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人工魔法師 20

 ◇ ◇ ◇



 結局、天使教の人たちが、ソシドラ・フィニーク、もしくは人工魔法師に関係しているという、確たる証拠を得ることはできなかった。

 なんらかの理由で、入信者を熱心に探しているようだ、とは思ったけれど、自分のところの宗教に入れ込んでいるのだと言われれば、それまでだし。

 それにまだ、利用されているだけ、という可能性も残っている。

 まあ、つまり、今回の収穫はほとんどゼロだった――あの一瞬と思えるような視線だけでは、とても価値があったとは言えない――ということだ。

 あるいは、本当に、まったく関係ないのかもしれないけれど。

 とにかく、もう一度は調べに来る必要がありそうだ。すくなくとも、あの、地下にあるだろう、空間のことは。

 幸い、僕たちは入信希望者と思われているだろうから、礼拝堂に近づくこと自体は、容易にできるだろう。

 問題は、あの子たちが、またついて来ると言い出しかねないところか。

 今回利用した言い訳から、他の諜報課の先輩に供を頼むことはできない。それは最後、確信を得てから、あるいは、向こうの動きが確実に掴めてからのことになるだろう。

 まあ、一応、夜中に礼拝に来ても構わないという言質は貰えたことだし、今日……は流石に怪しまれるか、近いうち――というか、明日になるだろうな、なるべく早いほうがいいだろうし、誰もいない頃合いを見計らって、出かけることにしよう。

 ちなみに、初等科生三人は、きちんと、親御さんの下に送り届けてきたから、今晩抜け出すなどという暴挙に及んだりはしないだろう。

 

「お帰りなさい、レクトールさん」


 僕が魔法省、諜報課の部屋に戻れば、エナが出迎えてくれた。

 誰が教えたのかは知らないけれど、エプロンドレス――いわゆる、メイド服を着て。


「……えっと、エナ。その格好はどうしたのかな」


 エナは自分の足元までを見回したり、半身になって袖のあたりを確認するような仕草を取りながら。


「おかしいでしょうか?」


 いや、可愛いし、似合ってはいるけれど。

 なんでここにメイド服が、しかも、エナのサイズに合うものがあるのだろう。わざわざ買ってきたとか? 

 

「シスさんから、このような恰好でお出迎えすれば、レクトールさんが喜ぶと教えていただいたので」


 僕はデスクの向こうへと視線を向ける。


「勘違いしないで欲しいのだけれど、レクトール。似合っているし、レクトールも喜ぶんじゃない、とは言ったけれど、買ってきたのも、最初に着るように勧めたのも、私ではないわよ」


 つまり、もう帰宅されている、今日の夜番ではないうちの誰か、ということか。

 今、シスさんが名前をおっしゃらなかったということは、聞いても教えてはくれないのだろう。もしくは知らない、あるいは、全員、か。

 

「……どうでしょうか?」


 エナが感想を求めてくる。

 下心など一切感じられない純粋な瞳だ。ここにはいない先輩たちの表情が目に浮かぶようだけれど、とりあえず、エナに会うためにと、リュシィたちがついて来ていなかったのは、幸いと言えるだろう。


「可愛いよ。よく似合うように着られているね」


「ありがとうございます」


 ほんのりと頬を染めてはにかむエナに、月並みな感想しか言えなかった自分自身に対して、情けない気持ちもある。

 いや、でも、メイド服を着た初等科生相当の女の子に、なんて声をかければ良いのかなんて、さっぱりわからない。

 どうしてこんなことに。


「いや、最初は制服のための採寸だったのよ」


 ついでにと、いろいろ服を合わせているうちに、こうなったらしい。


「それとも、運動着とか、スクール水着とか、エプロンとか、そっちのほうが、レクトール的には良かった?」


「普通に、いつものワンピースではだめだったんですかね……」


 なんだろう。

 あまり成果を得られなかったこともあって、報告する気がどっと失せたような気さえするのだけれど。


「私では、レクトールさんを労うお役には立てなかったということでしょうか?」


 エナがしょんぼりとした顔を浮かべる。

 僕は慌てて。


「そんなことはないよ。ただ、ちょっと、驚いていただけというか。僕を労ってくれようとしてくれたの? ありがとう。元気は出たよ」


 エナの頭を撫でてデスクにつけば、エナが温かい紅茶を淹れてくれた。

 ひと口だけ口をつけてから。


「シスさん。報告しても構いませんか?」


 明日、もう一度、皆の前でも報告はするけれど、とりあえず、情報共有は大切だ。

 僕は教会でのことを話し。


「その、ユーリエが感じたという、床下の違和感――おそらくは地下に空間が、あるいは地下へとつながる通路があるのだとは思われますが、そこまでは調べていません」


 結果的にとはいえ、ミミエラさんにも現場を見られることはなかったわけだけれど。

 なんにせよ、僕にはあそこで初等科生を連れて地下に潜って行くという選択肢はなかった。


「それは明日確かめに行きましょう。もちろん、私たちで」


 それは、リュシィたちは連れてはゆかないということだ。

 当然だけれど。

 とはいえ、今日の言い訳のこともあるし、変装していかないとまずいかな。


「すみません、レクトールさん、シスさん」


 途中で割って入ってきたのは、この場にいるもうひとり。


「なにか、気になることでもあった、エナ」


「その、教会の調査ということでしたけれど、私もご一緒してはいけないでしょうか?」


 普通に考えて、エナくらいの年齢の子供を調査に帯同させるはずがない。リュシィたちは、まあ、うん、僕が情けなかったというだけだ。

 しかし、そんなことは、ここで過ごしているエナならば、もうわかっていることだろう。

 それにもかかわらず、そんなことを言いだしたということは、それなりの理由があるはずだと考えられる。


「もちろん、私がレクトールさん達に比べて未熟だということも、ともすれば、足手まといになるのかもしれないということは、十分に理解しているつもりです。ですが、私や、兄弟姉妹と同じような研究が続けられているというのなら、それを自分の目でも確かめなければならないと思うんです」


 ソシドラ・フィニークらの目的の内のひとつに、九番目のサンプル、つまり、エナの回収があることはまず間違いないだろう。

 そんな現場に、わざわざエナ――目的物を連れてゆくことは、どれほどのリスクを伴いだろう。はっきり言って、このリシティアで、魔法省はトップレベルのセキュリティを誇る。ここにいるのが安全であることは明白だ。外に出るのは、安全が確保されてからでも遅くはないだろう。

 少なくとも、確実に脅威があるとわかっているところへ出向くことを、推奨することはできない。諜報部員――政府機関の役人としては。


「お願いします、レクトールさん。きっと、言うことを聞きますから」


 ただ、エナが自分に関係のあることを知りたいと思うのは、権利でもあると思う。

 エナがそう願うなら、その思いは尊重してあげたいとも。


「私は構わないと思うわよ。というより、私のほうを確認したってことは、レクトールはもう、そのつもりだってことでしょう?」


「はい。たしかに、エナにはその権利があると思います」


 報告書だけで満足して、とは言えないな。

 

「エナ。僕たちの傍から離れない。最低でも、誰かひとりには付き添ってもらうこと。それだけは約束して。ひとりで突っ走って行かないように」


「はい。ありがとうございます」


 まあ、これは僕とシスさんだけの判断なので、オンエム部長とか、他の先輩たちがなんとおっしゃるのかはわからないため、確約はできないけれど。



 

 

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