リュシィの誕生日
人工魔法師、つまりはソシドラ・フィニークとオリハエルの研究所の件がひと段落したことで、とりあえずの脅威は去っただろうと判断されたため、エナの外出許可もとることができた。
もちろん、今回の事件についてはニュースとしての公表はしない、という訳にもいかなかった。
エナの姉妹との戦闘は、実際にその音を聞いていた人もいて、空に浮かんでいた光、それからその先頭による周辺地理、地域への被害も、多少ではなく引き起こされている。事の対応にあたっていた魔法省としても、まったくなにも説明しない、というわけにはいかなかった。
ただし、その辺りは、ウァレンティンさん達がメディア、および世間への説明にあたってくれたため、僕たちが直接後始末をつけなければならないということは、研究所跡地のことを除いては、特になかった。その跡地の件も、実際に修復作業にあたるのは建築業者の方たちで、もっぱら、僕たちの仕事は報告書作成だった。
逮捕したソシドラ・フィニークの供述もあり、それらは滞りなく進んだ。
エナの姉妹は、残念ながらというべきか、リュシィたちとの戦闘が終了し、回収しようとしたときにはすでに形をとどめるのが難しくなっていたようで、崩れてしまっていた。
例の薬を使用された結果なのか、おそらくは全力以上の力を強制的に引き出されためだろう。
ソシドラ・フィニークの研究段階がもっと進んでいれば、薬の投与にも耐性のついた身体を得られていたかもしれなかったけれど、残念ながらと言ってしまっていいのか、あの段階では、耐えうる身体を有してはいなかったということらしい。
遺骸――といっても、ほとんど炭素化していたのだけれど――は丁寧に持ち帰らせて貰って、一部部署は研究したがっていたけれど、さすがに断らせてもらい、天使教とは別の教会の墓地に丁重にお墓を立てさせてもらった。
データもすべて消去。魔法省のどの端末、あるいは外部記憶装置にも、欠片も残されてはいない。あるとすれば、エナ自身だけだ。
そのエナは、今までと変わらず、魔法省の寮に暮らすことになった。
ソシドラ・フィニークが親と呼べないこともないだろうけれど、彼女は逮捕されているし、血のつながった兄弟姉妹はすでにいない。ほとんど、天涯孤独ともいえるだろう。
「べつに寂しいとか、そういうことはありません。ここの皆さんは本当によくしてくださいますし、それに、いつでも誰かいてくださるみたいですから」
親代わりということでもないけれど、魔法省――諜報課に限らず――の役員が、二人以上は常にエナと一緒に暮らすことになった。もちろん、エナが大人になるまでのことだけれど。
もちろん、強制されてのことではないし、誰の手も上がらなかったときには、伊アマmでと同じような感じに、夜番の僕たちがその役目も兼任しようと(とはいっても別々ではあるけれど)思っていたのだけれど、省内からの立候補緒は、むしろ多すぎるくらい上がり、結局、女性職員が入れ替わりで役目につくことになった。
そこまでの仕事を、泊まりこみで二日で終わらせ。
「付き合ってくれてありがとう、ふたりとも」
僕とエナは、リュシィの誕生日のプレゼントの買い物に出かけた。
「いえ。私が言いだしたことですから」
ピンクのダッフルコートを着込んだユーリエが、手袋をした指先に息を吐きかけながら微笑む。
雪こそ降ってはいないけれど、今日もかなり寒い。ユーリエの吐いた息は白くなっていた。
「私も準備したかったし、丁度良かったわ」
よくはわからないけれど、多分、高いんだろうなあと思わせる作りというか感じのコートを着込んだシエナは、ショーウィンドウに並んだ衣服を流し見している。
並んだ、とはいっても、立体映像の出る端末に表示されているだけで、直接手に取っているわけではない。
そういうお店もあるし、そういうところは、得てして値段もそれなりに設定されているわけで、エストレイア家の御令嬢であるシエナや、一応、社会人として働かせて貰っている(しかも、給料自体は他の職と比べて結構高い)僕は別にして、ユーリエやエナ(まあ、エナの分はオンエム部長が交際費とか、そのあたりのうちの部では全然使っていないにもかかわらず、設定だけはされている経費から出ているのだけれど)がちょっとという感じで手を出せるようなものでもなかった。
まあ、初等科生――一般の初等科生が友達の誕生日プレゼントに送るものとしては、あまり適切とは言えないだろう。
まあ、ユーリエはもう準備してあるということだったので、この場合はエナだけの問題なのだけれど。
「遠慮とかは全然しなくていいから。エナが贈りたいと思ったものを選んでくれればいいよ」
当たり前だけれど、エナには個人の資産――お小遣い的なものはなにもない。
だからこそ、うちの部の費用から出ているのだけれど。
「ですけど、今でもお世話になっている身ですし、これ以上ご迷惑をおかけするわけには」
と、エナは遠慮がちだった。
その気持ちはよくわかるので。
「この費用だけれど、うちの部ではいつも結構余ってしまうから、年々、削られているんだよね。さすがに、ゼロになるということはないだろうけれど。だから、むしろ、エナが使ってくれるならありがたいことなんだよ」
これは本当の話だ。
職業上、僕たちはあまり、というかほとんど、交際費だとか、予備費だとか、そういう費用を使うことがない。
設定されているのは、建前上というか、税金の対策というか、まあ、そんな感じなので、むしろ、使ってしまわないと勿体ない。余った金額は次の年に持ち越されるわけではなく、他の部署なんかの補填にあてられるからだ。
それはそれで悪いことではないのだけれど、とにかく、エナが遠慮するような理由はまったく無い。
「でも、どういったものを選んだらいいのか……」
エナは、自身の服を買ったりしたことはあったけれど、こういう、他人へのプレゼントは初めてだ。
「だからこそ、私たちがいるんじゃない」
シエナは困り顔のエナの手を引いて、デパートの、あちらこちらの店へ引っ張り回す。
リュシィへのプレゼントだけではなく、エナのものという意味でのショッピングも(もちろん、自身とユーリエの分も)楽しんでいる様子だ。
「これなんか良いんじゃない?」
「それは……本当に?」
エナが困った顔を向けてくるので。
「シエナ。もっとちゃんとしたものを勧めてあげようよ」
ユーリエがそう言って、アクセサリーショップへ連れて行く。
「まあ、たしかに、リュシィじゃあ、サイズが足りないわよね」
シエナは特に拘る様子も見せず、あっさりとそれを戻す。
いや、サイズじゃなくて――サイズも問題だろうけれど――デザインの問題だと思うよ。そんな、紐みたいな服、リュシィが着るはずもない。
「レクトールさんは、リュシィはどんなものなら喜ぶと思いますか?」
エナが真剣に選んだものなら、どんなものでも喜ぶと思うよ。
そんな、ありきたりな、そしてあやふやな回答を望んでいるわけでもないだろう。リュシィ自身がそう言っていたのは……まあ、本人が言う分にはなにも問題はないのだけれど。
「エナは、どんなものを貰ったら嬉しい?」
それともまだ、そういう気持ちはあんまりないかな。
物欲というか、なんというか、そもそも、エナはまだ生まれてから、一年も経っていないわけだし。
「エナは、どんなことをして欲しいかな」
べつに、プレゼントは物品でなくてはならないという決まりもない。
実際、僕も今年、皆には物品でないプレゼントをもらったわけだし。それでも、むしろ、それはとっても嬉しいことだった。




