人工魔法師 17
◇ ◇ ◇
子供たちの見ている前で着替えるわけにもゆかないし、ズボンには印は入っていないので、制服の上着だけを着替えて、車を降りる。
その上着も、新品同然にアイロンのしっかりかけてあるものではなく、多少よれたり、くたっているものだ。
もちろん車は、路上ではなく、ほど近いパーキングに止めている。
後から周りをうろちょろされるよりはと割り切って、初等科生たちがついて来ることに関してはもうなにも言っていない。後から僕が怒られれば済む話だ。
どこぞの冴えない会社員を装ってトボトボと歩きながら、件のビルの前でこれ見よがしに溜息をついて、高いビルを見上げてから、再びよたよたと重い足取りで歩きだす。
「もし。そこのあなた」
ゆっくり首をもたげれば、声をかけてきたのは、それなりに綺麗な恰好をした、若い女性だった。多分、僕と五つも離れてはいないだろう年頃のようにも見える。
「お辛いことがあったようにお見受けできますが」
「どうしてそれを?」
僕は目を見開き、わざと、自分では大袈裟かなと思うくらいに、驚いて見せる。
「私どもの天使様がそのようにおっしゃられました。よろしければ、あなたの不安を取り除かせてはいただけませんか?」
僕はちらりと子供たちを見やり。
「いえ、あなたに迷惑を掛けるようなことは……」
もちろん即座には飛びつかず、遠慮するような姿勢を見せる。
「まあ。迷惑などと言うことはございませんわ。さあさあ、どうぞお話しだけでも聞かせていただけませんか」
「はあ。そこまでおっしゃってくださるのなら、すこしだけ」
僕はいかにも心の弱っている風な会社員を装いつつ、やはり、もう一度。
「……あ、いえ、やはり申し訳ありませんが、子供をそのままにしておくわけにもゆきませんから」
「それならば、お子さんたちもご一緒で構いませんわ」
にこりと、まるで気にしていない風に微笑む女性に対して僕が思うことは、僕は子供が三人もいるように見えるのかということだった。
今気にするようなことではないのかもしれないけれど、恋人もいないし――婚約者はいるけれど――結婚なんてもちろんしていないのに。
「お父さん、大丈夫? お母さんに蔑ろにされたことをまだ気にしているの?」
シエナが心配そうな瞳で問いかけてくる。
「違います。あなたが普段から我儘だから疲れているのでしょう」
呆れと労りが半分くらいづつの表情で割り込んできたのはリュシィだ。
内容は演技だけれど、本気さも感じられる。
「ふたりとも、喧嘩しちゃだめだよう」
ユーリエが困ったような顔で間に入る――正確には、入ろうとしておろおろとした様子を見せている。
「会社では信じていた同僚に裏切られそうになるし、もう、なにを信じたものやら。希望が見えないのです」
いかにも路頭に迷っている感じを出しているけれど、ここにきて、僕はやはりあまりに杜撰な計画だったと認識を新たにするほかなかった。
ユーリエはいい。
嘘が苦手であるユーリエには、できる限り普段の調子でいてくれるように――つまり、下手に演技なんてしなくていいと――言ってあるので、自然体な感じであり、それがいい感じに収まっている。
シエナも大丈夫だろう。
本人的に、こういうことにノリの良い性格なので、こちらもほとんどいつもと変わらない調子であり、疑われるようなこともないだろう。
問題があるとすればリュシィで。
シエナとユーリエもとっても美少女といって差し支えないだろう。
ただし、ふたりは雰囲気で上手くそれを誤魔化そうとしているのに対して、リュシィはまったく誤魔化せていなかった。
どうしても超然として見えるというか、立ち居振る舞いが凛としているとか、とにかく、どうしたって、良いところのお嬢様という雰囲気が隠せていないように思われた。
もちろん、それは僕がリュシィのことをよく知っているから、という理由もあるのかもしれないけれど、とても、妻には逃げられた家族のうちの三人姉妹のひとりとは思えない。
「わかります。私も、つい一年前、理不尽なリストラを受けた身ですから」
「えっ」
僕は顔をあげて、驚いたように彼女の顔を見つめてみせた。
共感させるような事実をあげるというのは、心の弱っている人に対して有効な勧誘手段だ。彼女が本当にそういう経歴を持っているのかどうかは、この際、関係はない。
「私などよりずっとお若いのに、そのような苦労をなさって、さぞ大変だったことでしょう。私共に、少しでも、その負担を軽くするお手伝いをさせてはいただけませんか」
女性の手が僕の手に重ねられる。
僕が感じたのは安堵ではなく、寒気だった。
いや、彼女は十分に美人ではあるのだけれど、そういういことではなく、後ろから向けられる視線の温度が、いっとう、低くなったように感じられたからだ。
それも、ひとりからではなく、三人から。
無意識に身体が震える。もちろん、冬で寒いから、という理由ではない。
「よろしければお子さんたちにも、温かいお飲み物をお出ししますわ」
突然道端で声をかけられた相手に誘われてそこにお邪魔するなんて、初等科ですら習うような案件であり、むしろ僕たちは、そういう勧誘には決してついて行ったりしてはいけませんと注意喚する側の立場だ。
しかし、今の僕は、心が弱っているリストラ寸前のサラリーマンという設定だから。
「……すみません。では、この子たちに少しだけ」
遠慮がちにそう頷いて見せると、女性は笑顔を崩したりはしなかったけれど、その瞳の奥にわずかに光が宿ったのを、たしかに感じた。
彼女は魔法師ではない――少なくとも僕には彼女から魔力を感じられなかった――はずなので、僕たちが魔法師であることはわからなかったと思うけれど。
すくなくとも、有用な信者――要するにカモ――を獲得できるだろうという、確信に近い期待を抱かせることには成功したらしい。
もしくは、彼女自身はソシドラ・フィニークの研究とは全く関係なく、ただ、新しく同志? と言っていいのか、とにかく、信者が増えることを単純に喜んだだけなのかもしれないけれど。
「わかりました。では、どうぞ案内させてください」
こんなにうまくゆくとは思っていなかったけれど、まだ、油断できるようなことはなにもない。
そもそも、ミッションの間に油断が介在する余地など、微塵もありはしないのだけれど。
「私、ミミエラと申します。よろしくお願いしますね、えっと」
「ジークです。ジーク・レントールといいます」
適当な名前を名乗っておく。
まあ、咄嗟に丁度いい名前など思いつくはずもなく、いつか使ったようなものだったり、名前をもじって組み替えただけのようなものだけれど。
ちなみに、端末はともかく、身分証は車に置き去りだ。
彼女が魔法師でないならば、探索魔法で誤魔化しがばれることもないだろう。
「そうですか、では、ジークさん。とりあえず、今日のところは私がご案内と、お相手を務めさせていただきますね」
建物の中は、いたって普通だった。
普通というのはつまり、目立って開発やら実験やらをしていないということだ。まあ、ひと目に晒すような場所に、たとえそれが信者ではあっても、晒すような真似はしないというのは、当然だろうけれど。
「そのようにおどおどされる必要はございませんわ」
「は、はあ。すみません」
周囲をきょろきょろと見回していたけれど、それだけの注意で済まされた。
これは、演技を信じて貰えているのか、それともそういう風を装っていて、こちらがボロを出すのを待っているのか。
とにかく、このままばれていないと信じて、最後までやり通すしかないだろう。すでに、こうして入り込んでしまったのだから。




