人工魔法師 26
辺りは、ソシドラ・フィニークが逃げられそうな感じでもない。
たまたま僕たちが追い付いた場所が彼女たちの目指していた場所だというのなら別だけれど、そんな様子ではなかった。
つまり、ここからソシドラ・フィニークが、ひとりで逃げようと思ったのなら、徒歩で、ということになるだろう。それならば、僕たちに追いつけない道理はない。いくら山の中で、視界が悪く、逃げるほうが有利なように見えるとはいえ。
「心配せずとも、逃げたりはしないわよ。私だって、この試行のデータを取らないと、次回に活かせないのだから」
「ここで僕たちが勝利を収めれば、あなたに次回は来ないと思いますが」
と、そんなおしゃべりをしている時間はなさそうだ。
先程とは違い、すでになんらかの薬品の投与は許してしまっている。
先日の天使化したような見た目には、まだ、なっていないとはいえ、あれと同程度になるというのなら、かなり厄介な状況と言わざるを得ないだろう。
まだ隠し持っていたのか。油断していたことは事実だけれど、後悔しても遅い。
エナの妹である少女は、やはり甲高い叫び声をあげながら、自らの形を変えてゆく。
僕たちはその変化を見守――ったりはしない。
変身ヒーロー、あるいはヒロインもののテレビ番組では、変身中は攻撃しないことがお約束だけれど、これは虚構の作品内でのことではないし。
そして、それを許してしまえばどうなるのかは、前回のことで十分に身に染みている。試行――この場合は経験を積んでいるのは、なにも向こうだけではないのだから。
ただし、前回とは違い、彼女の身体はまだ崩壊の兆しを見せてはいない。この前は、わりと直後くらいから、身体の表面がひび割れ、崩れかけていたと思うのだけれど。人の形も、半分くらい、失くしていたし。
これが、彼女の言っていた試行の積み重ねの結果なのだろうか。
叫び声は衝撃波となり、もちろん、僕たちは避けたけれど、周囲の山肌を削り取る。
「皆は後ろから支援を。直接の相手は僕がするから」
いくら、ついて来ること、戦闘に参加することは認めても(本当はそれも認めたくはなかったけれど)真正面に立つのは許可できない。
直接止めたいと思っているだろうエナには申し訳ないけれど、子供にそんな危険を冒させることは、大人として認められない。
「とりあえず、接近戦は危険かな……」
前回、関節技などが有効であることはわかった。むしろ、そちらのほうが耐性が低かったくらいだ。
しかし、突如として生えてきた背中の突起のこともある。
密着した状態からあんなものが生えてきたら、確実に僕の肉体は貫かれるだろうし、運が悪ければ心臓とか、頭とかを破壊されて、その場で即死だ。
あれがどこから生えてくるのか、たとえば背中からだけだと決まっているのなら対処はできるけれど、わからない以上、迂闊なことはできない。
変化が完了した段階なら……でも、どこまでゆくのかはわからないしな。
そもそも、完了してしまったのなら、近付くことができなくなるかもしれないし。
「いや、わからないことを考えていても仕方ないか」
ソシドラ・フィニークも言っていたことだけれど、試行錯誤が大切なんだと。
なにが彼女に有効なのかはわからないけれど、なんでもやってみなくては。
「もう待たないわよ、レクトール」
真っ先にそう言ったのはシエナだ。
そして、言うが早いか、氷の弾丸が発射される。
もちろん、ただそれだけならば、優秀とはいえ、初等科生の魔法力で彼女の守りを突破できることはないだろうけれど。
「シエナだけじゃありません。私の力も合わせますっ」
ユーリエがその氷に自身の魔力を付与させる。
身体能力の強化などは、よく自分自身に対して使用される付与魔法の使い方ではあるけれど、他人の――あるいは自分の――すでに発動された魔法に対しても、強化などの効果を付与することもできる。
さらに、ユーリエだけではなく、リュシィも無言でそれに加わり。
結果、単純に三倍されたどころではない威力の氷の弾丸は、エナの姉妹だった彼女の展開した障壁を貫通し、片肘から先を粉砕する。
痛みは感じていないのか、蹲ったりはしなかったけれど、自身の一部が奪われ、さすがに怒りはしたらしい。
天に向かって狂ったように咆哮し、瞳などのまったくない目を僕たちへ向ける。
あれでどうやってこちらを見ているのだろう。
それとも、見えてはいないのか? 額からとかも生えている二本の角のような器官で、たとえば空気の流れとかを読んで、動きを捉えているとか?
まあ、そんな考察は、後で、生物部の方にでも任せればいい。いや、任せなくてもいいけれど、とにかく、彼女の視覚がどうだろうと、こちらを捉えているという事実は変わらないのだから、気にしても仕方ない。
「……いや、そうでもないか」
音や光が攻撃に有効なのかどうかというのは、戦闘を展開するうえで重要な情報でもある。
目くらまし、あるいは三半規管などへの攻撃が有効なのかということは。もしくは、あの角のような器官をどうにかすれば、相手の動きを制限できるようになるのか、とか。
試してみる価値はある。
元は、と言っていいのか、彼女だって人工魔法師……人間なのだから。
僕は、こちら側を囲うように真っ黒な障壁を作り出し。
「ちょっと、レクトール、なにを――」
シエナに文句を言われる前に、障壁の向こう側に閃光弾を炸裂させる。
ただ光が強いというだけで、それ以外の攻撃性能はまったく無い、まあ、暗闇なんかで辺りを照らす際に光を出すけれど、その強化版、いや、超強化版といったところだ。
「皆、後ろに!」
同時に、別の、もう二枚の障壁を展開する。これは、単純に、魔力、それから物理攻撃に対する障壁だ。
そして、後ろに飛びずさり、様子を観察。
すでに光は晴れ、音は止んでいるけれど、彼女のほうは動く素振りを見せない。両手で目を覆うような格好になり、膝をついている。
これは、効果があったとみてもいいだろうか。それとも、こちらを誘う演技なのか。
なんとなく、後者はあり得ない気がする。そこまでの知性を残しているようには見えなかった。
能力値が魔法力に振られ過ぎていて、そういった、ある種の人間性を失ってしまっているというのは、魔法師も人間である以上、人工魔法師としては、失敗なのではないだろうか。
続いて僕は彼女の周囲に風を巻き起こし。
「僕はあれに接近するから」
多人数戦で、自身のやることを周囲に伝達することは重要だ。
こちらの作戦もばれてしまうということだけれど、どうせ、突っ込んだらわかってしまうことだ。
自己防衛のためか、彼女は無差別なように周囲に魔力を放っている。
魔力弾とか、砲撃とか……いや、それよりも斬撃に近い形か。放たれた先の地面や木々が、切り裂かれているから。
「了解です。援護します」
リュシィからの頼もしい声が聞こえる。
自分も一緒に突っ込みます、なんて言われずに済んで良かった。
「私もっ。彼女を止めるのは私の役目ですから」
エナも走ってくる。
「いいとこどりね。まあ、今回は仕方ないわね」
援護の障壁を展開しながらシエナのごちるのが聞こえる。
「ふたりとも、後ろは任せてください」
そんなユーリエの声にも、この状況では勇気を貰える。
三人ともまだ初等科生だけれど、協力して、ひとりくらいは抑えられている。
先生だったら、十分過ぎるほどに花丸をあげたい。
「行かせない」
進路に立ち塞がるのは、彼女の、そして、エナの親ともいえるだろう、ソシドラ・フィニーク。




