恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。 2
◇ ◇ ◇
ともかく、重要なのは相手の素性を掴むことだ。
わからないからこそ、不安の感じるのであって、相手がわかれば対処の方法も決めることができて、また、根本的な解決策も考えられる。
ユーリエたちから相談があった翌日、僕は胸ポケットに通信状態の端末を忍ばせたまま、三人を迎えに向かった。
とはいっても、三人の自宅までという意味ではない。魔法省の最寄り駅までのことだ。
今は冬季休暇の真っ最中で、ストーカーだって、まさか学院のほうに張り付くはずもないし、ユーリエたちが昨日向かってきたのは魔法省だ。家からつけてくるにしろ、あるいは待ち伏せるにしろ、すくなくともこの駅には辿り着くことになるだろう。
まさか、魔法省付近で犯罪まがい、あるいはそのものである行為を働くだろうか? とは思うものの、僕の身体はひとつしかないし、仕事もある。始業時間に遅れないように、かつ、ストーカーの有無を確かめるには、昼の休憩時間に抜け出して、ここまで確認にくるのがもっとも効率がいいと判断した。
それに、ここからなら、車を使わずとも魔法省までは近いため、それほど躊躇う必要もない。あんまり長い距離を女の子に歩かせるのも忍びないし。
「レクトール」
改札を出た辺りで待っていると、予定時間ほとんどぴったりに、三人が改札に姿を見せた。
リュシィとシエナはともかくとして、最初にユーリエの表情を確認する。
前者のふたりはポーカーフェイスも得意であるためわからない可能性はあったけれど、ユーリエがポーカーフェイスを苦手としていることはわかっている。
三人ともここまでくる間にストーカーの有無を確認し合っただろうから、とりあえず安心できる存在だと判断してくれているのだろう、僕の姿が確認できれば、少なくともユーリエの表情には安堵の色が浮かぶはずだと考えた。
予想どおり、ユーリエの表情から緊張が緩和されたのが、神経を集中させていたおかげで見て取ることができた。
つまり、リュシイに限らずとも、三人のうち誰かがつけられていただろうことは、ほとんど確実だと判断していいだろう。
「それで、今日は誰が見られていたの?」
三人と一緒に魔法省へ向かって歩きながら尋ねる。
ターゲットがわからなければ、対処もし辛い。逆に、わかってしまえば、周囲を固めるなど対策もとりやすい。
とはいえ、大方の予想は――。
「私です」
態度にこそ出さなかったものの、正直なところ僕はかなり驚いていた。
「ユーリエ?」
昨日の話からだと、リュシィだと思っていたのだけれど。
こう言ってはなんだけれど、ユーリエを尾行するメリットはないようにも思える。まあ、たしかにユーリエは美少女で、懸想して、なんてことはあるのかもしれないけれど。
「よく気がついたね」
「昨日、リュシィが話してくれていなかったら、気がつけていなかったと思います。今日は注意して、慎重に出てきましたから」
鏡で後ろなんかも確認しながら来たらしい。
「一応確認だけれど、ユーリエ。なにか、それらしい心当たりとか、身に覚えはある?」
ユーリエは首を横に振り、困ったように眉を下げる。
「いいえ。思いつきません。けれど、もしかしたら、私が意識していないところで誰かを刺激してしまっていたのかもしれませんし」
それは誰にでも言えることだけれど。
「それは、ユーリエは悪くないわよ。というより、なにかあったのなら、その場で直接言ってくればいいのよ。こそこそと付け狙うような真似をするなんて、陰険だわ」
「シエナの言うとおりです。ユーリエが気にする必要はまったくありません」
シエナとリュシィの意見には僕も同意するところだ。
よく潜入調査に赴く僕に言えた台詞ではないのかもしれないけれど、相手は団体ではなく一個人、それも、初等科に通う学生――年頃の女の子だ。精神的な負担まで考えると、とても一緒にはできないだろう。たとえ、表面上、ユーリエが何事もないように振舞ってはいても。
