑張り屋で、日に日に成長が見て取れる。年齢のことなんかもなるのだろうけれど、おそらくは僕なんかよりずっと、吸収もいい。

 

「ふわぁ。レクトールさん……」


 そんな風に考えていたらいつの間にかユーリエの頭を撫でていた。

 ふわふわさらさらの金の髪は、まったく絡まず、傷んでもいなくて、こう言うと変態みたいに聞こえるかもしれないけれど、とても触り心地がいい。

 子ども扱いし過ぎてしまっただろうか。

 身長的には、三人の中で一番低いからかな。


「あっ、ごめんね。つい。べつに、子供っぽいとか、そういうことでは断じてないんだけど」


 リュシィやシエナ(は微妙だけど)には、子ども扱いしないでくださいと怒られたりもするからな。まあ、そうやって怒ること自体が子供っぽい証拠でもあるんだけど、それを指摘しないくらいには僕も懸命だと思っている。

 ユーリエは照れた様子で、笑みを浮かべ。


「い、いえ、その、私も気持ち良かったですし、嬉しかったので。またいつでもしていただきたいです、なんて……」


 真っすぐに好意を示されると結構照れるな。

 そんなわけで、僕たちはしばらくふたりで向かい合って、照れ照れとしていたのだけれど。


「ふたりの世界を作っているところ悪いけれど、私だって、功労者なのよ」


 夜空を切り取ったような美しい黒髪を払い、腰に手を当てるシエナが、得意そうな口調で、挑戦的な瞳を向けてくる。

 とても初等部生とは思えないプロポーションのシエナがすると、なんとも様になっているというか、まったく嫌味な感じはせず、むしろ感心してしまうから凄い。


「ありがとう、シエナ。とっても助かったよ」


「うん。レクトールさんの言う通り、本当にありがとう。シエナのおかげだよ、すっごく感謝してるから」


 僕とユーリエがそうお礼を告げれば、シエナはなんとも言えない顔をして。


「あー、そうね。もちろん、ユーリエもよく頑張ったわ。指導には手を抜いたりはしなかったわよ」


「うん。でも、やっぱり、シエナがいてくれなかったら、無理だったよ。シエナは凄いね。同い年とは思えないくらい、格好良かったよ」


 しかし、ユーリエの褒め殺しとも呼ぶべき攻撃はまだ終わらず、シエナもだんだんと余裕をなくしてきたように、その頬を紅く染めるという、珍しい光景が見られた。

 どうやら、真正面からの好意には弱かったらしい。

 

「……なんでレクトールがにやにやしているのよ」


 そんな風にわざとらしく照れ隠しする様子も、また可愛らしく、でも、そんなことは本人には絶対に言えないので。


「なんでもないよ」


 そう答えれば、シエナは顔を逸らして「もう……」と呟いていた。もちろん、ユーリエに手を握られたまま。


「まだ浮かれるのは早いですよ」


 そんな弛緩しかけた空気を振り払うかのように、リュシィが開かれたままだったマナー講座の本を閉じる。

 

「まだ、そのパーティーが開かれているわけでもありません。それに、本番は別のところにあります。それまでは、程よい緊張感を保つべきでしょう」


 シエナの提案してくれたパーティーは、あくまでも練習の場だ。

 ユーリエにとっての本当のリベンジの場というのは、当然、件のオーヴェスト家の令嬢と一緒の場であるべきだ。


「まったく。リュシィは固いわね。そんなことじゃ、パーティーも楽しめないでしょう。いくら完璧に振舞えたところで、パーティーそのものを楽しめなければそれは失敗なのよ?」


 どちらの言い分ももっともだ。

 まあ、僕としてはパーティーというのは、気を緩められる場ではないので、感情的にはリュシィの味方だけど、それ自体に楽しさを見いだせないのなら、そもそも無理に参加する必要もないと思うので、シエナの言うことももっともだと思っている。

 つまりは。


「ユーリエの思うようにしたらいいよ。練習は本番のように、なんて言葉もあるけど、あんまり緊張し過ぎて、駄目だったイメージのまま本番に臨むほうが良くないからさ」


 結局、僕たちにできるのは手伝いだけだ。

 厳しいようだけど、戦うのはユーリエなんだから、ユーリエが決めなければいけないし、僕たちなんかの意見より、それが正しいに決まっている。


「私、頑張ります。しっかり、あの人たちに認めてもらえるように」


「そうね。私たちがついているわ」


「練習通りにできれば問題ありません。私たちが保証します」


 三人の初等科学生たちは、頑張りましょう、と手を重ね合わせた。


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