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ユーリエの特訓

「あの、えっとですね、その、やっぱり、こんなこと、レクトールさんにしか頼めないんです。厚かましいお願いだとはわかっているんですけど」


 その日も、魔法省の僕のことを訪ねてきたユーリエは、緊張しているように頬を若干赤く染めながら、もじもじとしている。

 

「ええっと。でも、僕もそんなに慣れているわけじゃないし、役に立てるかどうか……」


 年下の女の子をリードできる自信はこれっぽっちもない。

 たしかに、僕にはリュシィって婚約者がいて、初めてというわけじゃないし、上手くできるようにいろいろと練習もしたこともあったけど、経験のないというユーリエを上手に導ける気はしていない。


「で、でも、私たちの同級生の男の子よりは、知識もお持ちですよね」


 それはそうかもしれないけど。

 でも、こういうのは、やっぱり、ちゃんとした人に手ほどきをしてもらったほうが良いと思う。

 まあ、そういうところはお金もかかるし、気軽に勧められるものじゃないのだけれど。


「いいだろう、教えてあげれば。これも後進の育成の仕事と思ってさ」


「そうそう。レクトールの練習にもなるんだったら、お嬢さんにも認めてもらえるんじゃないか?」


「合法的に女の子の手取り足取り腰取り教えられるなんて、羨ましい状況じゃないか」


 同僚の先輩たちは、確実に面白がっている様子で、無責任に煽ってくる。まったく、他人事だと思って。

 勉強とかならいくらでも教えてあげられるけれど、そっちの関係の話は、得意じゃないんだよなあ。まあ、リュシィの婚約者ということになっている以上、避けては通れない道なんだけれど。

 

「もう一度確認するけど、本当に僕でいいの?」


 世の中には僕なんかより上手い人は山ほどいる。

 なんなら、リュシィやシエナのほうが、億倍上手だ。あのレベルになると、同性だということも、それほど苦にしないだろう。


「はい。ぜひお願いしたいです」


 しかし、どうやらユーリエの意志は固いようで、肩のあたりで整えられた、ふわりと広がる金の髪を揺らして、ぺこりと頭を下げる。


「私に、パーティーでの作法なんかを教えてください」


 作法と言われても、この間のパーティーだって、ユーリエの振る舞いはきちんとしていたと思うけどな。

 あのお嬢さん方が意地悪だった、あるいは性格が捻くれて――心無い言動が目立っただけで、ほかにおかしなところはなかったと思う。

 とはいえ、このまま無下に断ってしまうのも……というのも、今のユーリエの想いは、以前の僕と重なるところがあるようにも思えるからだ。

 僕も、リュシィたちと知り合ってから、勉強や運動はもちろん、礼儀作法やら、立ち居振る舞い、独学でも、そうでなくても、いろいろと学ばせてもらった。

 だから、それらのノウハウが全くないわけじゃないんだけれど、堂々と胸を張って他人に教えられるかと聞かれると、躊躇ってもしまうというのが本音だ。


「僕ひとりだと不安も大きいから、リュシィやシエナも一緒にということでいいかな?」


 だから、一応、保険はかけておこう。

 むしろ、僕は相手役で男性パートが必要なときだけに呼ばれるというように、あのふたりにメインとなって教えて貰いたい。

 僕のことは、ある程度自由意志があったり、命令を聞いてくれたりする、使い勝手の良さそうな人形程度に思ってくれれば。まあ、その程度の役には立つんじゃないかな、立ちたいな、と思う。

 まあ、人形のほうがまだましです、と言われる可能性も無きにしも非ずだけど。


「そうですね。四人でするのも素敵です」


 先生は多いほうが、上達も早いと思う。

 特に、その先生が一級以上であるなら、尚更だ。


「なんだ。結局お嬢さんたちも加わるのか」


「つまらんなー」


「レクトールは今頃他所の女と密会して、イチャイチャ身体を重ね合わせている頃です、って密告したかったのに」


 先輩たちの気遣いに涙が出てきそうだ。

 