僕たちと一緒にいるときのユーリエに悪いところは見受けられない、どころか、とてもいい子だ。
一生懸命な頑張り屋で、家庭的なところが目立つ、感情表現豊かな可愛い女の子。少々、純粋過ぎるというか、この年頃にしては摺れていなさ過ぎるとは感じることもあるけれど、それはいいことだし。
サリナさんの態度から考えても、実は裏では相当な悪でした、なんてことは、まあ、ほとんどないと判断できる。そのくらいは判断できるくらいには、ユーリエと一緒の時間を過ごしてきたという自負はある。
「どうしたのかしらね。ユーリエの焼いたマドレーヌの匂いにつられてとか?」
そう言いつつ、シエナは肩を竦める。
「今日は焼いてきてないよ。昨日だって持ってなかったし。あ、違うんです。別に、相手の方のことが気になってとか、そういうことじゃなくて」
知らないうちに顔を曇らせてしまっていたらしく、ユーリエが慌てた様子で、顔の前で手を振る。
「考えられるのは、以前にもあったような、私たちと一緒にいることが気に入らなくて、ということでしょうか?」
そう口にしたリュシィが、わずかに沈んだ顔を見せる。
自分のせいで友人に迷惑をかけているかもしれないということを気にしているのだろう。
とはいえ、それもやっぱり、リュシィたちが気にするというか、気にできることではない。個人の感情の問題だ。
「気に入らないわね。そもそも、まともに顔を見せられないことをしているって自覚があるのなら、そんなことしなければいいのよ」
シエナも憤るような表情を見せる。
それはもっともだけれど、その理屈が通るなら、犯罪は起こらないわけで。シエナも十分わかっているとは思うけれど。
「直接……」
一方、ユーリエはなにか思いついたような表情で。
「もしかして、ユーリエ。そのストーカーに直接確かめようと思ってる?」
直前のつぶやきにはそのような意志が込められているように感じられた。
「はい。それで事が済むのなら。私もよくないところがあるのなら、改善したいですし」
精神性が天使にも思える。
天使教はもう、ユーリエを信奉すればいいんじゃないかな。
いや、今はそれはどうでもいい。
「それは危険じゃないかしら」
シエナが眉を寄せ。
「手っ取り早くはありますが、相手の狙いがわからないうちから無暗に接触するのは危険でしょう」
リュシィも否定的だ。
もちろん、僕も二人の意見には賛成だ。
ユーリエのためにも、早いところ解決したいのは山々だけれど、そもそも、話し合いで解決するような相手がストーカー紛いのことをするはずもない。
気に入らない相手で――それも信じられないけれど――チャンスを窺っていたというのなら、みすみす相手の土俵に突っ込むことにもなりかねないし。
とはいえ。
「直接捕まえて話を聞くというのは、たしかに、早くていいかもね」
もちろん、ユーリエに危険を冒してもらうということではなくて、僕がということだ。
「ところで、思い起こさせるようで悪いのだけれど、今日はどこまでついて来ていたの?」
駅で僕が合流してからは、それらしい影は発見できていない。
つまり、ユーリエが自宅を出てから、どこからついて来ていたのかはわからないけれど、ここまでの間のどこかで離れたということ。
ユーリエは自信なさげに眉を下げ。
「ここの駅まででした。自信を持っては言えませんけれど……」
ここが魔法省の最寄り駅だと知って離れた?
つまり、自分が後ろめたいことをしているという自覚はあるわけか。そうでなければ、この駅の近辺にあるのはなにも魔法省の建物だけではないし――まあ、実際に目的地は魔法省だったわけだけれど――目的地まで、というより、最後まで尾行を続けようとするだろうから。
そして同時に、おそらくはユーリエが魔法省の関係者と知り合いだということも知られた。あるいは、元々知られていたという可能性もあるけれど。まあ、それが関係してくるのかどうかは、今の段階では判断できないけれど。




