恋? は盲目というけれど、ストーカーは犯罪です。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
「なんだかつけられているような気がしているのです」
学院は冬季休暇の最中であるため、平日の昼間から学生が魔法省へ来ていても不思議はない。
誕生日のパーティーが終わって、一週間ほどが経過していたけれど、今日も魔法省まで遊びに来ていたリュシィたち、いつもの三人からそんな報告を受けた。
「それは、リュシィの――ローツヴァイ家からということ? それとも街中で?」
街中では、緊急時以外に(あるいはそうと認められた場合を除いて)魔法の使用許可は下りていない。
リュシィは少し難しそうな顔をして。
「うちから、と言ってもいいのでしょうか。いえ、レクトールも知ってのとおり、ローツヴァイ家のセキュリティは厳重です。近くから監視しているわけではないでしょう」
はっきりしない相手について説明するのは難しく、リュシィは口を閉ざしてしまう。
「勘違い、ではないと思うわ。私たちもそれで今日は一緒にこうして来たのだけれど、たしかに、視線を感じるようなことがあったもの」
シエナも一緒に感じていたとなると、気のせいではない可能性が高くなるな。
「私は全然気がつかなかったんですけど、経験がない私は鈍感だから気がつけなかったということなんでしょうか?」
「気にする必要はないよ、ユーリエ。そもそも、日頃から注目されるなんて、滅多なことじゃないから」
まあ、ユーリエは、リュシィやシエナと、タイプは違うかもしれないけれど、美少女には違いないし、好きになったとか、恋をされた相手とかに、ちょっと見つめられることはあるかもしれないけれど。
そういうのに、自分から気がつくタイプでもなさそうだし。
「それは、レクトールには、世界で一番言われたくないと思うわよ」
鈍器であることを事あるごとに指摘されている僕としては、ユーリエを慰めるどころか、シエナに対して、ひと言の反論すらできないわけで。
「一応、確認しておくけれど、それって、いつものように注目されているのとは違うものだったんだよね?」
リュシィは、銀糸のような長髪をなびかせ、宝石をはめ込んだような綺麗な紫の瞳の美少女だ。
当然、道行く人は放っておかないだろうし、つい、視線で追いかけてしまうのも仕方のないことだと、同じ男性としては――多分女性でも――思ったりもする。
同じく、隣にいるのが、艶やかな黒髪に、勝気というか、生意気――いや、とらえどころのなさそうな、簡単に靡きそうではないのだけれど、抗えないような魅力を放つシエナと、肩の辺りで揃えられたふわりと広がる金の髪に、穏やかな青い瞳、純真そうな笑顔を振りまくユーリエ。
ふたりともやっぱりつい目で追てしまいたくなる、美少女だし、そんな三人が一緒にいるのであれば、ますます、という感じだろう。
「そんな風に思っていただけていたなんて、その、嬉しいです」
ユーリエははにかんだような笑みを浮かべ。
「まあ、当然よね」
そう言ったシエナも、空になっているコップに気がついていないように、中身をあおり――正確にはあおるふりをして。
「話しを進めても構いませんか?」
リュシィは呆れたような口調で、ただし、僕にはわずかに細められた、非難するような視線を向けてきて。
「ごめんごめん。それにしても、この間も似たような感じでつけられていたよね」
天使教のときの話だ。
エナはまだ学院に通っていないから、そして、その組織に関しての決着は一応ついているし、その関連ではないはずだ。
「あのときより、視線がしつこい感じがするんです」
「それは、どちらかというと、ユラ・ウォンウォートのときのような感じなのかな?」
彼はいまだに収監されているはずだから、関係ない人物だとは思うけれど。
「あっ、ごめん。無理に説明しなくていいから」
リュシィの表情が曇りそうになったのを察して、僕は慌てて言葉を継ぎ足す。
思い出させることなんてない。
まだ、半年も経っていないわけだし、リュシィにとっては、あれは恐怖の体験でしかなかったことだろうし、僕だって思い出させたくないし、思い出してほしくない。
「それで、どうする? また僕が送り迎えをしてもいいけれど」
「それじゃあ、相手の正体がつかめないわよね」
シエナが瞳を光らせる。
また危ないことに突っ込んでいきそうな気配がしている。
「一応、注意だけはしておくけれど、下手に相手を刺激したりしないようにね。それから、なにが起こるかわからないんだから、僕たちに任せて特別に手出しはしないこと」
学院周辺は、子供たちの安全を考慮して、他の街中よりも厳しいセキュリティが敷かれている。具体的には、監視カメラの数とか、位置とか。
相手がただのストーカー程度であれば、それに発見できないわけもないだろう。
三人とも、ここにその話を持ち込んだ時点で、僕がそう言うだろうことは予想していたようで――少なくとも表面上は――素直に頷いてくれた。
「それから、確認だけれど、リュシィもシエナも、パーティーで他の人を煽ったりはしていないよね?」
プライドを傷つけられて、その仕返しに、なんて可能性もあるかもしれない。
それならまだ、ひと目惚れしたから、という理由のほうが安全だ。
「なんで、私とリュシィだけなのかしら?」
シエナは少し不満そうだったけれど。
否定しないということは、自覚があるからなのでは? とは言わず。
「なんでもなにも、ユーリエがそんなことをするとは思えないし」
基本的に純粋、素直を体現したようなユーリエに、自分から絡んでいこうとする輩は少ないはずだ。
まあ過去に例外があっただけに、断言はできないのだけれど。
それはともかく。
「シエナだって、それはそうだと思っているでしょう?」
「まあ、ね。うちのユーリエに手を出そうなんて輩は、あれ以来、いないわね」
シエナはシエナで、ユーリエのことはしっかり気にかけていたようだ。
本人が、それを口に出したことに、気がついているのかどうかは知らないけれど。
「なによ、皆してその顔」
「べつに(なんでもありません)」
ユーリエ当人を含めて、僕たち三人の声が揃う。
僕はパーティーでのユーリエやシエナの様子は、あまり見られていなかったのだけれど、ウァレンティンさんやターリアさんからはふたりの様子も聞かせて貰っていて、それを聞いた限りでは、問題はなかったと判断している。
「とにかく、念のためもう一度確認しておくけれど、三人に――あっ、いや、三人ともにってことではないけれど――惚れてしまって、だけど声をかけられない内気な子、というわけではないんだよね?」
それで済んでいればいいのだけれど。
「はい。というより、そのような視線なら日頃と変わりませんから」
それなら気にしたりしないと、リュシィはクールに息を吐く。
同じ学院に通う、同年代の男子には同情を禁じ得ない。まあ、僕にとっては嬉しいことかもしれないけれども。
「レクトール。間違って、逆にその子に手を出しちゃったりしないようにね」
シエナが、何故か楽しそうに、忠告してくる。
「しないよ。僕をなんだと思っているの」
そもそも、そこは手を出すではなく、手をあげるといたほうが――って、そもそもそんなことはしないんだから、これ以上言っても仕方ない。
とりあえず、寒いだろうからと、僕は三人に温かい饅頭を奢って、念のためにと、その日は仕事を途中で切り上げて、僕が家まで送って帰した。
もちろん、こちらは車だったので、ストーカーの陰は見られなかったけれど。
「とりあえず、街路カメラの映像でも確認しておこうかな」
そこにもし写っていたなら、明日三人に確認すれば、なにかわかるかもしれないし。