「あの、お金はきちんとお支払いいたしますので」


 ユーリエは律儀にそんなことを言ってくれるけど。


「そんなわけにはいかないよ。僕はきちんと先生の資格を持っているわけじゃないからね」


 そうでもないのにお金を貰っていたら、それは詐欺になってしまう。

 そう考えていたら横から先輩たちが余計に口出しをしてくる。

 

「それに、初等部の女の子にお金を貰って、ふたりっきりで、手取り足取り腰取り、いろいろと教え込んだとなったら、俺たちもレクトールを通報しなくちゃならなくなるしな」


 しかも自分たちで収拾するつもりは全く無く、僕で遊んでいるのだ。本当にたちが悪い。


「え? そうなんですか?」


 うわあ、なんて純粋な瞳をしているんだろう。

 というより、先輩たちが濁り過ぎているんじゃないかな? 発想がセストと同じレベルだ。


「そうだなあ。詳しくは性同意年齢というのがあって言えないんだけど――」


「先輩。それ、もう言ってますから!」


 仮にも国のトップ機関のひとつである魔法省の役人が、なにを口走っているんですか。通報しますよ。

 あっ、通報先はこの部署だった……いや、大丈夫、警察のほうに通報するから。


「せいどういねんれい、ってなんですか?」


 ユーリエがとても純粋な瞳で尋ねてくるけど、そんなこと、僕に教えられるはずもない。かといって、知らないと答えたら、それはそれで、今度お母さんとか先生に聞いてレクトールさんにも教えてあげますね、なんて言い出しそうな危うさがある。

 

「それは、つまり、えっと……そう、お酒とかと一緒で、初等科のうちには知っちゃいけないことになっているんだ。そう法律で決まっているんだよ」


 嘘は言っていない。誤魔化し気味にはなったけれど。

 なのに、なぜ、先輩たちはにやにやとしているんだろう。いや、理由は尋ねずともわかっている。


「そうなんですか。じゃあ、中等科になったら教えてもらえるんですね」


「そうだね。でもそれは、できれば、先生とかに聞いて欲しいかな」


 暗に、僕には聞かないでくれという風に、やんわりと話を逸らす。というか、さっさとこの話題を終わらせたい。


「それで、えっと、ダンスとかの練習って話だったよね?」


 それがなんで、あんな下世話な話に。

 いや、まあ、たしかに、ダンスなんだから腰を支えたり、手を取って、身体を重ねたりはするけれども。

 

「って、違う。なにを考えているんだ、僕は」


「どうかしたんですか、レクトールさん」


 そういえば、前にはユーリエがいたんだよな。明らかに挙動不審だった僕を見て、さすがに引かれたかと思ったけど。


「なんでもないよ。ああ、そうだ。僕のほうは構わないけれど、リュシィとシエナには、きちんと確認をとっておいたほうが良いね。先生役として」


 多分、引き受けてくれるとは思うけど。


「僕のほうから連絡しておくよ」


 今度は後れを取らないよう、リュシィたちに確認しておきたいこともあるし。


「いえ。そんな、御迷惑はかけられません。私がお頼みしたことなんですから、私にさせてください」


 迷惑なんて、そんなことは全然ないんだけど。

 むしろ、自分の失敗を(あれはユーリエの失敗というわけでは断じてないけど)あらためて自分の口から語らせるというのは、あまりに忍びない。

 

「心配してくださってありがとうございます。けれど、私は大丈夫ですから」


 しかし、どうやら、僕はユーリエという少女を見くびっていたようだった。

 随分と、真っ直ぐというか、前向きというか、頑張り屋さんなんだな。


「僕もやるから、一緒に頑張ろうね」


 あまりに回りが上手い人たちばかりだと緊張してしまうだろうから。


「ありがとうございます」


 しかも、彼女たちを見返してやろうだとか、そんな後ろ向きな考えでは一切ないところが、とても好感も持てる。

 この子に協力したいと、いや、させてもらいたいかな? そう心から思った。

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